第36話  覚醒

 水底に沈み意識のない駿太郎から少し離れた水中で必死に水面に出ようと格闘するユウがいる。もののけには其々に適した能力が備わっているが、ユウにもそういった技倆ぎりょうがある。


 空砲玉を扱うことの出来るユウはその玉に空気を送り込んで膨らまし、隆の頭部全体と自分の身体を包み込む空気の層を形作った。


『駿太郎はなにをしてるの!僕の力では隆たんを地上には持ち上げられない。早く来て!駿太郎……』


 ユウは必死に小さな足をばたつかせ水を蹴っている。


「銀月梠様なりません!これ以上無理をなさっては、銀月梠様の身が危険です」


 左右の手を結び合い呪文を唱える銀月梠を制止する精把乱、


「致し方ないのだ。精把乱、私だけがなにもしておらぬ、なにも手を出さぬことなどできるわけがなかろう」


「しかしながら、聖域への侵入は許されない事です。銀月梠様は侵入してはならない場所なのです」


「わかっておる。許されなくても構わんのだ。このままでは、あやつも隆も死んでしまう。あやつの気が届いて来ぬのだ!それを黙って見過ごせというのか、精把乱」


「それは……」


「ユウも見殺しにはできぬぞ」


「そうですけど、そんなことをされましたら銀月梠様のお命が、銀月梠様が消滅されてしまわれたら、長閑村の人々も同様、消滅してしまいます。それでも良いのですか?」


「ならば、お前は、三人を見殺しにしろと」


「その様な事は思っておりません、それに、きっと駿太郎様がなんとかしてくれると信じております」


「その様なあての無い希望など持つでない!精把乱!手を離せ、離さぬか!」


『おい!人が苦しんでる時によ!喧嘩なんかしてんじゃねえよ!』


 銀月梠は宙を見上げた。


『駿太郎か!』


『あのよう。隆たんがこんないい方するかよ!ばーか!童玄の弟なんだろ、こんな事で取り乱すんじゃあねえわ』


『お前という奴はこんな時でもその様な物言いをするのだな』


『仕方ねえだろ!そういう育ち方してきたんだからよ』


『息はできる様だな。大丈夫なのか』


『ああ、酸欠でちょっと意識が落ちただけだ。だけどよ。なぜか酸素がねえのに息が出来るんだ。まさか!死んじまったのか』


『お前は、愚かだな』


『おめえにいわれたくねえわ!』


『心配せぬとも生きておる』


『俺って、不死身なんだな。全く死ぬ気がしねえわ、で、隆たんはどっちの方向にいるんだ』


『今、お前が、向いている方向、右、十五度、そのまま真っ直ぐの処だ。ユウにも限界がある。急いでくれ』


『おお!任しとけ!』


 駿太郎は水圧をもろともせず泳ぎだし、その速度は人並みはずれている。


「己で不死身と申したわ」


「駿太郎様ですか?」


「ああ、精把乱、あやつは本来の魂を目覚めさせたようだ」


 銀月梠ほっとした様な笑みを浮かべ精把乱を見た。


「よかった〜」


 精把乱は床にふにゃふにゃと揺れながら落ちる様に座り込んだ。ブロッコリー頭も萎えている。


「大丈夫か」


「はい、銀月梠様、しかし聖域へ侵入を図ろうとなされるなんて、なんて恐ろしいことを、考えられるのやら、まあ、その時はわたくしもお供致しますけれど」


 と、にこりと微笑んだ。


 駿太郎は益々加速し真っ直ぐ隆に向かって泳いだ。


『早く、早く来てー、駿太郎はなにしてるんだ!脳なしなのか!やっぱり駿太郎は駄目なんだ』


「誰が脳なしで駄目だって!」


 ユウは目を凝らし声のする方を見た。


「わー!やめて!来ないで!たべないで!」


 駿太郎の形相に慄きショックを受けたユウは気を失い空砲玉の妖術が解けてしまった。


 二人はぶくぶくと泡を吐きながら水底に沈見かけた時、駿太郎は意識のない隆を抱きかかえ、ユウを手のひらで握りしめ一気に地上目指して水中を垂直に泳ぎ水面を切り裂いて上空に舞い上がった。


 空高く、空高く、気高く駆け昇る駿太郎はごつごつとした硬い鱗に纏われ、まさに鋭い眼球、隆の描いたあの黒龍の姿をしている。


 そのまま天空を昇りつめ、空上に浮く層面に倒れ込んだ。


 物音ひとつしない静かなその場所に三人は静かに横たわる。


「いつまで、その様に寝ておる気なのだ」


 三人は同時に目を開け、同時に起き上がり、同時に声のする方を見たと同時に隆とユウは慌てて姿勢を正して正座をし層面に頭をつけてひれ伏した。


「ん?隆たん、なにしてんだ」


「駿さん、神様です」


「神様?なんだそれ?どこにいるんだ」


 駿太郎はあちこち見渡すが、隆の言う神の姿は見当たらない、駿太郎は壮大な空間に見惚れて立ち上がり辺りを見渡した。


 足元は純白な地、上を見上げると純青空間、目の前には純白と純青を映している城がある。


「隆たん、ここどこだ?」


「どこって、神様の祠だよ?そんな事もわからないのか!」


 俯いたままのユウに駿太郎は、


「うるせえ!ちび助、おめえに聞いてねえ」


 頭を上げて駿太郎を睨みながら、


「ちび助?僕は!ちびじゃないって言ってるだろ!」


 ユウは羽をぱたぱたと動かし駿太郎の鼻先に飛び上がった。


「ちびにちびって言ってなにが悪い!」


「ちび、ちびって、ちびじゃないって言ってるのに、何度も言わないでよ」


 目の前で繰り広げられる二人の小競り合いを見上げる隆は困った顔して駿太郎には見えぬ龍王バイロンを見やった。


「静かにせぬか!」


 隆はユウを鷲掴みにし駿太郎の袖を引っ張っり座らせた。


「隆たん、声は聞こえるが姿が見えねえ。なんだ今の声はよ!」


「神様の姿が見えないなんて、やっぱり駿太郎は駄目な奴なんだ」


「なんだと!」


「なんだよ。本当の事言ってるだけだ」


「うるせぇ!この、ちび助!」


「ちびじゃないってば!」


「駿さんもユウも静かにしてください」


「このちびが生意気だからだよ!」


「ちびじゃないって言ってるだろ!」


「二人とも、ここは神様の祠ですよ。喧嘩はやめてください。駿さんもユウも」


 二人は不貞腐れて外方を向いた。


「神様の祠って家ってことか!でけぇ、家だな。あれって城だろ。隆たん!来たことあるのか?」


「初めて来ました」


 この天空の島の名はベッキッキュ島、そこに聳え立つ城の名はギリング城、上部はあおく下部は白い、碧く映るは空の色、白く映るは雲の色、その鏡の城ギリング城は童玄と銀月梠の生家である。


「それならどうして、ここがその神様の家ってわかるんだ」


「おじさんの書物室にあった絵本と同じ景色だからです」


 書物室の上段の棚から光を放ち、隆にその存在を告げ知らせた。隆はその絵本を手にし、頁を開くごとに、この世界の歴史を読み解き、全てを記憶し、神に対して無礼のないよう学び、どうするべきかもちゃんと心得ている。微笑む隆からは自信が満ち溢れ純朴な真っ青の情調が放たれた。












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