第32話 冒険 3
隆は妖精のユウを肩にのせて森の上流に向かって歩いている。樹木生い茂るその下の道を歩みながらダグラナの森を思い浮かべた。
「ユウはずっとこの森に住んでいるのですか」
樹木が鬱蒼と生い茂るその隙間からうっすらと光が差しこんで神聖な地らしく清らかで汚れなく尊い、
「違うよ。僕はこの森がお家じゃないよ」
「じゃあなぜ、ここにいるのですか」
「迷子になったの」
ユウは悲しそうな顔をして項垂れた。
「迷子ってなんですか?」
「うーん。なんて言ったら隆たんにわかるんだろう。お家に帰れなくなったって言ったらわかる?」
「はい……お家に帰れなくなったら悲しいです」
隆も童玄や怜と離ればなれである上に駿太郎も行方不明でどこにいるのかわからない、隆はため息をついた。ユウも同じように隆の頭にもたれかかり小さくため息をつく、ユウの小さなため息が耳の中に入ってきて、くすぐったくてその度に目をぎゆっと閉じる。
「隆たんが来てくれるのをずっと待ってたんだ。本当はもっと早く来てくれると思ってたのに」
隆はユウが喋るその度に目をギュッと閉じて肩をすくめるからユウの身体がピョンと跳ねる。
「隆たんどうしたの?」
「何もないです。いつから僕を待ってたの?どうして僕なの?」
「もう随分と長いこと待ってるよ。二千年前からかな。ずっと待ってる」
「二千年前?ってどのくらい前ですか」
ユウは口をとんがらせて「ずっと、ずっと前だよ」と少々おかんむりの様子で羽をぱたぱたと羽ばたかせて隆の前へと飛んでいった。
「ユウ!どうしたの?」
ユウはぱたぱたと羽を揺らし先へ先へと飛んでいく、隆は見失わない様に走ってついて行った。
一方闇の森では、相変わらず声だけ聞こえてくる。口から出るのは文句ばかりだ。
「俺をどうするつもりなんだ!いい加減、長閑村に返してくれよ。あの杉の木め!あいつ生きてるみたいに動きやがったよな」
駿太郎は闇の中の闇の空を見上げた。
「俺は一体なぜここに来たんだろうな。天国の様な天国ではない処、俺はなんのためにここに来たんだろうな。ここにきた意味があるから来たんじゃあねえのかって思うんだ隆たんよ。隆たんに会いてぇな」
駿太郎が隆の顔を思い浮かべたその時、
「駿さん?駿さん今、僕を呼びましたか、駿さん!どこ?どこですか?」
隆は森のあちこちを見て周り駿太郎の姿を探す。一方、駿太郎は立ち止まって耳を澄ました。
「あん?隆たんの声か?隆たんか!どこだ!隆たん!隆たん!」
「僕、ここだよ。駿さんはどこにいるの?」
「隆たんこそ、どこにいるんだ!」
「どこって、ここです。駿さんこそ!どこにいるんですか!」
気配と声がするけれど一向に駿太郎の姿は確認できない。
「どこって、ここだよ」
二人は自分のいる場所から、互いの声を頼りに互いにあっちこっち見回して互いを探している。
「駿さん!僕、ここにいるんですよ。駿さんはどこですか?」
「隆たん、俺はここにいるぞ!真っ暗闇だから見えねえのか?俺はなんとなく目が慣れてきて闇でも景色が見えるけどよ。隆たんには見えねえんだな」
「やみってなんですか」
「暗いって事だ」
「暗い?僕のいるところは、明るいです」
「はあ?明るい?こっちは暗いぞ!どうなってんだ」
隆はぱたぱたと羽を羽ばたかせるユウを見つめているとユウは振り返ってにこりと笑ってみせた。
「会わせてあげたよ」
と誇らしげに言う。
「まだ会ってません。どこにいるかわかりません。ユウ、駿さんはどこですか」
ユウは宙を舞いながら隆の目の前に降りてきた。
「あっちだよ」
小川の向こう側を指差した。
「あっち?」
ユウが指差す方向の小川の向こうには同じ樹木が並ぶ森がある。
「隆たん!誰と話をしてんだ」
「えっ?駿さんにも聞こえてるんですか?ユウの声」
「ユウって、誰の事だ。村人の中にユウなんて名前の奴いたか?」
ユウはひとり微笑んで小川の向こう側を見た。
「へえ〜、駿太郎にも、僕の声が聞こえてるんだ」
「おめえに駿太郎なんて呼び捨てされる筋合いねえぞ」
「偉そうな駿太郎、そんなに偉そうなこと言ってると隆たんに会わせてあげないよ」
意地悪そうに口角を上げてにやりと笑う。
「ユウ、そんな意地悪を言ってはいけません」
「だって、隆たん、駿太郎って、ムカつくんだもん」
「駿さんは、どこにいるの?」
「駿太郎!隆たんに会いたいなら、僕に会わせてください、お願いします。って言ってよね」
「なんで、おめえに頼まなきゃいけねえんだよ。しのごの言わずにさっさと会わせろや」
「それが、人に頼み事する時の態度なの?
だから駿太郎は駄目なんだよ」
「駄目ってなんだよ。一度も会ったことねえおめえに駄目って言われる筋合いねえつうの!おめえは誰なんだ!」
「僕はユウだよ。誰って、駿太郎は僕の声が聞こえても姿は見えていないんだ。まだまだ修行が足りないね」
「はあ?クソ生意気なガキだな!」
「クソ生意気?誰に向かって言ってんの!」
ユウは小川の向こうの樹木に向かって叫んだ。隆はユウの横顔を見ながらその先の樹木を見やる。
「ガキなのか?隆たん、そいつの甲高い声からしてチビっぽいな!どうせ、チビなんだろな」
隆はチビの意味がわからずに困った。
「駿さん?」
「なんだ。隆たん」
「ガキは教えてもらいました。チビはまだ教えてもらってません」
「ガキみてえなもんだ。チビは小さいって意味、ただ、だだ、小さいってな。小せぇ奴をチビって皮肉るんだ」
「僕はチビじゃない!ねえ、隆たん、僕チビじゃないよね。駿太郎には見えないからそんなこと言うんだよ。駿太郎は修行が足りない!」
顔を真っ赤にしてぷんぷんに頬を膨らませて怒っているユウを見ながら『確かに小さい』と隆は納得した。
「ねえ、ユウ?妖精さんはみんなユウと同じなのですか」
「同じ?」
「そうです。ユウみたいにかわいいのですか?」
隆は目の前にいるユウは確かに小さいと思った。小さいユウが小さいと言われると顔を真っ赤にして怒った事を見て言葉を選んでかわいいと表現した。
『僕、嘘をつきました』と思いながらユウの横顔を見ているとふとユウが隆の方を見て。
「僕、小さくないよね」
と縋り付くような眼差しで見るから返事に困っていると、
「ちなみに、隆たん、そいつは何者なんだ」
「えっと、妖精さんです」
「妖精?妖精っておとぎ話の中に出てくるような。あの妖精か?ここおとぎの国なのか?隆たん……妖精って……。マジか?妖精なんて架空のものだろ……」
駿太郎は片眉を下げて怪訝な顔をし、頭のてっぺんをぽりぽりと掻きむしり闇の空を見上げてため息をついた。『とうとう妖精までお出ましか?』駿太郎は大きく息を吐いて頭を抱えて座り込んだ。
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