Wrong way (12)
気を失った加賀田と、つぶやきが止まってうつろな顔つきになった李娜と、銃声を聞きつけてやってきた店内の男たちと。
ばたばたした空気がしばし流れたあとで、拘束された加賀田を後目に理逸はスミレに話しかけた。彼女は冷めたお茶を口に含んでいる。
「危ない目に遭わせたな」
「ぃえ。守ってもらぇるとか、ぁまり期待してぃないのでぉ気になさらず」
「トゲがある物言いだな……にしてもやっぱ、統率型失くしてるお前を前線に出すのは今後マズそうだ」
以前は微機の大量放出により相手の機構コントロールを奪う、といった戦い方ができたし、それでなくともスミレ自身の視覚拡張による観察・見切りができたが。
いまは機構を失い、戦闘に出るのは危うい。そう判じざるを得ない状況だった。
「織架が銃を持たせたとはいえ。さっきも奪われて危ねぇとこだったし」
「べつにぁぶなくはなかったですが」
「ウソつけ。撃たれてたらどうすんだよ」
「撃たれるゎけぁりませんが」
ため息をつきながら、スミレは亜式拳銃のグリップを差し出してくる。なにを言ってるんだと思いながら受け取ると、
そこには弾丸がなかった。
「? お前一発しか、撃ってなかったのに」
「最初から一発しか込めてぃません。殺す気のないゎたしには威嚇用の一発で十分ですし、ぁあして奪取した上で、もしも撃とぅとしてくる相手だった場合には『弾が出ない』との動揺を与ぇることができます」
「じゃあさっきは、撃ちたくないから止まってたってわけじゃねえのか」
「引き付けて確認したぃことがぁりましたので。ぃかにも撃てないと迷ってぃる顔に見ぇたのなら、ゎたしの演技も捨てたものではぁりませんね」
しれっとそんなことを言ってのける。たいした肝だった。
だがまあ、それにしても。
気になるのは、スミレが迷って止まっているように見えたことより、なぜ加賀田が停止したか、の方だ。つづけて理逸は問う。
「どうやってあいつを止めた? お前のあのセリフ回し、どういう意味があったんだよ」
「メレヤ国、ご存じなぃのですか」
「かなり近年まで『国』を保ってたとこだろ。それくらいは知ってるよ」
ここから東南の方に位置する、島の連なり。正式にはメレヤ国連邦。
赤道直下に位置した国で、災害後の世界においては唯一雨量に恵まれたままだった地域。それもあってかなり長期にわたって国家の形態を維持し、南古野のように
ただ、いまは存在しない国だ。
「十年くらい前にまた気候変動が起きて、雨が極端に減って。そこでクーデターが起きたんだっけか」
「正確には八年と二か月前です。『知っている』とぃう言葉の意味を辞書でぉ調べになってはぃかがですか」
「うるせぇな細けぇな嫌味くせぇな……」
「まぁともかく、そのさぃにメレヤ国には
「ああ。ん? 多企業軍。多企業軍か」
そこまで来て、ようやく理逸もスミレの推測と合流する。
「……
「過去に、だとは思ぃますが」
「なんで気づいた?」
「独特の体捌きで受付のひとを振り払ったのは、ぁなたも見てぃたでしょう。正規格闘術とも忠華伝来の武術ともつかなぃ動き、歩き方の癖。これらで軍上がりだとぁたりをつけました。そして
「……わざと奪わせたのか、その確信を得るために。引き付けて確認したかったのはそれかよ」
たしかに南古野などの統治区で戦闘に慣れている者のなかでも、そもそも銃自体がめずらしいためその対処法まで細かく身に着けている者は少ない。
制水式で警備兵と戦う必要のある理逸でさえ、相手の射線を潜り抜ける技法が主で『奪取する』という点はあまり習わなかった。
つまり加賀田のは、より殺傷に長けた技、軍属の技だと推察できるわけだ。
スミレは平然とここまでの推理を、一瞬で駆け抜けたのだろう。
「そこから、近年大きな戦闘がぁった国・メレヤでの戦闘経験を持つことが見ぇてきます。かつ、このひとはプライアに目覚めてぃる。深く心身に傷を負ったことがゎかりました」
「だから『メレヤでイヤなものを見たか』って訊いたんだな」
「戦地での強ぃストレスがプラィアを生み出す事例は多ぃですから。加ぇて述べるなら、プラィアの特質からして尋問・拷問にかかゎってぃた可能性が高そぅでした」
正答の獲得。たしかにそのために特化した能力と見えたし、前後の記憶を曖昧にするのもある種の配慮……と言えなくもない。
「とはいえ、あまりにも悪趣味だ」
「その自覚がぁるょうな人柄に見ぇましたか?」
「いや、ない」
「めざめのきっかけがどぅあれ、運用の仕方に出るものです。本質とぃうのは」
「世知辛いもんだな」
そのように語りつつ、理逸とスミレは加賀田を見やった。
ちょうどそこで気絶から覚醒したらしく、薄く目を開け、彼はすぐに痛みに目を閉じた。後頭部を重たいランプが直撃したのだ、無理もない。
加賀田は自分の両手足が縄で拘束されているのを確認して、ため息を漏らした。
「ようやく起きたか、加賀田」
「快適なめざめとは言いがたいがね」
「二度とめざめないよりはマシだろ」
「たしかに。だが楼主の語りは聞き逃したな、残念だよ」
意識もはっきりしていることが会話の流れでうかがえたので、理逸は彼の正面に腰かける。
「お前、軍属だったのか?」
「だいたいの会話は聞こえていたよ。先のキミたちの会話内容に否定するところはないぜ。メレヤではまあひどい目に遭ったしひどい目も見せた」
「じゃ、死ににくい個体の研究とやらもそのころの経験に起因するわけか」
理逸が突き付けると、微笑みながら加賀田は言う。
「『戦場における死』とはなんだと思うね?」
「戦闘結果だろ」
「ちがう。『群れの行動選択の過程で削れる周縁部』を表すものがそれだ」
「……集団を群体生物と扱ぅアプローチ、ですか」
スミレがどこか、理解のある風なことを言うと加賀田は色めき立った。
「そのとおりだよお嬢さん。キミとの会話はなかなか無駄がなくて心地いいな」
普段から無駄を嫌い合理を貴ぶスミレだが、ひとから言われると癪に障るのかあまり良い顔をしなかった。加賀田は顔の陰影を深くしながら言う。
「選択の積み重ねが生死を分ける。だが個人の選択によるところでは、ない。私や一部の学者は役割が人間を
「世の中を舞台のょうに考ぇすぎた夢見がちな思想ですね。それはもはゃ科学ではなく、宗教でしょぅ」
「違うな、科学は結果の吟味ではなく過程を解き明かすものだ。いうなれば、宗教の裏付けをするのが科学なのだぜ」
「前後転倒です」
「いいや、私は出発点を間違えてなどいない。適応過程を解き明かせば死ににくさの理屈を説明できる、そういう推測だ。推測からすべては始まる」
スミレへまっすぐ向けた目には曇りがない。その目に宿っているのは、一種の信仰の凶気だと理逸には思われた。
だが同時に、理解できなくもなかった。
おそらくこの男も、プライアを宿し生き残った自分について懊悩し、結果として応能したのだろう。
「……とはいえ、どういう目的どういう理念があろうと。ここにいる限りは俺たちの住むここのルールを適用する。お前が子攫いの実行犯、姑獲鳥だっていうなら俺たちの法で処理する」
感情で理解できても理屈の納得はない。理逸は突き付けた。
ところが加賀田は、指摘に眉を一度動かして笑った。
「私は子攫いなどしていない」
「はぁ?」
「子どもは直感が鋭く、その直感というものを形作る適応過程などには興味があるものの。いま現在取り掛かっているアプローチとは少しズレがあるな。故にいまは子どもに興味はない」
「だったらなんで否定しなかった。なんで俺たちと戦った」
「口先だけで信じてもらえるとは思えなかったし、楼主からの貴重な語りが途中だった。中断されでもしたら二度と聞けないのでね、抵抗してキミたちを無力化する方が合理的で早いと判断したのだ。判断ミスだったようだが」
「んなこと言われて信じられると思うか」
「ほら。思考パターンがシンプル至極だねキミぃ。先の戦闘前に私が弁明しても、間違いなく同じセリフを吐いただろうさ」
「現在、状況的にもっとも疑わしぃのはぁなたです。そのプライアの副作用は──」
言葉を切り、スミレは李娜を見やる。
やっと回復したらしい彼女は次第に表情の虚脱感が失せて、頬を一度引き締めると「……うたた寝をしていたかしら?」と前後がぼやけたようなことを言い、鼻を鳴らして理逸たちの存在を認めた。
「あら、私の語り部さん。まだいらっしゃったの。お連れの子も……あとは、お客様かしら?」
だが加賀田の存在は抜け落ちているようだった。
会話に齟齬のある箇所を確かめると、どうやら加賀田の来訪前後で記憶が乱れているらしい。欣怡の離席も認識してはいたが、それが加賀田の来訪後だったにもかかわらずそれより前に席を立ったように誤認している、など。
「──ゃはり、先にご自身で口にした通り。前後の矛盾が出なぃよぅにある程度記憶が改ざんされるょうですね」
「これで黒じゃねぇとか、信じられるはずもねえ」
理逸は憮然として言ったが、スミレはそれを制するように加賀田へつづけた。
「疑ぃを晴らしたければ、ぁなた以外の人間が犯人でぁる可能性を高める言葉を吐くべきでしょぅ。ぃまのところは、ぁなたが我々の調査を知ってぃてここへ乗り込み、捜査の妨害とゎたしたちの口封じを目論んだょうに見ぇなくもなぃので」
「ふむ、その言動も一理あるね」
「
十割の黒でなくとも。公平性や健全性を保った法治を期待しない方がいい、と。暗にスミレは脅しをかけている。
加賀田は困ったように泣きぼくろの印象的な目を伏せ、鼻息ひとつ、降参したように苦笑いを浮かべた。
「では、お聞かせ願えるかな? いまキミらの追っている子攫いとやらについて。私はなにもその件を知らないのでね」
神経が太いにも程がある男だった。が、ここで弁明できるものならそうしてみろと理逸はかいつまんで状況を話す。
時折説明の追加を求めながら、加賀田はことの次第を聞き終えた。
子どもが十数名、失踪している事実。共通項の少なさ。沟の領域で多い失踪。最後の目撃は家のなかへ消えたところ。×を二つ重ねたようなマーク。女衒や仲介業者に怪しい動きがない。などなど。
現状から考えるなら、新市街という『外』の領域からやってきたこの男が、沟の下部グループと結びついて運び出しているというのが一番有力だ。プライアの副作用らしい前後の記憶混濁があれば、周辺の人間に見つからず出ていくことも可能だろう。
しかし加賀田は話がそこに差し掛かると、首を横に振った。
「私のプライアは言うほど万能ではない。発動条件が厳しい上に同じ人物には二度効かない」
「……は?」
「言ったろう? 『中断されでもしたら二度と聞けない』と。つまりいちいち周囲の人間にプライアをかけて回ろうにも限界がある。それに私がこの南古野に足を踏み入れたのは今日が初だ。私の目撃情報は今日この近辺以外では出てこないはずだぜ」
変装なり、内通者の手引きで身を隠すなりで立ち回った──というのも考えられなくはないが、前者なら『怪しい奴がいた』程度の情報はあるはず。後者も、それができるほど街に精通した者とのパイプを持つのは初心者では難しい。
怪しいし、関与できるだけの能力はある。
けれど決定打はない。話すほど、そんな印象だった。
「……まさかこいつじゃ、ないのか?」
理逸が耳打ちする。スミレは答えない。軽々に反応しないということは、彼女も自分の推理に疑いを持ち始めているのだろう。
これで空振りとなると、また振り出しに戻ってしまう。手がかりはなく、手に入ったのは骨折り損。いや、李娜を不愉快な尋問から守れたのならよしとするべきなのか。
話を中途半端に横で聞いていた李娜は、割って入ることもできず部屋の主だというのにひどく落ち着かなそうに頬杖をついてことの成り行きが決着するのを待っていた。
「ん、そういえば」
ふいに、思いついたのか加賀田が口を開く。自分の進退、場合によっては命に係わるかもしれない状況だというのにのんきな声音だった。
「なんだよ?」
「攫われた子たちの軒先に×を重ねた記号があったとのことだが、失踪した子たちは全員身体的に女性の特徴を示していたりはしなかったか?」
「? とくにそんな話は聞いてねぇな」
「そうかね」
「『染色体を示してぃる』とぃうのはゎたしも思ぃついてぃました。ぁいにくと、攫われた中には男児も含まれてぃましたよ」
「残念無念。これを手掛かり足掛かりに、自由の身になれないかと思ったのだが」
「……染色体ってなんだ」
「細胞核の中にぁる、遺伝子を含んだ構造体です。男性になる個体はXY、女性になる個体はXXでこれが性別を決めます」
要は女の子であればXXなので、女児のみを攫うと決めていたならマークもそれにしたのでは、との推測だった。なるほどと理逸はうなずく。
「こぅいったことは、トジョウさんから習ゎなかったのですか」
「生物とか化学の授業はあんま興味持てなくてよ」
「教ぇてもらってぃて忘れてぃるのでは、ぁのひとも報ゎれませんね」
恩人を経由して皮肉を叩き込まれるといつもより効いた。嫌なものだった。話題を切り替えようと、頭の後ろで手を組みソファにのけぞりながら理逸は言う。
「しっかし、バツでも掛け算でもXでもないとなると、なんなんだろうな」
「数字の二〇。日数経過の四日目。ぁるいはスラッシュ二つとバックスラッシュ二つ……考ぇても考ぇても、出てきません」
「形状に意味はないのではないかね? 自然に傷としてつかないような形状だと目立つから、丸や三角などは避けた。それだけであり、マークにはマーキング以上の意味はない、とか」
ナチュラルに会話に入ってくる加賀田に「本当に神経が太いな」と感じて辟易しながらも、自分たちが深く考えすぎているように思えるのはたしかだった。軽く思考を洗いなおす意味でも、会話に付き合う。
「でも結局×二つだと目立つから、こうして見つかってるわけで。そんなら最初からマーキングなんざしない方がよかったはずだ。印をつけるなら意味があるはず」
「ふむ。なら『ひとつしか×がない』『あるいは三つ×がある』という家はあったのかな」
「三つなんざもっと目立つから見つかるはずだが俺は聞いてない、つまりそんな話はない。ひとつじゃあんまりにも目立たねえ、っつかそれこそいまあんたが言ったことからわかるだろ。×ひとつだと自然につく傷かもしれねぇから、マーキングかどうか判断がつかない」
×ふたつで重なるように書かれていたから、探せば見つかる程度に目立ったのだろう。トジョウからの情報を聞く限り理逸にはそう感じられた。
「三つじゃ多いが、ひとつじゃ見分ける記号として、機能しづれぇんだろ。……ああでもなんだ、ひょっとしてこの記号に囚われすぎてんのか、俺たち。もっと前提から疑う方がいいのか?」
後頭部で組んだ手をほどき、髪をかきむしる。
すると横に居たスミレが、頭をかく理逸の手首をつかんだ。
「なんだ。フケでも飛んだか、悪かったよ」
「飛んでぃません。ではなく、ぃまの発言……」
なにやら理逸の適当につぶやいた言葉が、彼女の思考の補助に当てはまるものだったらしい。
紫紺の瞳に灯が入り、考えが加速しているのが伝わる。こうなったときのスミレが信用に足ることは、長くない付き合いだが理逸もよく理解している。
「なんかわかったのか?」
「ぉそらくは。ただ──」
と、そこでエレベータが上昇してきた。誰が来るのかと視線をやるが、扉が開く前に音と匂いを感じ取ったのか「楊欣怡と
欣怡と受付の男が、なだれ込んでくる。
「大変だよ円藤とスミレちゃん! いまさっき失踪があったって部下たちが下に来てて……!」
「楼主、それもうちの者です」
事態の転換が舞い込み、スミレの語りは中断を余儀なくされた。
加賀田は「ほほう」と、縛られたままで片眉を上げている。
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