Wrong way (7)


 道を挟んで円藤とスミレ、欣怡と沟の男二人(まもなく、気絶から目覚めた)は対峙した。

 楊欣怡と円藤理逸はアパートのお隣同士ではあるが、育った地域もちがえば所属する派閥もちがうし互いにその閥内で幹部クラスの立場にある。

 つまるところ、いつ敵に回ってもおかしくない存在であり。

 理逸としてはその可能性を常に考慮して接してきた。だから自然とこういうときは詰問口調になる。


「『姑獲鳥』って発音に反応したよなお前ら? なにか心当たりあんのか」

「やーは。あいかわらず円藤はカマ掛けヘタだね。質問があいまい過ぎてどうとでも答える隙があるよもっと内容絞んないと」


 けらけら笑い、のらりくらりとかわされた。むっとする理逸だが、そこでスミレが横に並び立つ。


「安全組合のトジョゥさんたちが子どもの失踪につぃて調べてぃるのをご存じですね」


 言われた通りに内容を絞り込んだ──というより、スミレはもともとこうした交渉が得意なだけだろうが。

 ともかくも二択に絞って反応をうかがう一手に、欣怡はにまっと笑んだままうなずく。沟の男二人は、理逸たちをにらみつづけている。


「それはもちろん。私たちのシマで余所者が動いているんだからどういう目的なのかどういう発言があったか。いちおうは全部記録されてるに決まってるよ」

「ではトジョゥさんの言動から『姑獲鳥グゥフォニヤオ』との呼び名を知ってぃて、反応してしまったと?」

「いーやちがうよ? 偶然私たちも例の失踪の件の犯人についてその呼び名を使っててね。いまも捜査してる最中だから反応しちゃっただけだよ」

「ふぅん」

「でも日邦そっちの発音ではコカクチョウのはずなのにどうして忠華うちのシマの語で言ったのかなー? こっちの動向つかんでるのかなーって気になっちゃって」

「そのよぅにおっしゃぃますか」


 言いつつスミレは視線を走らせ、それは欣怡の後ろにいる男二人に向いていた。


「……ゥソですね」


 そして断言した。欣怡は肩をすくめて眉を上げ下げする。


「ひーど。どうしてそんな風に思うのかなスミレちゃん?」

「後ろの男性二人、ゎたしが『呼び名を知ってぃて、反応してしまったと?』との問ぃを発した瞬間にぁなたの背を見ました」


 指摘にあわてて目を逸らす二人だが、もう遅い。欣怡は流し目を使いながらじろんと背後を顧みて、不甲斐ない部下の様にため息を漏らす。


「幹部クラスでぁりぉそらくは指揮権限も持つぁなたの指示反応を確認しょうとしたのでしょぅ。つまり呼び名は偶然同じものを付けたのではなくトジョゥさん由来でもたらされてぉり、『ぁなたがたはそれを隠そぅとした』。とぃうことはトジョゥさんたちの動向をかなり詳しく追ぃかけ重要視してぉりかつそれを外に漏らさなぃよぅにしてぃることが推察され、『ぃちおうは全部記録される』との軽ぃ扱ぃではなぃことがゎかります」

「……わーは。円藤見た? うまいカマ掛けと戦い方っていうのはこういうことなんだよね。お手本にして今後に生かすといいよ」

「お前もな」

「で、ぁなたがたはなぜ姑獲鳥の呼称に反応してぃるのです? なにかつかんでぃるのですか? 言ってぉきますがシマを歩ぃていただけで襲ゎれて不義理を働かれてぃるのは我々安全組合の側ですよ」


 敗戦処理感のある欣怡と理逸の温度低いやり取りを後目に、矢継ぎ早にスミレは問いを投げかけた。しかも不義理に対して誠意を見せろとの脅し付きだ、子どもが被害に遭っていることもあってかなりお怒りらしい。

 欣怡はぽりぽりと頬を掻いてから後ろを向き、男二人に「戻っていいよ。ゴメンね痛い目遭わせて」と声をかけた。

 二人はすぐに雑踏に消え、残された理逸たちの前で欣怡はサテと両手を合わせる。


「じゃあここからは馴れ合いしよっか」


 さらりとそんなことを言い、小首をかしげた。


「……は?」


 スミレはそれきり絶句していた。


       #


「まあ、建前での殴りかかりだろうとは思ってたけどよ。だとしたらもう少し加減させろ」

「挑戦してみたかったんだって。こないだ円藤お風呂であの子たちの頭上飛び越えてったでしょ? 仕返ししたかったみたいよ」

「あのときの站樁たんとうしてた連中か……」

「まだ若い子たちでね。口には出さないけど使い手としてはきみのこともそれなり以上に尊敬してる」

「そりゃ光栄だな」

「あーれ。ひょっとして照れちゃってる?」

「ねーよ」


 沟の領域から少し出たところに位置する、雑居ビルの屋上。

 まだ先の雨で湿り気の残るコンクリートの床を踏みながら、外縁を囲う柵に肘つく理逸の背を欣怡がばんばん叩く。

 二歩後ろに立ち尽くしているスミレは、なんとも言い難い顔でそんな二人を見ている。


「さっきのは儀式ィニシエィションに過ぎなかった、とぃうゎけですか。ゃやこしい」

「手順多くして手続き煩雑にすることで衝突防いでんだよ」


 どうせ理解の早いスミレなので、理逸も省略した説明で済ませた。


「ごめんねぇスミレちゃん。びっくりさせちゃったと思うんだけどよくある流れなんだよねコレ」

「べつに驚ぃてなどぃませんが。無駄が多くて合理的でなぃなと思っただけです」

「うーん。みんながみんな合理的に動けるほどお利口さんじゃないんだよ。納得のために損を選ぶことだってあるし考えがスムーズに移行するまでの緩衝地帯も必要ってこと」


 諭すように欣怡は言う。

 そう、いま彼女が武闘派二人をけしかけてきたのは、儀礼的な手順だった。

 いくら土地と血を大事にする沟の領域とて、本来ならシマに入っただけでは殴りかかってくることなどない。たとえ他派閥の人間でも、だ。

 そこへけしかけてきたのはつまり、折衝・交渉の場を設ける口実づくりだ。


「お前ら余所者が怪しかったからノしてやることにした」という排他の姿勢で内部の人間には沟の態度スタンスを示し、理逸を倒せても倒せなくても「うちのモンが襲った詫びとして」という妥協の態度で情報交換をおこなう。

 そう、向こうも情報を欲しているのだ。


「けれど重要な情報のゃりとりが簡単に、また第三者の目撃が無ぃ場で行ゎれなぃようにするための措置ですか」

「衆人環視のなかでやりとりしたからな。これで安全組合も沟も、お互いに情報の出どころが明確になったわけだ。俺とコイツのあいだで交換した、ってな」

「あーね。でもこういうのホント面倒くさくてしょうがないけどね。私だって殴られる危険性あったし」

「うそつけ。なにもせず殴られるタマかよお前」


 戦闘技能の程度は不明だが、欣怡の身のこなしは先の男二人より上だ。忠華のなんらかの武術を修めている、と思われるのだがこの辺りガードがきっちりしている欣怡は情報をさらさない。保有するプライアといい、手札はなるべく見せずに生きているタイプだ。


「で? お前らも姑獲鳥を追ってるってのは事実か。お前ら『が』姑獲鳥ってわけじゃなく」

「似合わない感じで具体的に質問してくるね。それ円藤じゃなくてスミレちゃんの推測でしょ? まあどっちでも答えるけど……『姑獲鳥』は私たちじゃないよ。子さらいが五件を超えた段階から私たちも追ってるの」

「五件ってずいぶん早い段階だな。でも外にその情報出してなかったろ」

「安全組合か笹倉の仕業かと疑ってたからね。ていうか対面してて言うのもアレだけどいまも疑ってる」

「数件ならともかく十数人ってなると組合所属の連中じゃ隠せねぇよ。組織ぐるみの犯行なら出来るだろうが、少なくとも俺は深々さんからなんも聞いてねえ」

「はーん。うそは言ってない顔だね。円藤うそつけないタイプだからいつもと同じ顔って意味になっちゃうけど」


 欣怡は横で柵に手をかけて、ほっと勢いつけると柵の上に逆立ちする。地上四階の縁であるためスミレが嫌そうな顔をした。自分が尾道の店へ飛び込むときもこういう顔してたのかな、と思いながら理逸は上下逆になった欣怡と話をつづけ、ようとして、豊かな胸部が重力に従い揺れるのを見てしまい目を逸らした。


「……だったら話す情報もそれなりに信頼して聞いとけ。こっちの、トジョウって組合員の集めた限りの情報じゃ子どもたちの最後の目撃は家のなかに入るまで。さらわれた子の家の軒先に×を二つ重ねたようなマーキングがある。港湾部で沟の人間が多い地帯でばかり起きてる。ここまではお前らも把握してるか?」

「へーえ。マーキングについては『×二つ』って認識なんだね円藤たちは」


 さらっと、知っているとの旨を告げる。さすがにここは顺风耳シュゥフェンアの異名を持ち、事情通なだけはある。

 問い返しに、スミレは怪訝な顔をした。


「ちがぅと言ぅのですか?」

「『コウ』。易の卦に用いる記号のことを書いてるのかと私たちは思ってたの」

「八卦鏡に書いてるアレか……長短の棒の組み合わせで属性とか示してるやつ」


 通ってくる途中の港湾部でも、それらしい八角形の鏡を見たことを思い出す。

 沟の人間らしい観点での情報に、理逸とスミレはなるほどと感じ入った。


「まあ周囲に陰陽の爻らしい長短の棒記号は見当たらなかったんだけどね」

「なんだよ」

「可能性の話だよ可能性の話。ひょっとしたら占いで決めてさらったのかもなーっていう考え。頭の隅にでもとどめておいてよ」


 ほ、っと逆立ちをやめてスタンと着地する。柵の外側に向かってだったのでまたスミレは硬い顔になった。

 柵の上に頬杖をつき、欣怡は目を細める。


「でもさ。うちのシマのなかでかどわかしててかつ残した記号も易にまつわるものだったとしたら……」


 結論をこちらに向けてくる。

 理逸はスミレと顔を見合わせ、うながされた言葉を口にする。


「やっぱり沟の人間が、犯人か?」

「沟所属の私が言うのもアレだけど。下の者のことは疑ってる」


 そう口にする彼女の眼は獰猛な獣のそれを思わせるぎらつきを放っており、血を見ることを予感させた。

 共同体の結びつきが強い分、違反者への制裁も苛烈なのが沟だ。金で動かない彼らは金で罪をあがなわせない。

 血には血で、応じさせる。


「そういうわけで調査進めてるんだけども。円藤すこし手と顔貸してくれないかなー」

「身内ごとに余所者の俺を駆り出す気か?」

「たまたま遭遇してたまたま行き先が一緒になるだけだよ」

「ものは言ぃよぅですね」

「やーん。褒めても何も出ないよ」

「こちらも呆れて何も出てこなぃです」

「で、どこ行くんだよ」


 ここまで来たら乗りかかった船なので、理逸は先をうながす。

 すると欣怡はぴたりと止まり、あーとかうーとか歯切れが悪くなった。なんだよ、と思いながらも次第に、理逸は彼女がどこへ行こうとしているか察する。そういえば彼女はいま『手と顔』を貸してくれと言った。


「……馬饭店マーファンティエン

「……李娜リーナーのとこか」


 なんともいえない空気が立ち込めたのを見て、スミレが首をかしげる。

 日邦語圏の人間向けの名は、世渡妓楼閣よとぎろうかく


 理逸が故あって面識ある人間が務める、身売りの練達が住まう場──娼館だった。

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