第37話  歯向かう駿太郎

 【隆よ、よくここまで無事に来れたものだな。其方のような子供がここにたどり着くとは、褒めてつかわす】


 天空から聞こえるバイロンの声は光の粒子となって空間を瞬いている。


 その光の粒子を心底の御霊に染み込ませると妖術の能力が熟達すると言われ、隆とユウは目を閉じて自ら吸収しようと心を近づけた。


 一方、駿太郎は不可思議なその情景を黙って眺め身体に纏わりつく粒子を、


「なんだこれ、クソ!」


 と祓い避けている。


「駿さん」


「なんだ?隆たん、これなんだよ。身体にくっついてくるぞ」


「駿さん……あの、それ」


「あん?」


 払っても払っても纏わりつく粒子に苛立っている。


【ユウよ。銀月梠のために死を覚悟したことに対し、私は誉めてはやらぬぞ】


 龍王バイロンは聖域への侵入を見過ごしてはいなかった。銀月梠のしでかした事を見流す気はないようである。


「はい、わかっています。僕は銀月梠様が七つの時、ガルバナで出会ってから、ずっと一緒に生きてきました。銀月梠様のためなら、なんでもやります」


戯言たわごとを言いよって、あの者は反逆者の身内であるぞ】


「銀月梠様はなにも悪くありません」

 

 ユウは眉を寄せ怒った顔をしている。


「はんぎゃくしゃ?はんぎゃくしゃってなんですか?」


 隆は駿太郎の腕を掴んだ。


「反逆者って言うのはな、簡単に言うと、悪いことした輩の事をいうんだ」


「悪い事?おじさんはなにも悪いことをしていません。神様は間違っておられます」


 駿太郎は怒るユウの横顔を見ながら


「やっぱ!おめえは、嘘をついたんだな」


「嘘?僕に言ってるの」

 

 ユウは駿太郎を見た。


「おめぇしかいねえだろ!おめぇは、いなくなった兄貴を探してくれって言わなかったか!あん!」


「言ったよ。だって本当にお兄ちゃんいなくなったんだもん」


「その時、銀月梠のぎの字も言わなかったよな」


「だって、隆たん、銀月梠様の事、聞かなかったでしょ。言わなきゃ駄目だったの、隆たん、なにも聞かなかったよね」


 隆の顔を覗き見る。確かにそうかも知れないけれどと隆は思う。悪気なく応えるユウの態度に駿太郎と隆は顔を見合わせた。


 ユウは遥か昔、二千年前のあの日、兄と共に亀裂の狭間に陥りそうになった。


 しかし、ユウだけが難を逃れ、兄と別れ別れになってしまう。その後、兄を捜してガルバナの森に迷い込んてしまったのだ。


 長い間ひとりきりだった。彷徨い孤独に打ちひしがれている時、銀月梠と出逢い救われたのである。その日から銀月梠のそばを片時も離れず精把乱と共につかえてきたのだ。


 今回、隆がひとり、修行もせず聖域に立ち入る事を案じた銀月梠は元より聖域に生息していたユウを先に送り込んでいたのである。


 元々生息していた処故、龍王バイロンへの侮辱にはあたらないだろうとふんだ。ユウは龍王バイロンの愛娘である紫龍の側用人だった精である。


 洞窟を出た時の隆は草原に道がなく、前進出来ず迷っていた時、空砲玉を弾かせ道を作ったのは、このユウの偽業しわざである。


「おじさんはガルバナの森には妖精はいないといいました」


「ふーん、まあ、僕は元々妖精じゃあなかったからかね。銀月梠様が僕をこの妖精の姿に変貌させてくれてんだ。銀月梠様は僕の事を妖精と見ていないからでしょ」


「妖精じゃあない?変貌?意味がわからねえ。お前、妖精じゃないなら、何者なんだよ」


もののけだよ」


駿翁しゅんおうよ】


 天空にバイロンの声が響か渡る。


もののけ?って、じゃあよ。おめえは妖怪なのか?」


「ようかい?ようかいってなに?」


「精って言ったら妖怪のことだろ!鼠男みたいな妖怪だろうが」


「ねずみおとこ?ってなに?ようかいって、なに!」


【駿翁よ!】


 その名を呼ばれても自分の名ではない三人はバイロンの声に耳を傾けず話を続けている。


【駿翁!返事をせぬか】


 怒り持ったバイロンの声に驚き三人は辺りを見渡した。


「おい!姿の見えねえ……なんだ?隆たん」


「神様です」


「神様?おお!神か!さっきから駿翁!駿翁って誰のことを呼んでるんだ!どこにその駿翁とか言う奴はいるんだよ!」


 三人は頷き合い辺りを見渡す。


【お前の事であろうが】


「お前って誰?」


 三人は顔を見合わせバイロンがいるであろう天空を見上げた。


「ちょっと言わせてもらってもいいですかね」


【なんだ。なんなりと申せ】


「おめえよ!どっから話してんだよ。普通、人と話をする時は面と向かって目を見て話すもんだろうが!なにを上から目線の上から声だけ聞かせてやがんだよ!姿を見せろや!どこにいるんだこのヤロー、姿を見せろ!クソ神ヤローが!」


「駿さん……」


 隆もユウも目を剥いた。龍神龍王バイロンに向かって遠慮ない物言いをし、空に向かって指を差し、罵詈雑言ばりぞうごんの嵐である。


「駿さん、駄目です。その……神様に向かって、そのような言葉を遣ってはいけません」


 隆は神の怒りをかうのではないかと気が気でない。


「あん?隆たんよ!本当に神様なのか、姿も見せねえで、なにが神様だ。神様だって言う証拠なんてねえだろ!声しかしねえじゃねえか、これってよ。インチキじゃあねえのか」


「いんちき?」


「ああそうだ。どっかその辺に拡声器を仕掛けておいて、まるで神の如く空から声が聞こえるように見せかける。インチキに決まってんだ!」


「隆たん、いんちきってなに?」


 隆はユウを見て二、三度首を横に振った。


「おお!妖怪!よくぞ訊いてくれた。ごまかしとか、いかさまとか、こっちの言葉で言うと、そうだな。まやかしだ」


【まやかしだと!】


「ああ、そうだ。ま・や・か・し」


 駿太郎はへらへらと笑いながらバイロンを不快な気分にさせる言い方をした。


 ユウはじわじわと隆の背後に隠れ背中をよじ登り左肩の上に立ち耳元で囁いた。


「隆たん、僕、バイロン様の怒りが伝わってくるんだけど」


「はい、僕もです。僕、どこに隠れたらいいですか」


「駿太郎の後ろに隠れた方がいいかもしれない」


 二人はさりげなく駿太郎の背後に隠れた。その時、凄まじい強風が駿太郎めがけて渦を巻きながら勢いよく直進してきた。逃げるまもなく駿太郎に襲いかかり、あれよあれよという間に身体は天高く舞い上がった。


「うわっ!」


 二人は舞い上がる駿太郎を見上げていると上空から勢いよく「バン!」と駿太郎の身体が地に叩きつけられた。隆もユウも呆気に取られた微動もできず呆然と立ち尽くしている。


「痛っ!卑怯な真似するんじゃねえ!」


 駿太郎は歯を食いしばり立ち上がった。

性根しょうねを据えたような顔をしたと思ったら、


「姿見せやがれ!制裁堂々と闘えこの卑怯者!」


 隆とユウは頂点に達したバイロンの怒りの波動が心の奥底に伝わってくる。


「隆たん!駿太郎から離れよう」


 ユウは羽をはためかしながら隆の袖口を引っ張った。


「でも!駿さんが危険です」


「いいから!隆たん、僕たちも巻き込まれちゃうよ。駿太郎がやられるのは自業自得!神様を怒らせたのは駿太郎だもん!隆たん!離れるんだよ」


【卑怯者だと】


 バイロンの低い声は空気を振動させ広大な地のあちらこちらに上昇気流を発生させた。隆とユウは耳を塞ぎ天空を見上げる。


「なんつう声を出しやがる。頭に響くじゃねえかよ!卑怯者に卑怯者ってなにが悪いんだ!」


 隆はユウに引かれながら駿太郎から距離を取った。駿太郎はチラチラと二人を見やる。


「おい!隆たん、どうして離れてるんだ」


「危ない!駿さん!」


 隆は大きな声で叫んだ。駿太郎は瞬間的に気迫を感じたその方へ振り向いた途端、左頬に衝撃を受け急回転し再び地面に叩きつけられた。


「くっそ!」


 地に手をつき身体を起こした。


「痛っえな!姿見せやがれって言ってんだろうが!」


 痛む身体を奮い立たせ立ち上がると天空を睨みつけ、目を細め、勘を研ぎ澄まし、バイロンの気配をうかがい、


「卑怯な真似しねえで、姿を見せろって言ってんだよ!おめえそれでも神様か!神の風上にも置けねえつうやつか!ふざけんな!」


 武器も持たず、力もなく、龍王バイロンに歯向かう駿太郎に策などありはしない。

 相手を怒らせて喧嘩を仕掛けるような手筈など通用するはずもなく、それでも駿太郎はなにを思い、バイロンに向かって暴言を吐くのだろうか隆は固唾を飲み見守っていた。











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