Chapter2:
Wandering wag (1)
理逸は子どもが嫌いだ。
気の向くまま感情の向くままに行動し、そのくせ後始末ができる能力を持たない。周りをひっかきまわしてあとはブン投げする、その精神性が気に入らない。
気に入らない、のだが。
「ツァオ、マォ。ハシモト、ミヒロ~」
目の前で、満面の笑みを浮かべて2nADの子どもたち四人(だいぶ幼い。一〇歳前後と思われる)と触れ合っているスミレを見るとなにも言えない。
場所は、南大壁の下にある希望街。
今日もこちらに向かって斜めに傾いだ基礎柱とそそり立つ底面を晒して影を落とす南大壁は、かつての首都との
それだけの幅あるものが横倒しになっているため、そこらのビルよりもだいぶ高い。というより、周囲のビルを薙ぎ倒して鎮座しているというのが近いか。
……スミレを預かって三日目。
情報集めの経過観察が終了し、スミレの素性として漂着者であるのがまず間違いないこと。他組織との繋がりがないこと。希望街で暮らした履歴が確認できること──以上により経歴の潔白が証明されたため、ある程度行動の自由が許されたのだ。
そこで理逸が、
「なにかしたいことはあるか」
と訊ねたところ。
「ぉ世話になったひとたちに会ぃたいです」
と述べたので、連れてきてやったのだ。
北遮壁方面──理逸たちの安全組合および住処、そして電波塔跡地の近くだ──からここまでは直線距離にすれば二キロほどだが、《沟》や《笹倉組》あるいは
スミレがこちらへ来たときのように、地下を通れば話は別だが……制水式、つまり水泥棒実施日でないときはパイプラインの存在する地下に封印措置がなされている。最下層は、飲用はおろか触れることも推奨されない工業排水が満たされ。それ以外のフロアも生産活動プラントが排出する有毒な粉塵を含んだガスが及ぶためまず入れない。
そういうわけで。
この土地のことを知らない彼女をひとりでフラつかせるわけにもいかず、理逸は付き添いでここまで来た。
スミレは三日ぶりの再会となる彼らと、きゃっきゃ騒いで戯れていた。
船からの漂着が一週間前なので、彼らとの生活は四日しかないはずだが。理逸への対応とはまるでちがう明るさだ。
「このくそ暑い中……よく元気ではしゃげるもんだ」
ガキだからか、とぼやきつつ理逸は蒸したカッターシャツの襟元を開いて煽ぐ。雲一つない空で日は容赦なく、彼らを照らしつづけていた。
南大壁の落とす影は色濃く大きいが、いまは太陽が最も高い季節だ。時刻が正午ということもあり、天頂からまっすぐ振り下ろされる陽光はそこまで影を伸ばしてくれない。
そのようにして哀れにも熱に焼かれる、かつて高速道路沿いの大通りだったのだろう道の両側。わずかな隙間もないほどに、枯れた街路樹を支え柱にして組まれたバラックが立ち並んでいる。
時折、風もないのに壁と屋根代わりのブルーシートがうごめくのは、なかの人間が暴れているか
「そんな街の子どもたち……ね」
スミレたちから距離を取ったままひとりごちて、彼らの会話に耳を澄ます。
彼らは、『収入源』のついでとしての生まれだったり、大家族で渡航してきた漂着者のひとりだったり……事情はそれぞれだがここに生を育んでいる。波乱に満ちた生を送ってきている。
正直出自は理逸も似たようなものだ。
親の顔など知らないし、育ててくれた兄貴分は死んだ。
だから彼らには、親近感を覚えてもよさそうなものだが……。
「────思ったのダメ直截了当、glad't see again スミレ!」
「迷失在地下もわからない、time through fast,不安」
「Fail't resist pressure! 持てた希望少なく」
「但、每天都很难等、she had'th devil's luck卓越的」
……話し出すと、こんな感じなのだ。
耳を澄ましてみたが今回もまるで聴き取れない。ゆっくりとくみ取ればなんとかなるのかもしれないが、SVOなのかSOVなのか語順もめちゃくちゃで規則性がわかりづらい。そしてなにより、忠日瑛と三か国語が混ざり合っている。場合によってはもっと混ざるときすらある。
「相変わらず2nADの言葉はよくわかんねえな」
理逸はリスニングをあきらめた。
これが2nAD。After Disasterの
……
彼らはたどり着いた土地で暮らすべく地元の言語を修得したが、災害後の世界では学習の時間もままならずまた伝達途中で上の世代が死んでいくこともざらにある。
結果として、中途半端な習熟の言語を又聞きした若年者がさらに若い者へ伝え……ということが頻発した。
じきに彼らは自分たちのルーツである語も、生きていくためたどり着いた土地の語も、すべてが混ざり合った新語というべきものしか喋れなくなった。生きていく土地を探して渡り歩きつづける生活と、その土地土地で拾い集めた語の集積とでもいえる新語だ。
語彙は極端に減少し、意見表明としての『良い悪い』『快・不快』『可・不可』といった語を軸としての発話法が組み立てられた。グレーな表現は切り落とされ、文章はどうやら、『常に感情表現を入れた部分からはじまる』という特殊な語順で構成されるらしい。
その言語は常に変化しており、2nADの居る場でのみ通用するフレーズや略し方や形式がいくつも生まれては消えていくらしい。
……そう、「らしい」「らしい」と伝聞でしか言えない。
それほどに、ここで育った者同士でしか通じ合えない特殊な言語なのだ。ゆえに希望街から人足を雇う際は、なるべく簡単な指示で済む作業を任せるようにどの派閥も取り決めをしているくらいだ。
しかし、このようによそ者が入りにくいはずの場において。
スミレは。
「乐趣! 本当に我相信你会等我then w' vowed't meet again,ぁりがとぅ」
まくしたてるような四人の言葉に意気揚々と返す。
これを受けて、四人の少年少女はわぁっと湧き上がっている。
ハタで聞いていてもおそらく完璧なのだろうことがわかる、流暢に繰り出される2nADの語。
知っていたのか? いや方言と同じく地域性が強い言語だ、事前に学ぶのは不可能に近い。では上陸からのこの短期間で習得した……?
あぜんとしている理逸の前でふと我に返ったようなスミレは、すぅっといままで浮かべていた温かで朗らかな笑みを消すと、真顔で理逸に言った。
「連れてきてくださったことには、ぉ礼を言ぃます。どぅもぁりがとうござぃます」
「喜んでる気持ちがまるで伝わってこねぇ声だな……」
「感受性がとぼしぃのではぁりませんか」
「さらに煽るかよ、テメー」
「煽りたくもなります。ぁなたがたの組織はこの子たちに、ゎたしの機構につぃてどれくらぃ知ってぃるか厳しく問ぃ詰めたよぅですから」
「……、」
口ごもる理逸だが、別段問い詰めは厳しくしたというわけではない。
ただ、スミレについて知っている者を募るということは──《南古野安全組合》が《沟》、《笹倉組》に比べて2nADを比較的頻繁に雇う協力関係にある以上、プレッシャーをかける行いだ。雇用主に近い立場での圧を使った、と言い換えてもいい。
それくらい《統率型拡張機構》の危険度が高く切羽詰まっていたということなのだが、この動きのためにスミレと関わった彼ら四人は周りから「早く名乗り出ろ」と急かされたようで。自分たちがなにかしてしまったのかと怯えることになったそうだ。
動きが、性急すぎたのだろう。しかし迷っている時間もなかった。噂が広まれば、それこそ他の派閥が調査に乗り出してくる。
理逸は腹のうちよりこみ上げてきたもやもやしたものを、喉元まで来たところでつかえさせて。
ふうー、と大きく息を吐いてから、四人の方を向いた。顔立ちは全員アジアンの色が濃い。
「……对不起」
彼らの会話で頻出していた、忠華の語で感情表現を示す語を発した。
申し訳ない、と。
頭を下げた。
四人のどよめきが聴こえたあとで顔を上げると、スミレは少し目を丸くする。
「……そこまでするとは、思ってぃませんでした」
「思ってなかったのか」
「子どものこと、嫌ってぃそぅですから。ぁなた」
「なんだバレてるのか」
「三日も横で見てぃますので」
「そうか。だがそれ言うなら、お前も大人嫌いじゃないのか?」
「そぅですね。なにごとも勝手に決めて、行動をぁらためることもしなぃ。そぅいう大人が、非合理的で嫌ぃです。──でもぁなたは、幹部という立場がぁりますのに。行動をぁらためることができるのですね」
次がぁったならですが──と付け足して、ほんの少しだけ口角を上げる。
その言葉に彼女が、2nADへの今後の気遣いを期待していると思って。
「お前、自身の扱いについてはすげぇ淡白なのに。自分が世話になった相手にはすげぇ気を遣うのな」
と、問いかけた。
すればスミレは真顔のまま、
「周りに恩を売るのはゎたしが生きやすくなる、合理的な手法だからです」
と答えた。
なら俺たち大人には恩売らないのか、と訊けば「これから仕事上の能力発揮で、ぃくらでも売れますので。彼らとは関ゎりが薄くなるので、ぃまのうちに感情面で恩売らなぃと」などという軽口が返ってきた。
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