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 欣怡の転移プライアについて、スミレはここへの道中で語った。


「転移とは、どぅいぅものか。現存する『座標跳躍理論ジョウント』や『空間歪曲航法アルクビェレドライブの仮定』などから人の想像が取りぅるぃくつかのパターンを考ぇましたが、可能性の高そぅなものは絞り込めてぃます」


一、『位置入れ替え』。自分の存在した空間と転移先の空間を入れ替える。

二、『割り込み』。転移先の空間に自分の質量と体積を割り込ませる。

三、『挿入』。転移先の空間に自分の質量と体積を押し込み、周囲の空間を押しやる。


 そのようにスミレは述べた。


「二の場合、攻撃手段とぃう意味でもかなり凶悪なものです。ただ、プラィアが『つらぃ現実を改編したぃ』との思ぃで発現するならぁまりこのょうなものは目覚めなぃでしょう」

「すまん、一はともかく二と三のちがいがよくわからねぇんだが」


 引き寄せでビルの間の空を飛ぶ理逸の問いに、背に乗るスミレはため息をつきつつ説明した。


「割り込みは空間座標に自分の質量を優先的に流し込む、とでも言ぇばよぃでしょぅか」

「……?」

「膨らんでぃた風船を一度萎ませ、細くして豆腐の中に差し込んでからまた同じサィズに膨らませるょうなものです」

「あー。対象にされた物は内側からはじけ飛ぶのか」


 たしかに、そんな攻撃性の強いことを考える人間なら『転移』などではなくもっとわかりやすくシンプルなかたちで発現しそうだ。


「んで、一か三の可能性が高いと?」

「ぇえ。個人的には三が高ぃと思ぃます。一だと『だれか・あるぃは何かと場所を交代したぃ』との記憶がプラィア発現に繋がりそぅですが、それなら『だれかと共に逃げられる』能力にはならなぃと感じます」


 その説明には納得できた。

 プライアの発現は常に悲劇を伴う。能力に付与されるさまざまな属性や条件は「その悲劇を回避するため必要だった」ものとなる。

 欣怡がボディガード……いざというときの緊急離脱装置として周永白の側近を頼まれているのなら、『だれかと逃げるための能力であり』、だれかと逃げたい気持ちが発現状況にあった、とする方が相応しい。


「つまり三、飛んだ先に自分たちを挿入──この場合はなんだ、風船を豆腐のそばで膨らませて、横に押しやることでその場に飛び込む。ってなイメージか」

「状況に対してはその程度の理解で十分でしょぅ」

「丁寧にバカにしやがる……」

「べつに。喩ぇはどこまでも比喩でしかなく、そもそもプラィアは物理法則を超ぇてぃますし。必要十分の理解がぁるだけマシです」

「そうかよ」


 ともあれ、能力がどういうものかはおおよそ検討がついた。

 あとはそれが理逸たちにとって、どのように障害となるかだ。


「戦闘になると思うか?」

「十中八九なるでしょぅ。シンイさんからすれば医者ごとリーナーさんを葬ることでバィンダーの仕込みを盤石にできます。乱入したゎたしたちとは、確実に戦闘になる」

「それもそうか。……欣怡のやつから離れず、上までついてくべきだったかな。いや、そうしたら階下のあいつの部下どもが襲ってきてたか」

「ゎたしたちの安全をぁる程度確保してからでなくてはどぅせ動けませんでした」


 後ろなので見えないが、肩をすくめて言っているような気がした。

 能力は予想できた。部下を足止めする算段もできた。

 あとはどうやってその場の戦闘に対応するか、だが。


「その点につぃては──」


 飾り窓を破って室内へ飛び込むまでのあいだに、スミレは策を理逸に託した。


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 場に、銃を持つスミレがいる。

 そうなると欣怡は、まぐれでも当たれば戦闘不能に陥る可能性の高いスミレの方を先に排除しにくるのがセオリー。

 読み通りだったため、スミレはここで検証をひとつ進めていた。

 三、空間への挿入だった場合、先にその空間にあった物体はどの程度押し出されるのか。


「大丈夫か」


 声をかけた理逸に、スミレは答える。


「腕を横へ弾かれる程度です」


 あの瞬間、欣怡が消えると察してすぐスミレは少し前に出た。徒手である欣怡もまた、理逸と同じくプライアを格闘の補助に使うだろうことは明白。つまり向こうから拳の間合いに入ってくると読んだ。

 そこで前進したことにより、スミレの両腕が転移の間合いに入った。この両腕を薙ぎ払ったのは欣怡の打撃ではなく、転移による押し出し効果だったということだ。


「アンドーのプラィアのょうな、強く弾き飛ばす力はぁりません。ここからはプランBで」

「了解」


 検証結果に従い、採る作戦を微修正する。

 構える理逸たちを見て欣怡は哄笑をあげた。

 その声音も、途切れ途切れに多方向から響いてくる。姿が三つ四つに分かれているのではと錯覚するほどだ。


「勝てると「思わない「方が」いーよ?」


 声に反応すると像の予測がズレる。そこを見越して話しかけてくるのだろうが、想像以上に厄介だった。

 左側から打撃を食らう。反撃しようとしたときには右側に気配がある。蹴り足が見えたと思って払えば空振りする。

 スミレと初めて出会ったとき、第一種装備の男と戦ったときを思い出す。ことごとくこちらの動きの先を読んだ翻弄と、ことごとくこちらの読みを外してくる翻弄と。方向性がちがうだけでリズムをかき乱され一方的に攻められている点では、よく似ていた。

 視線をめぐらし、欣怡の像を追い。

 今度こそ攻撃に出る──そう思わせて理逸は、右側をばっと向いた。

 スミレの手から転がった亜式拳銃に視線と右手を向ける。


「来いっ!!」


 けれど引き寄せのプライアよりも欣怡の方が速かった。


「没収だよ」


 現れた欣怡がしゃがみこんで銃を手に取る。膝立ちで銃口をこちらに向けて、引き金を絞り込んだ。

 が、当然。

 弾は出ない。なにせ一発しか込めていないのだ。

 知らなかった欣怡がわずかに戸惑う。その間も理逸は、右拳を握りこんでいた。


「っらぁッ!」


 銃への引き寄せで姿勢を崩そうとしつつ駆け込み、右の前蹴りを叩き込む。

 受ける寸前で欣怡は消えた。次の瞬間に理逸は左足を真横から刈られ、自分の蹴りの勢いに引っ張られて仰向けに倒れた。左側には前掃腿ぜんそうたいを左足で放った姿勢の欣怡が居る。

 低い姿勢のまま、また左の手刀が理逸の顔面めがけて振り下ろされようとしていた。

 たまらず横に転がり離脱する。直後十分に威力の載った手刀が、鈍い音を立てて床に打ち込まれていた。受ければ鼻から陥没させられていただろう。

 膝立ちの理逸が体勢を立て直すまでに欣怡はまた姿を消す──直後、先と同じ屈んだ体勢のままで眼前に現れる。一メートルほどの短距離転移だ。

 左腕の動きに連動させていたのだろう二撃目・右の手刀が天高く振りかざされていた。

 このとき右膝を素早く前に進めている。

 体重移動で威力を載せているのだ。

 床がのたうち、それに乗じて移動しているかと錯覚するほどに欣怡の体捌きはなめらかだ。

 とっさに左前腕を掲げて受けるが、骨を折られるのではないかと思うほど芯に響く。

 次いで左手の背刀──親指付け根から人差し指付け根までの部位の打撃──が理逸の右耳下を狙って切り上げてくる。


「《到掛ダォグア》」


 右腕で防ぐが押しのけられそうになる。

 さらに、先ほど防いだ手刀もするりと左腕のガード上からなくなる。

 両腕を掲げた防御でがら空きになった真正面から、右の掌底が叩き込まれた。胸のど真ん中に打ち抜く軌道。


「《劈开ピィクァイ》!」


 たまらず吹き飛ぶ。

 肺腑に重く衝撃があった。ダメージが残るとまずい。

 のけぞった視界のなかで、理逸は策の遂行に動いた。


「そこ、だっ!」


 上向いた視界のなかで見えていた、天井。

 その照明部分めがけて両手で引き寄せを発動し、欣怡の頭上を飛び越えて天井に張り付いた。

 両拳を照明に張り付けて宙に静止した理逸へ、立ち上がった欣怡はゆっくりと視線を向ける。


「いったんブレイクってわけ?」

「追って来ても構わねぇけどな」

「ふーん。だったら……先にスミレちゃんだ」


 ぱきりと指の関節を曲げ鳴らし、欣怡は目標を変える。

 だがこれも予測済み。

 理逸は、左手だけを開いて照明から離すと、振りかぶって拳槌で天井の一部・・・・・を殴りつけた。

 一瞬の間があり、

 左手が弾き飛ばされる。

 バシャッ、と鋭い圧で、部屋全体に消火用の水が舞い散った。欣怡が驚愕する。


「っ、スプリンクラーっ!? なんで火もないのに?!」

「火が無かろうと弁を壊せば出るんだよ」


 そのまま左手を欣怡の足元に向け、引き寄せを行いながら右手を開き・左拳を握る。引き絞った弦から放たれる矢のごとく猛然と襲いかかる理逸。

 欣怡は即座に転移で回避した。

 理逸もそれを見てすぐ引き寄せを解除して軌道を落とし込む。着地してすぐ走る。

 その走りにあてはない。

 ただ、欣怡の目標を定めさせないためだ。

 それだけで十分だった。


「……なっ、「これ」は!」


 転移を三連続でつづけながら叫ぶ欣怡。

 この困惑に、こちらも移動をはじめていたスミレが現状を突き付ける。


見えなぃでしょぅ・・・・・・・・。ゎたしたちが」


 欣怡は転移でふたたび縦横無尽な室内の移動を繰り返そうとしたが……その都度、視界をふさがれていた。

 水飛沫だ。

 転移先の空間にあるものを『押し出す』効果によって、欣怡は転移先の空間にあった水を自らの周囲全方位に向けて弾き飛ばしている・・・・・・・・

 それが飛沫の膜と化して周囲を覆う。おまけに理逸たちが飾り窓を壊したことで外からの陽光が差し込んでおり、生み出されたミストはこの光を乱反射させた。

 結果、周囲の像がぼやける。

 理逸たちからは飛沫が人間大に散った位置を追えばいいのでむしろ現在地点がわかりやすくなったが、欣怡の側からは曇りガラス越しに周りを見ているような状態だ。


 ……転移能力自体は扉をすり抜けるなど、見えていない場所にも跳べるらしい。

 けれど跳ぶ先を決めているのは、欣怡自身。

 そこが付け入る隙だった。


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「押し出し効果が発生してぃるなら、転移は『対象物の眼前五十センチに出現』とぃった──『対象への距離設定で跳べるもの』ではなぃのでしょぅ」


 突入の直前までプランをA,B,Cの三つ用意していたスミレは、そう語った。

 理逸は確認のため、自分の推論で問う。


「あくまで『指定した座標の空間に跳ぶ』ってことか?」

「ですね。そのため、『座標に挿入された自分の空間が周りを押し出す』のでしょぅから」

「なるほど。ところでその、押し出し効果が異様に強い、あるいは範囲が広いってことはないか?」

「可能性はぁります。その際のプランはBではなくCがょいでしょぅ」


 ただ、と区切ってスミレは理逸に背負いなおすよう促す。それから耳元で言う。


「どちらでぁれ、数手で決します」


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 プランBは機能した。

 理逸たちへ接近しようとしても、欣怡の意識が跳ぶ先の座標を決めているなら、現在視覚がおぼつかない彼女の間合いは必ず若干ズレる。

 そして格闘戦においてこの距離感のズレは致命的だ。

 ぼんやりとした人影しかわからないのでは、動くものに過剰反応するしかない。スミレの姿でさえ、瞬間的な認識では理逸と誤認しかねない状態だった。


「こっ……の!」

「っぶね」


 欣怡の手刀が幾度も空を切る。

 とはいえ当たる部位によってはひとたまりもない。理逸の打たれた両腕はじんじんとして、次の防御はままならないと思われた。格闘戦ではおそらく欣怡の鍛錬量に理逸はかなわない。

 しかしこれは、格闘戦ではない。

 討ち合いだ。

 だから策を弄し、確率の高い勝利へと一手ずつ積む。


「ちょこまか、と!」


 手刀を外せば即、欣怡は転移で背後や逆サイドに回りこんで蹴りや掌打につなぐ。

 だがそのたびに飛沫を散らしてしまい理逸の体勢を正確に認識できなくなるので、攻撃も防御も甘くなる。

 おまけに理逸は殴るたび、拳を握ってのプライア発動で自分めがけて室内のランタンや壺や調度品を引き寄せていた。いくら格闘戦では欣怡が優るとはいえ、正面からの打ち合いをつづけていると背後から奇襲される恐れがある、と常に牽制されている。


「ぜぁッっ!!」

「うっ──」


 そこへいよいよ理逸の放った突き上げ式の《白撃》が顎をかすめたことで、欣怡は距離を取ろうとした。

 理逸の背後にはソファがあり、李娜と加賀田がかたずをのんで見守る。

 欣怡の逃れようとした先には李娜のベッドがある。

 そして彼我の距離が開いた。

 好機の、到来だった。


「──来い」


 広がり、欣怡に背後より迫る大きな影。

 李娜の寝台にかかるベッドシーツだった。濡れて重くなったそれに絡めとられると一瞬だがさらに視界が狭まる。これを嫌って彼女は転移した。

 まず迫るシーツを避けるべく、姿を一瞬消し、シーツの後ろに現れる。

 次いで、左手へと転移で飛び出す。

 そのとき、ソファ脇に立っている人影を認めてまた転移。飛び掛かる。振りかざす魔手に渾身の力を籠め、踏み込みと共に切り下ろす。

 あっけなく、手刀を受けて影は倒れる。

 手ごたえのなさに違和感を覚えたか。欣怡が固まる。


「! これ、円藤じゃな、」

「悪いな加賀田」


 その、理逸の声が降ってくる・・・・・ところまでが欣怡の記憶のすべてだろう。

 プライアで天井に再び張り付いていた理逸が、引き寄せで一瞬立たせただけの加賀田。その人影を、理逸と誤認して襲いかかる瞬間──ここだけが、確実に欣怡の転移先が読める一瞬だった。


 電光のごとく天井から降り立つ理逸の蹴りが頭部に打ち込まれ、欣怡は意識を手放した。


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