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「それ、どこで見つけた」


 欣怡が手にしていたリストについて、理逸は問う。

 彼女は手の内で紙片をひっくり返しながら答えた。


「楼閣の三階控室。いまさっき行方不明になった子の名前載ってるし直近で使うリストだからバインダーと切り離してあったんじゃないかなって思う」


 見たところ他の被害者の名前がないし、と裏を透かして言う。たしかに紙片は縁に丸く連続した穴があけられており、リングに通して保管するタイプの書面と見えた。


本体バインダーが別にあるっていうのか」

「さすがにそれは見つからなかったけどね。倉庫があったからその扉の向こうじゃないかな?」

「なら、そこは確認したいもんだが。お前控室も錠前破りしたんだろ? 倉庫は開けられないのかよ」

「わーは。外の派閥の者に身内の鍵開けろとか言わないよねふつう」

「錠前破りしたのは否定しないんだな」

「《顺风耳》の異名はその手の技能スキルを隠すためだったけどもう円藤たちには知られてるしね。そこはいまさら否定もしないよ……でも残念ながら無理だよー開けられない」

「なんでだ」

「電子錠は専門外だからね私」


 言われて、ここまでの道中を思い出す。だれかの仕掛けた電子錠を、そういえば欣怡はスミレに開錠させていたのだった。


「……なるほど。じゃあ電子錠がどうにかなりゃいいんだな」

「え?」


 欣怡があっけにとられるが、理逸はすぐに前を歩いていた幾野に話をつけて「調べたいことがいくつかあるから欣怡の部下たちと話してから行く」とウソをついた。スミレは先の展開を察したか、ため息をついていた。

 ややあって。

 スミレと欣怡を伴った理逸は世渡妓楼閣の三階を訪れていた。エレベーターの上下で李娜に察知されないよう、大回りして外階段を使っての侵入だ。


「よく周りに気取られずに忍び込めたなお前」

「そこも含めての異名だよ円藤」

「大声出すと気づかれてしまぃますよ」


 のそのそと三人で移動し、倉庫の前に来る。巡回の人間もいたが、やり過ごしているわずかな隙にスミレが電子錠に触れた。

 ドアの脇に埋め込まれていた球形のセンサーからは赤外線が出ており、通った者の時刻と体形・装備といった情報を履歴として残すものだろう。


「ざっと見たところ不審な通行履歴はなぃよぅです」


 言いつつ立体映写SVインタフェースを立ち上げて、ものの四秒でスミレはこれを解除した。……この作業速度で本当に統率型を失っているのか? と、電子技術エレクトロに疎い理逸は異能じみた技へ驚嘆する。


「錠前はお前外せよ」


 見張りが経路を一周して戻ってきそうだったので、『引き寄せ』で彼の奥にある棚上の小物を落として気を引くことで時間を稼ぎながら理逸は言う。


「もうやってる。ていうか過去形」


 こちらもあっという間に外して、三人は倉庫に滑り込んだ。

 しんとしている室内、明かりをつけると外に漏れて露見しかねないので持参したライトをつける。棚とラックが五列にわたってずらりと並んでおり、書類のバインダーや段ボール箱、釘を打ち付けた木箱などが段によって乱雑に段によって整然と、押し込められている。

 理逸はまず足元。つぎに胸の高さ。最後に頭の高さ。この三つのラインに沿ってライトをめぐらした。


「室内には、センサーとか置いてねぇみたいだな」

「やーは。じゃあ手分けして探せるってことだね」


 無言でそそくさと離れたスミレにつづいて、それぞれの列を探す。

 とくに三人とも捜索の方向性について確認はしなかったが、紙片のサイズ感からして用いるバインダーの大きさもだいたいは予想がつくだろう。

 そして秘匿すべき情報である以上、簡単に手に取れる位置にあるとは思えない。

 また、これは推測だが、李娜が管理しているのであれば足の悪い彼女が閲覧可能な高さにするはずだ(李娜は各階に車いすを置いている)。


 それらを頭に入れつつ、箱の中や段の裏、床板の外れそうな箇所などを探っていき。


「ぁりました」


 スミレの声に目を向けた。

 彼女のいた壁際の列に欣怡と理逸が向かうと、茶色い表紙のバインダーを取り出すスミレ。やはり、床板の割れ目の向こうに隠されていたようだ。ひざまずいていた彼女が立ち上がる。

 開くと、トジョウから依頼の際に聞いた子どもの名前と日付。および住所へのチェックマークがついていることが確認できた。


「……信じたくないな」

「ですが、事実です。目の前にぁるものこそが」


 スミレは冷淡に言う。もっと怒りに震えるかとも予想していたのだが、あるいは感情が振り切ってしまっているのか。思っていたよりも静かだ。

 しかしこれは、あまりにも決定的だ。決定的なものを、発見してしまった。


「事態としては一刻を争うな」

「安全組合の人間、それも他派閥にも存在をょく知られてぃる、世渡妓楼閣の人間にょる犯行となれば沟と笹倉組からの追及は免れなぃ。そぅいうことですか」


 スミレの言葉に、苦々しい思いを抱えつつうなずく。

 すぐに戻り、深々と共に対策を講じるべきか?

 この状況ならば……組織として痛みは伴うとしてもすぐさま李娜たちを粛正して、対外的に手打ちにする道程へのパフォーマンスをするべきか。

 理逸は状況の厄介さを感じて判断に迷う。


「……迷ってる? でも円藤と私が一緒に行動してたのは見られてるだろうからすぐに引っ込まないと余計に要らない疑いを招きそうだよ……」


 どうやら欣怡自身、保身も込みでの提案らしい。

 たしかに沟の領域からここまでを共に歩いてきている。互いに情報交換をしており後ろ暗いところがないと伝えるための行動だったが、それが裏目に出ていると言ってもいい。

 周りへの印象を正し真偽をただすのであれば、早ければ早いほどいいのだ。

 肚をくくった理逸はバインダーを元の位置に戻した。


「おい欣怡、李娜への、俺とスミレの離席について説明頼めるか」

「いいよ。うまいことリストについては伏せた上でごまかしておいてあげる」

「助かる。あと回収したその紙片も、タイミング見て控室戻しとけよ」

「うーん。これは切り札だからなるべく手放さないでおきたいかな。円藤たち安全組合への脅迫材料だし」


 したたかにそう言い、ドアに向かう欣怡。外の音に耳を澄まして脱出の機を見計らう。

 その後姿を見ながら、理逸は頭が痛くなってくるのを感じていた。


「さっさと深々さんに相談しねぇと……クソ。依頼が厄介ごとに化けたな」


 こうなると、子飼いの仲介業者に人身売買の動向がないと李娜が述べていたことすら怪しくなる。

 はたしてそこまでさせるほどの旨味、安全組合への背信を良しとするだけのものが李娜に与えられていたのだろうか?

 欣怡がにらんだ通りに沟の下部組織と繋がった業者がいるのであれば──もちろん偽装や捏造を噛ませて関与を情報隠蔽してるだろうが──そこからなんらかの利益があるのだろうか。であれば、沟は損をしていることになるため早めに穴をふさげばそれだけ沟からの心証悪化も防げるはずではある。

 頭を回しつつ、理逸は見張りをすり抜け外へ。外階段を回って一階に降り、上へ李娜と話をしにいく欣怡とは別れる。


 スミレと場を離れる。

 沟の、欣怡の部下と思しき者たちが群れ成すあいだを抜けて。来た道とはべつの方面へと抜けて、早く旧電波塔付近にある安全組合詰所へ戻ろうと急ぐ。

 スミレはなにも言わずついてきていたが、ブロックをいくつもまたいで希望街へ近づいてきたところでやっと口を開いた。


「……ここなら、ょいでしょう」


 嘆息して、理逸の袖を引っ張った。


「ひとつ、ょろしぃですか」

「あ? なんか気になる点や打開策でもあるのか」


 自分の組織の弱所をえぐられるかもしれない状況に対して余裕がなく、理逸はちょっと普段よりつっけんどんになる。

 スミレはそれをさして気にした風でもなく、淡々と理逸へ向かって述べ始めた。


「ゎたしはもう、組合傘下の人間に指示を出せる立場ですか」

「? そりゃまあ、軽くお願いくらいは通るだろうが」

「ょかった。では」


 言葉を切り、スミレは近くを通った組合所属の男になにか言伝をしたようだった。

 去り際、手に煙草の箱を握らせたのがわかる。理逸がハシモトへそうしたのと同じく、安全組合への出入りを許可する符牒。どうも深々へのメッセンジャーとして使った様子だった。


「なにを頼、」

「ぁなた本当にシンイさんがぁのリスト、見つけたのだと思ぃますか」

「……は?」


 口を開きかけたところで断ち切られ、ぽかんとしたままになる。

 間抜け面を晒す理逸の前で、滔々とスミレは述べつづける。


「ぁのひとが最初からリストを持ってぃて、楼閣のなかに隠した。そぅは考ぇなかったのですか」

「錠開けが出来るからってことか? でも電子錠はあいつ、外せねぇんだろ。それとも出来ないフリだったってか?」

「ぃいえ。ぉそらく電子技術は持ってぃません。けれど」

「けれど、なんだ」

皇水甕すめらみずの三頭会議で。ぁのひとはなぜ、同席してぃたのですか」


 突然に現状と全然関係ない話を振られて、理逸は目をぱちくりさせた。

 しかし真面目に考え、受け答えする。


「そりゃ、幹部で情報通だからだろ。ん? いやでも周永白チャゥヨンパイが、自分で覚えておくべき情報をコントロールできてないわけないか」


 話しているうちに理逸も同席の理由が少し、わからなくなる。

 理逸が《七ツ道具》となって会議へ出席するより以前からああした場で秘書のように控えている立ち位置だったので、当然のように考えていたが。よく考えれば後継者でもなく幹部 《竜生九子ロンシャンジウズィ》でもなくまた血統が優れるわけでもない欣怡が、あのような場にいるのは不自然である。

 先日もそうだったが、あの場にいてとくになにかをしている様子もないのだ。


「さらゎれた子どもたち。最後の目撃は家に入るところで、だれも出るのを見てぃません・・・・・・・・・・

「また急に話が飛ぶな……それが、どうした?」

「ゎれわれがマークを『×二つ』と推測したとき、『爻』と述べて、まるで『一文字として扱うべきだというように』思考を誘導しょうとしました」

「悪い。まだ見えてこねえ」

「戻りましょぅ。きっと、ゎたしたちがぃなくなったと思って現在油断してぃるはずです」


 つかんでいた袖を引っ張り、肩を手繰り寄せ、スミレは理逸を前かがみにさせる。

 理逸の視界内の地面からぱっと彼女のサンダル履きの足が消えた、と思ったらふんわりと軽い加重が背に感じられた。

 背中に抱き着いて、首に両腕を巻き付けてきている。


「んだよ、おい」

「プラィアで飛んでくださぃ。急ぃで、けれど沟の部下連中に見つからないょうに。……ぁの人はゎたしたちが真相に気づぃたなら口封じするために、部下をぁあして招集したのです」

「……、」

「ぉそらくもぅリーナーさんが危ない」


 決定的な言葉を告げるべく、耳元でスミレがささやく。


「姑獲鳥は、シンイさんたちです」

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