第31話 冒険 2
隆は意を決して、
「よーい、どん!」
掛け声とともに一気に草原の真ん中を突っ走る。必死に走ってる隆には惑わしの声は囁きとかし、隆には聞こえてこない。駿太郎の事だけを思い他にはなにも考えない。銀月梠が言った言葉を胸に小さな身体で見事にその草原を駆け抜けた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ〜、草原を出ました。はあ〜」
振り返り見るとかなりの距離を走ってきたことがわかる。
「広い草原でした」
目の前の小川に目を向けた。流れの早い小川の向こうには、ごつごつした大きな石や小さな石が転がっていてそこにも道はない。
「どうして道がないのでしょう。長閑村にはちゃんと道があるのに、この小川も長閑村の小川とよく似てますね。でも、長閑村より大きな川ですね」
長閑村の小川よりも流れが早く、水位も深く川の中を歩いて渡る事は難しそうだ。隆は左方を見やると森の中から小川がこっちに向かって流れてきている。右を見ればずっと向こうまで水が流れていくのに途中どこにも橋がかかっていない事を不思議に思う。
「向こうへは行くことができそうにないですね。どうしたらいいのでしょうか」
そう思うと同時に途方にくれ隆は空を見上げた。
「どうして橋がかかってないのでしょうか、これは空ですか?青い空?村の空は黄色で、きらきらしているのに、ここはどうして青なのでしょう。神様の聖域だから青色なのですか?森はなんだか怖い感じがします。ダグラナの森と違います。どうして駿さんの背中の絵みたいな顔してるんですか?僕なんだか、怖いです」
隆は小川の向こう側を見て首を傾げた時、
「その川を渡れ!」
と突然声が聞こえてきた。
「えっ?この川を渡る?」
「そう、その川を渡るのよ」
「橋がないので向こうへは行けません」
「川の中を歩けば向こうへ行けるよ」
「さあ!行け!」
「怖いのか!隆!さあ行け!その川渡れ」
あちこちからいろんな声が聞こえてくる。女の子の声、男の声、老人の声、そして
「隆!行きなさい」
「母さんですか」
怜の声がした。
「母さん!」
隆は少しばかりほっとして嬉しさが込み上げてきた。
「母さん!」
母親を必要とする歳間である。まだまだ幼い隆にとって怜の存在は欠かせないのものであり、心細さと闘う隆の心の隙につけ込む精達は益々調子にのって隆を惑わしていく、
「母さんがそばにいるから大丈夫よ。隆、さあ、行きなさい」
「はい!母さん、僕、川を渡ります」
隆は気合を入れ、川の中に足を踏み入れようとした。
『なにをしておるのだ。隆!その川に入るでない』
『おじさん?でも母さんが大丈夫って言いました」
『そこにいるお前に声をかけることなど有りはしない。怜はその世界に侵入などできないのだぞ』
隆は川に伸ばした足先を地面に戻して座り込んだ。
「おじさん、僕、なにがなんだかよくわかりません。いろんな人の声がして、僕どうすれば良いのですか」
『言ったであろう。いろんな声が聞こえても惑わされる事なく道を進めと、その様な時は一度立ち止まり、しっかと考えて行動するのだ。この先私の声が届くかどうかは未知なるものだ。隆よ。私が助けられるのはこれが最後かも知れぬ』
「はい、おじさん、僕、惑わされません。駿さん……。駿さん、困ってくれないかな。僕、困ってる人の声なら聞こえるのに、駿さんは強い人だから困らないんだね。困ったな。あっ、そう言えば、さっき、聞こえた声はどこからしたのかな」
耳を澄ましても、風の囁き、小川のせせらぎ、樹木のざわめき、葉の優声しか聞こえない。
「なんとなく、こっちかなって思うんですでも、この森はダグラナの森と違って怖いんです。駿さんはどこにいるのでしょうか」
小川の水を眺めて、銀月梠と一緒に聞いた
「隆たん!遊ぼっ!」
その声に立ち止まって、声のする方を見た。樹木の枝にちょこんと小人が座っている。
「だれですか?」
「隆たん!遊ぼっ!」
「君はだれ?」
「隆たん!遊ぼっ!」
眉間をぎゅっと寄せて、「同じことしか言わないのですね」そのまま知らん顔して歩みを進めた。どの枝からも同じ小人の声がして誘惑する。隆は耳を塞いで歩く、
「僕に話しかけても駄目です。僕ね。人を探してるから遊んぶことできないんです」
上流へと向かい隆はひたすら歩き続ける。
「隆たんの探してる人、知ってるよ」
「本当!」
立ち止まって小枝に座る小人を見上げる。
「その探している人どこにいるか、知りたい?」
「はい、知りたいです。知ってるなら教えてください。君は
「
空中をパタパタと飛び回って隆の目の前に降りてきた。緑のチョッキ、短パンの恰好で先のとんがった緑色のブーツを履いて蝶のようなブルーの羽が生えている。
「すごいでしょ」
「妖精さん?」
「そうだよ。妖精なんだ。隆たん僕と遊ぼうよ」
「おじさんは妖精などいないと言っていました。嘘を言ってはいけません、それに遊んでいる時間はないのです」
「遊んでくれないと探している人がどこにいるか教えてあげないよ」
妖精の言葉を訊きながら隆は先を急ぐ、急足から小走りになり猛ダッシュで走った。
『隆よ、いろんな声が聞こえてきても、惑わされることなく進むんだぞ』銀月梠の言葉が隆の中でくるくると木霊する。『駿さんを探さなくちゃ、今は駿さんの事だけ考えるんだもん』
「ごめんなさい。僕、駿さんを探さなくちゃいけないんです。だから君のお願いを聞いてあげられないの」
妖精は余裕で隆の後をついてくる。
「そんな事言わずに、僕と遊んでよ。僕も一緒にその駿さんという男を探してあげるよ。僕、道を知ってるから教えてあげられるんだもん。遊ぼうよ。隆たんは意地悪さんだね」
「僕は意地悪さんではないです」
「遊んでくれない子は意地悪さん」
この妖精の言ってる事を信じて良いのか隆は考える。『あの時、おじさんは自分を信じなさいって言いました。僕は僕の考えの通りにすればいいのでしょうか』隆は急に立ち止まって、頬を膨らまして流れる水を眺めている。きた道を振り返る。森の入り口が見えなくなった。
「隆たん!遊んでくれるの」
「わかりました。僕、君と遊びます。君の名前はなんですか」
「ありがとう。僕はユウだよ。よろしく」
「はい、ユウ、よろしくお願いします」
ユウは隆の肩に座り小川の上流を指した。
「あちらへ行けばいいのですね」
「そうだよ。さあ行こう!」
二人は探検でもするかの様に楽しげに森の奥へと歩んで行った。
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