Wrong way (4)


 姑獲鳥という名に聞き覚えはなかったので、理逸は首を横に振った。やたら博識なスミレの方を見ると、「伝承の内容くらいなら」とつぶやく。

 トジョウは二人の反応を見て、「かいつまんで説明しましょう」と言った。各々、そこからは食事に手をつけながら話を進める。


「大陸、忠華国の方に伝わる妖怪のお話です。難産で亡くなった女性が化けて転じるものとされていまして、子を失った嘆きから人の子をさらう、というものですね」

「はた迷惑な妖怪だな」

「たしか子をさらぅその際に、『鳥に化ける』とぃうぉ話でしたか」


 器用に箸を扱いながらスミレが確認を入れると、トジョウもざくりと揚げ鳥の衣に歯を立てながらうなずいた。


「その通りです。人と鳥の姿を行き来する。名に女偏と鳥の字を冠する理由でしょうね」

「で、その妖怪が出たってのか?」

「妖怪が出たのなら、もっと子どもたちが色めき立っていますよ。近い要素があったので、仮に我々がそのように呼んでいる次第です」


 トジョウは鳥にかかっていたソースを箸先にまとわせると、皿の上に記号を描いた。

 ×をふたつ、少しずらして重ねたような記号だった。意図するところわからず、理逸は首をひねる。


「コレなんの記号だよ、先生」

「こぅいぅ、マーキングがぁったのでしょぅ」

「その通りです、スミレさん」


 いかにも正解の生徒を褒める口調でトジョウは言ったが、そうした子ども扱いを好まないスミレは不服そうだった。ともあれ、理逸にはさっぱり話がわからないので視線で解説を求める。スミレは食べるのに忙しいのか、いかにも面倒くさそうにしながら自分の衣服の裾を引っ張って見せる。


「姑獲鳥の伝承には、さらぅ目標の子どもがぃる家の洗濯物へ血痕を付けるとの記述がぁるのです」

「そう。血痕ではなかったのですが、失踪した子どもの家の軒先には一様にこのマークが記してあったのです」


 重ねた×マーク。記号の一致が奇妙な共通項となっているのは、薄気味悪いなと思われた。


「先生。目撃者、筆跡、塗料の材質は?」

「目撃証言はなし、筆跡──というか傷を付けて記してあったのですがこの書き方は様々、その傷もナイフで付けたようなものから石で付けたようなものまでいろいろです」

「ふーん……子どもがイタズラで付けた傷が、偶然さらわれた家のどれもにあった。とかじゃねぇのかな」

「傷はどれも、汚れの上から付けられた真新しいものでした。新しいもの・遊びであるなら子どもを数名辿れば必ずどこかで情報として引っ掛かります。しかし誰もそのようなものを知らなかった」


 トジョウの言葉に、理逸は黙り込む。定食の麦飯と肉を掻っ込む。

 ……そうなるとやはり、子どもはマークに関係なくそれは外部犯の仕業だろう。もぐもぐやりながら、そのように暫定的判断を下した。

 低い可能性として「マークについて知っており、それで遊んでいたやつはすでに全員連れ去られた」と強弁できなくもないが、それなら「連れ去られた面々すべてが同じ遊びを共有する同じグループの仲間」ということになる。

 そんなわかりやすい共通項があればトジョウは間違いなく口にしているだろうし、またそもそも子どもたちのグループは存外細かく分かれているものだ。よほどの流行り遊びでなければブロックひとつまたぐだけで遊びの内容は変わる。


「十数人連れ去られてんのに、それなら子どもの関与はねぇよな」

「私もそう判断しました。そして私の持つ人脈では、これ以上探ることが難しいというわけです」


 プラントの勤務も昼と夜の切り替えが多いトジョウは、職場繋がりの人間も少なかろう。安全組合でも商売にはかかわらずあくまでも傘下の一般人である以上、横のつながりは弱い。

 そこで理逸に白羽の矢が立ったのだ。


「調査期間は三日、日当として免税券八枚ずつ。ひとりでもいいのです、発見してくれればその際は報酬として十枚。黒幕を割り出していただければまた十枚、交渉まで済ませてもらえるならさらに二十です」

「……先生。交渉したあと、相手とやりあうつもりか?」


 成功報酬の上積みに理逸は訊き返す。トジョウは金使いの荒い方ではないため、払えない金額ではないのだろうが。しかし一時の出費としてあまりに大きい提示額に、彼がそのあと回収のめどを立てていることを理逸は感じた。

 あいまいな笑みを浮かべたトジョウは、肉をかじりながら「かもしれません」と濁した物言いで応じた。温厚篤実な人物とはいえ、長く南古野で生きている以上彼もここで生きるに足る資質を持っている。


「それに、円藤君への支払いは一部が安全組合への上納金ともなりますから。払っておいて損はないでしょう?」


 勘ぐりと心配を顔に含んでしまったのだろう理逸を落ち着かせようとしているのか。冗句のようにそう言って、トジョウは机の上に手を組んだ。


「よろしくお願いいたします。どうか、私の生徒たちの足取りを」


 腰から深く頭を下げる一礼に、理逸はうなずかざるを得ない。


「わかったよ。《七ツ道具》・三番としてこの依頼、しかと引き受ける」


 約束を交わし、理逸は調査に乗り出すこととする。



 そのあとは雑談に興じながら食事を進め、腹ごしらえをした。

 ひとしきり食べて満足した理逸は外に出る前に用を足そうと裏口から出たところにある周辺店舗の共有手洗いへ向かった。個室の押し戸は膝から下のスペースが見えるようになっており、立てこもりにくいように、かつ複数名入れないように狭く、できている。

 トジョウが利用しており、店の雰囲気も悪くなかったことで察してはいたが、別段便器の周囲に注射器やアンプル、パケが落ちていることもない。この辺の店の人間はそこそこ清潔で後ろ暗いところのない商売人のようだ。

 水洗も今日は可能である。先の雨でタンクに多少溜まったのもあるだろう。用を済ませて出た理逸はふたたび裏口からなかに戻る。

 と、そのとき。

 引いて閉めかけたドアが、外に引っ張られる感触があった。


「む?」


 それは不意打ちで暴漢に襲われるときの常套手段の感触だった。

 ので、とっさの反応でノブから手を放し、瞬時にこぶしを握って『引き寄せ』で閉めきる。開くと思った途端に能力による強い引っ張りにさらされて、外でつんのめったらしい相手は「ぐえ」と悲鳴をあげた。高い声だ。子どもらしい。どこぞの鉄砲玉ではなかったか、と少し警戒を緩める。


「ちょっ、店長。遅れたのはおれが悪かったよ、なぁ。でも大人げねよな、その対応はぁー」


 そして悲鳴につづいたセリフはなにやら待ち合わせ、予定があったことを匂わせた。

 店舗の方を見やると、店長が壁の時計を見て首をかしげている。どうやらこの、外にいる声の主を待っているらしい。


「言われてた買い物、鮮度大事なんでしょー。ねぇ店長ぉー」


 鮮度。買い物。どうやら、お使いに出していたようだ。

 とはいえ後ろ暗いところはなさそうな店長だし、後ろめたい物品の購入なら子どもにはまず任せまい。そう思ったものの、立場もあるので念のため確認することにした。

 外の子どもはまだノブをがちゃがちゃやっている。


「イジワルしてないで入れてよなー、なぁー」

「なに買ってきたんだ?」


 プライアを解除して扉を開けると、ノブを力いっぱい引っ張っていた声の主が後ろに反り返った。

 ドアの隙間から見ると、姿勢をもとに戻しながら不機嫌そうに深緑の眼の上で眉根を寄せる。

 スミレと大差ない高さにある頭は、鮮やかな金髪を短めに整えている。鼻の先にそばかすの浮いた、片方の犬歯が八重歯気味の少年だ。服装は古いせいで襟ぐりがたわみ、サイズがあってないために痩せた体から浮いているシャツ。ハーフパンツもサイズが合わないのをベルトで絞って穿いている。

 そんな、いかにもこの街の子どもらしい服装の彼は理逸の顔を見て「あ」とつぶやいた。


「……ハシモト?」


 そこにいたのは何度か遭遇経験のある2nAD、スミレの希望街での仲間である四名のひとりだった。

 目を白黒させて、彼は理逸とドアを交互に見る。自分がまちがったドアを叩いたのかと確認しているらしかった。すぐにまちがっていないと知る。


「おぁっ、あんっ、たっ、不会吧,I’d have never thought I’d be here茫然自失……Fuck my life!」


 慌てた様子で2nADの語を連発しつつ、ハシモトは手を引いて理逸をドアの外に連れ出す。

 後ろでドアが閉まったのを確認してから、ぷはぁと全力疾走してきたかのように息を深く漏らした。


「……なぁ、《蜻蛉》のにいちゃん。聞こえてなかったよな今の? スミレねえちゃんに」

「お前に 《蜻蛉》と呼ばれる謂れはねぇんだが……まあいい。とりあえず聞こえてねぇはずだぞ、スミレより手前にいた店長が気づいてなかったからな」

「What a relief。そっか、よかったよ……」


 安堵した様子で路地の壁に背をもたせかけ、ずるずると滑り落ちて小さくなるとふうとため息つく。肘のあたりには麻製の袋が提げられており、ここに買い物の品が入っているらしかった。

 そのなかに買い物メモも入っており、店長の筆跡なのか荒々しい字で『ヴァリアブ/葱・葉生姜・牛蒡 朝ジメ/ささみ・腿』などと食材が書いてあるのがわかる。


「お前、日邦語話せたのか」


 理逸が言うと、ハシモトはびくついた。

 恨みがましいような目で膝を抱えたまま見上げ、理逸に向かって日邦語で語る。


「いろいろあって、話すだけなら……あのさ、スミレねーちゃんと、ツァオマオミヒロにはぜってー、言わないでよな」

「知らないのか、あいつらは」

「うん。おれ、みんなと違くなるの、ヤだから。言ってない」


 ああ、と理解したのでそれ以上理逸も問わない。

 ……2nADの貧民層において、子どもたちはあまり一緒に食事をとらない。それは貧しさのレベルも各家庭で異なり──たとえばひとりは三日食べてない、ひとりは昨日だけ食べてない、というような格差がままあること。また食事マナーの段階もばらばらであること、などが理由として挙げられる。

 要するに対等で居るつもりだった相手が、まるで横並びでないことに気づいてしまう瞬間。それをなるべく失くすための、彼らなりの生きる知恵だ。仲間と自分との違いに、なるべく目を向けないようにするための措置だ。

 日邦語を話せるという、この地で生きていくには有用な技能を隠しているのもそれが理由だろう。

 周りよりもこうして仕事にありつける機会が増え、周りより有利になることへの罪悪感。


「わかった。秘密にしといてやるよ」

「あんがと、《蜻蛉》のにーちゃん」

「円藤だ。それと、秘密にしてやる代わりと言っちゃなんだが」


 腰をかがめて視線を合わせ、理逸が前のめりになる。

 ハシモトは追い詰められた、という顔で硬直し、それでも最後の意地なのか目を逸らさない。

 そんな彼に、理逸はポケットから出した煙草の箱を受け取らせる。

 パラフィン紙で巻かれた箱は深々が愛煙している、千変艸製ではない本物煙草が入っているものだ。あいにくとこれには中身は一本しか入っていないので、ゴミをつかまされたようなもの。ハシモトは首をかしげる。


「おれ、火遊び喫煙はしねんだけど」

「『噴水に捨ててあった』、って言って生活可能ビルの守衛に渡せばなかに通れる。俺が呼ぶことがあればそれ持って飛んでこい」

「……あの。おれ、2nADなんだけど」


 いいのか、との含意がそこにはある。

 安全組合はほかの組織と比べて、2nADに対してまだ友好的な態度ではあるが隔絶はどうしてもある。そんな人間を招き入れていいのか、という心配だろう。

 理逸は緩く空き箱をつかんでいる彼の手を上から手のひらで包み、しっかり握らせた。


「2nADとの通訳が必要になったとき、仕事として声をかけるかもしれねぇ。これまではスミレに頼みゃよかったんだが、指揮系統に組み込まれるとなると、いままでほど身軽に動けなくなるかもだからな」

「仕事」

「できるだろ? やれねぇとは言わせねぇが」


 強制ではあるが期待もある、と含んで伝える。

 ハシモトは少しずつその意図を汲み取ったらしく、「なる早で行くから、守衛に話は通しといてよな」と見栄を張った態度で笑った。理逸はうなずきを返す。それから、ドアを開けてなかへ戻ることにした


「買い物の遅れについちゃ、俺と話し込んでたことにしといてやる」

「あんがと。でも円藤のにいちゃん、あんた2nAD話せないんじゃないの」

「話せないから意思疎通に手間取った、ってことにしときゃいいだろ」

「ものは言いようだよなぁ……にしても、あんた、けっこー良いひとだよな」


 理逸を見上げながらハシモトが言う。

 むずがゆい視線だったので手のひらで彼の顔の前を払い、「簡単にひとに気ぃ許すな」と理逸は言い含めた。

 店内ではめずらしい二人組となった理逸とハシモトを見て、スミレが目を丸くしていた。

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