第39話  ギリング城にて

「おめえがさっきの龍なのか」


 駿太郎は身体を起こし、そこに立つバイロンを見上げて言った。


「お前とはなんだ。無礼な奴であるの、其方

も頭を下げぬか!」


 乱れた長パオを直してバイロンの前に立ちはだかり堂々た振る舞いで見やる駿太郎を二人は下から見上げた。


「嫌なこった!なんで俺がおめえに頭を下げなきゃなんねえんだよ。冗談じゃねえぞ、俺は死んでも土下座はしねえ主義なんだ!」


 隆とユウは不安そうな顔つきをしている。


「其方は一体、誰に向かってそのような言いぐさをしておるのだ」


「あん?おれは誰にでもこんなもんだ!」


「まあ、よかろう。諭すだけ無駄のようだからの。久しぶりに身体を動かし、喉が渇いたわ、城に戻って、茶でも飲むとするか」


「はあぁ?」


 バイロンは三人を置いて城に向かい歩き出した。辿った所に路ができる。幾つもの重なり合う雲の層が見えた。


 奇々怪界の世界で不思議に思うことも慣れてきた矢先にこの雲の上に立つ自分に首を傾げる。


「お前たちはどうするのだ。共にどうだ。茶菓子もあるぞ」


 思いの外あっさりとしているバイロンに三人は顔を見合わせた。路を開く雲はまだその形を保持している。


「駿太郎、バイロン様はとても怖い神様なんだ。茶菓子って言って誘っておいて、牢に入れるつもりなんだよ。きっと」


「考えすぎだろ。茶菓子で誘って牢にぶち込むなんてありえねえ」


 駿太郎は笑った。


「僕、怖いよ。駿太郎はバイロン様の恐ろしさを知らないから、隆たんはどう思う」


「僕もユウと同じです。父さんやおじさんの心の中の龍王バイロン様はとてもとても怖い神様でした」


 駿太郎は二人を見て天空を見上げた。


 あの龍神が極悪非道の神だとしたら、さっき、対戦した時に既に決着をつけられているばすだ。本当のあの世へ送られているだろうよ。俺の息の根なんぞ、いとも簡単に止められる。神なんてものは脅威のものとして存在してなきゃ、誰もたてまつる事なんてしねえだろうし、信じることもしねえ。


「隆たんよ」


「なんですか?駿さん」


「どうすんだ。茶菓子食いたくねえか?あの龍神がどんなもの食ってんのか、俺、興味あるんだけどよ。ユウも茶菓子食いてえだろ」


「駿太郎!今なんて言った?」


 ユウは羽をぱたぱたさせて上昇し駿太郎の鼻先に顔を近づけた。身体が嬉しそうに跳ねている。


「ん……。俺なんか言ったか、顔、近けぇんだよ。あっちに行けつうの」


 と手をひらひらさせた。


「ユウって言ったよね」


 ユウは駿太郎の頭上にぴたりとくっついた。


「言ってねえよ。おめえは、ちび助で充分だろ。頭から降りろ!」


「さっき、ユウって言った。絶対に言った。ねえ隆たん!」


「はい、言いました。僕も聞きました。駿さん、ユウのことって言わないでユウ!って言いました」


 ユウは嬉しそうに回転しながら隆の肩に座った。


「言った覚えはねえ!」


 駿太郎はさっさと歩き出し、バイロンの歩いた跡を辿っていく。二人は嬉しそうに微笑みあって駿太郎の後を追った。結局三人は城の中へと踏み入ったのである。


 城内にいって間なく、駿太郎は思わず足を止めた。聖水を浴びせられたように心が洗われる思いだ。神聖な場所だと肌で感じる。信仰などしていない駿太郎にも身を凛とさせ、心肝しんかん康寧こうねいさせた。


 隆は駿太郎の足に腕を通してぴたりと身を寄せる。


「どうした、隆たん」


 下から駿太郎を見上げる隆の顔は今まで見たことがない不安な表情である。


「僕、怖いです」


 この城は隆にとって足を踏み入れることを思惑おもまどう高貴な場所である。無邪気さあってもバイロンは天高く存在する賢人と理解している。容易に同等の場所に立つ事などできないのだ。


「だから言っただろ。バイロン様はとても怖い神様だって、駿太郎、戻ろうよ」


「戻るってよ。どうやって戻るんだよ。ユウ、おめえ、村への戻り方知ってんのか」


「……知らない」


「ぶぁか!」


「ぶ・あ・かってなに、なに?隆たん」


 隆はそれどころではない頭をぶんぶんと振るだけで声も出せない、恐怖は緊張させ心中しんちゅうを萎縮させる。


 駿太郎は高い天井を見上げ『これといって高価な代物は一切置いていない。思いの外、贅沢三昧ではなさそうだ。有利な立場を利用して威張っている様な奴でもなさそうだしな』


 大理石の門を入ると大理石の立派な扉は手動で開閉できない程重厚であり、一面大理石の床で寒々しい空間が広がる。部屋の真ん中には、またもや大理石の立派なテーブルがひとつあるだけでそこにバイロンが座っていた。


「やはり来たのだな。そこに座りなさい」


 駿太郎は遠慮なくバイロンの右手側の大理石の椅子に座ったが、すぐに立ち上がって椅子を確認した。隆とユウは駿太郎の行動を凝視している。


「どうしたのだ」


「この椅子、違うわ」


 そうつぶやいてその横に椅子に座った。


「ん、なんだこの椅子……。おい!バイロン、この椅子生きてんのか?」


「ふむ、生きてるとな、生きておるのかと訊いておるぞ、どうなのだ」


 バイロンが椅子に向かって声をかけると大理石の椅子がふわりと浮いたと思ったら、ぼろきれ雑巾のような衣を身につけ、ぼろきれ雑巾のような男が立ち上がった。それはまるで小汚い怪物のような面持ちである。


「ぎゃあぁぁぁー」


 ユウは悲鳴をあげて駿太郎の背中に身を隠し、隆はじわじわと駿太郎に歩み寄り手を握った。


「なん……なんなんだよ。そいつ!小汚ねえな」


 駿太郎は自分の尻を払って睨みつける。


「おめえは!なにがしてんだよ」


私奴わたくしめでございますか?おめえという名ではございません。私奴の名前はボロンといいますので以後、ボロンと呼んでくださいますようお願い申し上げます」


 丁寧にゆっくりとこうべをたれ首だけ起こし薄気味悪い笑みをうかべた。


「見たまんまの名前かよ」


「ん?見たまんまですか?さようですか、久しぶりの来客故、ちょっと遊んだだけでございますよ。駿翁様は短気なお方、遊び相手に丁度良いですのう。バイロン様、このままこの三人を牢にぶち込んで玩具にしてよろしいでございますか」


「ほら、ほら!言っただろ。駿太郎、牢にぶち込まれるよ。逃げようよ」


 バイロンが長い爪をピシッと鳴らすと本物の大理石の椅子がテーブル横にパッパと二脚出現し、二番目にあった椅子が後方にくるくると回転したと思ったら、ぬくっと立ち上がったそれはボロンと変わらない小汚い恰好をした者だった。


「ぎゃあぁぁぁーまだっ!出た〜」


 ユウは気を失いひらひらと大理石の床に落ちた。隆は慌ててユウを抱きあげて駿太郎の背後に隠れた。


「お前までなにをしておるのだ」


 バイロンが困った表情をしている。隆はなにが起きておるのか、方々を見て理解しようと懸命だ。


「すっみませーん。だって、ボロンが一緒にあそぼって言うもんだから、バイロン様どうです。この姿」


 くるくる回って破れかぶれの衣を見せた。バイロンが呆れ顔で長い爪をピシッと鳴らすと、青色のワンピースにフリルの付いたエプロンを身につけたなんとも可愛らしい女性の使用人が姿を現した。頭に三角巾をつけている。その姿を見て、


『まるでメイドカフェのねえちゃんじゃねえか、バイロンのなのか?』


 そう思いながらバイロンを見やると、思いっきり睨まれた。


「すっみませーん。駿翁様って、お尻プリプリなのですね」


「はあ?」


 微笑む顔はまさに天使のような少女のようなメイドカフェのメイドのような使用人、


「とりあえず、そこに座りなさい」


 駿太郎たちを促し座らせると、いつの間にかテーブルの上には茶と菓子が並んでいた。






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