第38話  駿太郎 vs龍王バイロン

 バイロンは上昇気流を起こし竜巻を発生させた。その竜巻は風の矢となって駿太郎に襲いかかる。数多あまたの凄まじい矢が所構わず突き刺さり地に突き刺さった瞬間に粒子となってふわりと消えた。


 駿太郎は機敏に逃げ回る。戦闘能力は皆無であり、口だけが武器であるが、逃げ惑う事に必死でそれどころではない。


「このやろ!姿見せろって言ってんだよ」


 隆とユウもその風の矢に刺さらぬように必死に逃げ惑う。


「矢が刺さるよ〜。駿太郎!謝って!バイロン様に謝って!」


「アホぬかせ!誰が謝るか!」


「駿さん!矢が向かってきます!」


「隆たん!大丈夫か、気をつけろ!」


 ひたすら逃げ惑う三人に容赦なく風の付勢ふせいした矢は放たれる。一本で飛んでいた風の矢が束となり焔に燃えたぎりながらやいばとなって駿太郎に向かい彗星の如く貫いた。


「うわああぁぁー!」


「駿さーん!」


「駿太郎ー!」


 駿太郎の断末魔の叫びがとどろく、焔とかしたやいばはベッキュキュ島の層面の地を貫通し、駿太郎共々真っ逆さまに落下して行った。


「駿さーん、駿さーん、駿さあぁぁん」


 隆は貫通した穴から下方を見下ろし手を伸ばして懸命に駿太郎の名を叫んでいる。


「危ないよ!隆たん!落ちるから、穴から離れて!」


 ユウは隆の着ている長パオの襟首を引っ張っているが隆はひたすら穴からのぞいて駿太郎の名を呼び続ける。


「駿さん……駿さん……。神様はなんて酷い事をされるのですか」


 隆は泣きながら地に伏した。


「駿……さん」


「隆たん……」


 ユウは隆の肩を優しく撫でながら駿太郎が落ちていった下方を見つめていると猛狂もりくるう勢いで目の前を黒い物体が駆け抜けた。それを目で追い見上げるが姿をとらえる事ができない。


「今のは、なに?」


 ユウは天空を見渡していると、


「うわぁ!」


 いきなり吹き飛ばされクルクルクルクル回りながら宙を舞う。隆はユウを目で追いながら走り、ユウを捕まえようとするが熱風の波動は息つく暇なく襲って来る。波動の波にのってユウはあっちこっちに浮遊する。隆は思わず身を屈める。全身に受けた衝撃波は激痛だ。


 隆は歯を食いしばり素早く立ち上がって、飛ばされるユウを追いかけ、両手で掴んだ。逃げ場がないと判断した隆は身を縮めて地に伏しユウを自分の胸の下に敷いた。


「ユウ、大丈夫ですか?痛くないですか」


「僕は大丈夫、隆たんこそ、大丈夫なの?衝撃波があたるでしょ。背中痛くない?」


「はい、痛くないです」


 ユウは隆の胸元から這って隆の頭上を見上げた。隆の周囲には銀色の情調じょうちょうの層が漂い、駿太郎とバイロンの猛然たる衝撃波をはばんでいる。

 

『銀月梠様だ』ユウは安堵して身体の力が抜けた。


「ユウ、なにか天空でぶつかり合ってます。そのぶつかり合っているなにかが風のかたまりになって、僕たちを襲って来てるみたいです。駿さんの気配がするけれど駿さんの姿は見えません!もしかして……」


「もしかして……ってなに?」


「駿さんの背中の絵が出てきたのかもしれません。きっとそうです。天空でぶつかり合っているのは、駿さんの背中の絵と龍王バイロン様が天空でしてるのですね。ねぇ、そうでしょ。ユウ!」


「そうでしょって、僕に聞かれてもわからないよ!どうして駿太郎が空を飛べるの、駿太郎の背中の絵がどうやって出てくるの?」


「それは、僕にもわかりません」

 

 互いに見合って瞬きを繰り返す。天空では凄まじい攻戦が続いている。


 駿太郎とバイロンの格闘である。武器を持たない駿太郎は、下界で培った喧嘩の技倆ぎりょうで戦いに挑むしかない。


 駿太郎の素早く強打の拳による一撃一撃を

バイロンは、いとも容易たやすかわしている。


雲烟過眼うんえんかがん、雲か霞の如く、なにも感じはしないぞ、お前の技倆はその程度なのものか】


「くそっ!うるせぇんだよ」


 駿太郎は必死にバイロンに食らい付いて行こうとするが、


【もう、良いであろう】


 その一言を耳にした瞬間に稲妻が直撃した。


「うわあぁぁー」


 黒龍にした駿太郎は元の姿に戻り、


「ありゃ〜、力が入らねぇ……よ」


 力尽き、紙切れのようにハラハラと地に落ちると横たわったままぴくりとも動かない。


「駿さあぁん」


 隆は駿太郎に駆け寄り抱きついた。隆は胸ぐらを掴んで、


「駿さん!目を開けて!」

 

 と。身体をわっさわっさと揺さぶる。


「駿太郎!大丈夫か!」


 ユウは頭に上に座り額の真ん中をぺちぺちと叩き続ける。


「駿太郎!目を開けろ!開けろよ」


「駿さん!生きてますか!駿さん!」


「はあぁー。隆たん、大丈夫だ。俺は死んでねえよ。おい!ちび助、人のデコぺちぺち叩くんじゃねえや」


「駿さん!よかった。生きててよかった」


「死んだ振りなんてするなよ」


「うるせぇな、ちび助、そう簡単に死んでたまるか!あの龍神、めちゃ強えでやんの、俺様、負けちまった」


「生きててよかったです。駿さん、心配しました」


 駿太郎の胸に顔を埋めて泣く隆の後頭部を大きな手のひらで優しく撫でて抱き寄せた。


「ありがとよ。隆たん。ちび助もな」


「駿太郎!僕はちびじゃないよ」


 ぺち!っと額に手のひらをのせた。


「封印を解いて間がないというに、そのように黒龍の御魂を謝る事ができるとは大したものである。褒めて遣わすぞ」


 隆とユウは顔を上げ、声の主に振り向いた。

二人は呆然と主の顔に見入ってしまう。


「どうした?頭を下げぬか!」


 二人はそれでも茫然自失にバイロンを見つめたままだ。


「無礼であろう。頭を下げぬか」


「あっ!」


 二人は慌てて姿勢を正し頭を地につけ俯いたまま思う事は一緒であった。


『どうしてここに父さんがいるのです』

 

 隆はそう思い、


『銀月梠様がどうしてここにいるんだろう』


 ユウもまたそんな事を思っていた。






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