Wrong way (5)

 店長である禿げた男はハシモトが日邦語を話せるからこそ彼を雇っているのだろうが、戻ってきた彼が開口一番「我来すみません晚了又联络」と2nADらしき語で話すのを見ても「おう」としか言わず、理逸が「話し込んでいた」と言い含めるとそれ以上ハシモトを追求することはなかった。


 二人の会話が聞こえていたとは思えないが、片眉を上げて「2nADで話すの大変だろ。ふゥん、よくやるなあんたも」と興味なさげに言う表情には、「ハシモトを2nADしか話せないとしてこの場では扱うのが良いのだろ?」と察した様子がうかがえた。これは客商売ゆえの勘の良さか。


「そういうことなら、給料は値切らないでおいてやるよ。《七ツ道具》のひとりと、薄いがツテができたと思うことにするか」


 ここも安全組合傘下らしい。末端まで完全には把握できていない理逸にとっても、生きた街の情報が入るのは良いことだ。

 理逸と店長のあいだで目配せが終わったのを見て取り、ハシモトは頭を下げる。


「I supposeございます、谢了」

「おう、感謝しろ坊主」


 2nADの語で答えたハシモトに軽く返し(ニュアンスでしか理解していなさそうだ)、金髪をがしがしと撫でくり回したあと握らせている駄賃も適切な金額で、甘やかすことも搾取することもしていない。

 信頼関係・仕事関係というものを教え込むための動きを、しっかりと行っているようだった。まあ、子どもを搾取するような輩の店をトジョウが使うはずもないのだが。

 ともあれ同席することとなったハシモトは、失踪した十数名の子どもと同年代ということで。


「驚喜欢迎、ハシモト。Would話す’ve knownぁなた他已经失踪了lately」

「心配 has 居る子どもgone away」


 スミレとトジョウから、最近の街と子どもの動向についていろいろ訊かれていた。

 ハシモトは時折理逸の方に目をやるもののその場では2nADの語で話しているので、理逸には詳しく意味が伝わってこない。

 時間がかかるな……、と思ったもののこればかりは彼の生活スタンスに関わることゆえ無視するわけにもいかず、すべて聞き出したスミレからの又聞きで、ハシモトの知る現状についてが語られた。


「失踪した子どもにつぃて、とくに思ぃ当たる共通項はなぃそぅです。属すグループは別々、親がぃれば親の与する組織もばらばら。この一連の動きで確実に利益をぇるとぃう存在が、見ぇてこなぃ様子です」

「子どもの出入り、さらわれてる過程の目撃情報もねぇのか」


 理逸の問いにうっかり、首を横に振って反応しかけるハシモトだが、あわてて首をひねってストレッチしているふりをした。危ういところだったがスミレもトジョウもそっちを見ていなかったので事なきを得る。トジョウが、代わりに質問に答えた。


「見ていないそうですよ。彼の知人でも目撃した者はいないとのことです」

「じゃあ、失踪した奴の最後の目撃情報は?」

「家に入るところ。だ、そぅです」

「……可能性は二つに絞り込まれてきたな。どっちにせよ、おそらくは集団での犯行だが」

「プラィアホルダーを含んでぃるグループの犯行か、その一帯へ瞬間的に人員をぁつめたグループの犯行か。そのょうなところですね」


 理逸はうなずく。……もうスミレの納得が早いのは当然のこととする。

 さて、不自然なまでの目撃情報の少なさは、不自然で不条理な能力であるプライアの関与によるもの──たとえば姿を消す・認識できなくする能力など──が考えられる。あるいはプライアがなくとも、数名が口裏を合わせる・目撃者に脅しをかけるなどすれば目撃情報はこの世から消え失せる。

 トジョウに目配せして、理逸は身を乗り出した。


「先生。さらわれた子どもの家、どこの連中が幅を利かせてるシマだ? 沟か、笹倉か、あるいは安全組合ウチか」

「身内も除外しなぃのですか」

「尾道の一件でお前もわかってるだろ」

「まぁ、一枚岩では、なさそぅですね」


 濁した言い方をしたが、彼女自身組織について思うところあるのだろう。理逸だって、自分の居る場の陽と陰はどうしても認識せざるを得ない。

 一定以上の規模がある組織が腐った部分を持たないとすれば、それは組織としてのまとまりを欠いているか腐乱と発酵の定義が周辺と異なる集団になっているか、どちらかだ。

 商店連合であり競争が発生する人間を多く擁している以上、利害関係は存在する。最悪の事態は想定せざるを得ない。

 だが状況は、最悪というほどではないらしい。トジョウは「安全組合ではありません」とまず断言した。


「失踪者が多く出ているのは希望街のある南大壁周辺のなかでも港寄り、……つまり港湾労働者が多い地帯です」

「さっき抜けてきたあたりか」

「そして港湾とぃうことは」

「ええ。沟の影響が大きい場ですね」


《沟》。

 北にあるかつての大国、忠華の華僑をルーツに持つ黒社会の人間たち。

 水の集まる溝を意味するその名は、『低きに集まる』という自嘲を含んで名乗り始め、いつしかそれを笑う者を撃滅する連中の掲げる看板となった。結局のところ本質は、血と暴力で結びついたマフィアである。

 笹倉組のようなやくざ者とのちがいとしては、身内および敬うべき者に対してはたとえ利益を度外視してでも助ける温情の精神があることだろう。裏を返せば、笹倉たちとはちがっていくら金を積んでもそれら以外のためには動かない冷徹さの証明でもあるのだが。


「たしかに、やつらは結びつきが強いからな……もし人さらいをやってたとしたら、その事実の秘匿隠匿はお手のもの。っつーか隠してるとさえ、思わねぇだろう」


 彼らにとっては『そうあるべき事物はそうあるべし』。疑問を差しはさむ余地もない。共同体が『そうあって』ここまで来ているのなら、疑うことは祖霊までをも疑うこととなりひいては自分のアイデンティティの一部を否定することに近いのだ。彼らは仲間をけっして売らない。

 となれば、聞き込みをしていく対象や方法も変えるべきかもしれない。


「港から出ていく人売り・人買いの方を中心に情報当たってたが、これは沟の人間の情報得ることに的絞った方がいいかもな。向こうの下位グループで、一帯に影響力あるやつらの犯行かもしれん」

「港を牛耳る人々でぁるから、もし人身売買に関ゎるのなら──見張られてぃる危険度の高ぃ末端ではなく、中間での仲介マージンを取るほぅが安全かつ確実。ゅえにしっぽをつかみづらぃ、と」

「そういうこと。より足がつきにくく、足がつきそうになったら膝から下をぶった切れる手管が中規模集団のおこなう犯罪の基本だ。末端はヨソにまかせて、組織の幹を担ってる可能性は高い」

「でしょぅね。まったく、ぉぞましぃことです……ぁあ。ほかに、まだ彼らの足がつぃてぃないことの理由として。……その。ぁまり考ぇたくは、なぃのですが」


 ちらりと、スミレはハシモトに目を向けた。

 たとえ彼が理解できない(とスミレは思っている)日邦語であっても、聞かせるに躊躇する推測を語ろうとしていることがうかがえた。

 言わなくていい、と理逸は首を横に振る。

 トジョウからの話では、最初に失踪した子どもが出てからすでに十日が経過しているという。

 その間にも目撃情報が皆無ということは、さらう時と同じく『察知されなくなる手段』ですでに出荷済みか。

 はたまた、『人間を移動させている』情報を探っても出てこない状態で運ばれている……つまり、すでに命はなく。ばらばらに、部品臓器などとしての利用が為されている、とも考えられた。

 もっとも、子どもの臓器が十も二十も必要になるとは考え難いし、あくまでも悪趣味な可能性としての推察だが。


「あんまり悪い方向に考えすぎるな。気が滅入ると現場でろくなことにならねぇ」

「そぅいぅものですか」

「これから現場回るんだからよ。勝手に気落ちしてもらっちゃ困る」

「……べつに気ぉちなどしてぃませんが。ご自身を基準に相手の思考を図ろぅとしなぃほうがょい、と先ほどご忠告したばかりですがもうぉ忘れなのですか」

「へいへい」


 いつもの調子を取り戻してもらってから席を立つ。支払いとしてトジョウが免税券を一枚置き、理逸たちの分も払ってくれた。ハシモトはまだ仕事があるらしく、また奥の通路に向かう。

 途中で振り返り、なんとなくスミレを気にしたような顔であった。

 まだなにか言うべきことがあるのかと思い理逸が近づくと、「スミレねーちゃんと仲、良くなったよな」とよくわからないことを小声でささやいた。


「いや……当初とたいして変わってねぇと思うが」

「本気で言ってる? それ。勘弁してよなー」


 ぱしぱしと肩を気安くたたかれた。子ども特有のこの距離感のつかめなさも理逸は苦手だった。すこぶる面倒くさい。


「ま、でもいっか。ちゃんとスミレねーちゃんのフォローしてくれる大人が居ておれ、安心したや」

「むしろ俺の方がフォローされることも多いからな」

「よく素直に言えんね、そんな情けないこと」

「事実を受け止められねぇようじゃ大人、やってけねぇんだよ」


 ぱしぱしと肩をたたき返して、ハシモトの元から離れる。

 去り際、最後に小声で言っておく。


「とはいえ、機構デバイス失くしたあいつに頼りすぎるつもりもねぇわ。ちゃんと守る」

ハオ。応える期待依靠」


 にかっと笑って2nADで喋り、片手をあげてドアの向こうに消える。

 仲間から大事にされているな、とあらためて認識しながら、理逸は表の出入り口で待つスミレと合流した。トジョウは夜勤に備えてねぐらへ帰る。


「ぃろぃろハシモトと話してぃたよぅですね」

「俺は2nADわかんねぇからざっくりだけどな」


 目を合わせないようにしながら答える。ふぅん、と気のない返事で、スミレは港湾部へ歩む理逸についてきた。足取りには気負いも緩みもなく、機構を失っても彼女は揺らいでいないと見えた。

 街並みの様相が移り変わっていくのを見ながら、理逸は言う。


「そういや、さっき通ってきたあたりもなんやら妙に人が多かった気がするな。たぶん雨漁のためだろうが……あるいは、この人さらいとなんか関係してんのかな」

「それはなぃでしょぅね」

「なんで断言できる?」


 横目に理逸が問えば、呆れたようにスミレは上を指さした。

 そこには路地の間に渡された縄があり、麦穂が天地逆さにひっかけて干してある。ぬるい空気がさらさらと、実りを揺らして二人のあいだを通り抜けた。


芒種ぼうしゅのぁとの収穫が終ゎりました。人が多ぃのは、忠華の土地では祭事がはじまる季節だから、ですょ」

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