第30話  冒険 1

 隆はガラバナの森の小さな光の穴から聖域に侵入して洞窟の中を歩いていた。洞窟のずっと向こうに光が見えた。


「あそこが出口です」


 つまづきそうになりながら懸命に走った。洞窟から出るやいなや、


「うわ〜。まぶしい」


 眩い光で目が開けられない、瞼を閉じてじっと立ちつくしていると、身体がぽかぽかと温かくなってきた。ゆっくりと目を開けると目の前に広大な地が広がっている。


「わあーきれいです」


 地には美しい若葉色の草が一面に生え水色の小さな花が咲きみだれ、風にゆらゆらと揺れている姿をみて隆もそれに合わせて揺らす。


 真っ直ぐ進みたいけれど花を踏み潰したくないと思う。隆は困って辺りを見渡した。


「道がないの、どうやったらここから行けるのかな」


 痕跡のない草原のどこを歩くべきか悩んでいると、


「リュウ、私たちを踏みつぶさないで、貴方は優しい子、だから、私たちを踏んだりりしない、リュウ、貴方はとっても優しい子」


 あちこちから可愛らしい声が聞こえて来る。


 「はい!かわいい花を踏んだりしません」


 どうすれば良いのかわからなくなった隆は洞窟の入り口に座り込んだ。洞窟の方からは冷たい空気が流れてくる。草原の方からは温かい空気が入り込んできて丁度混じり合う場所に空気の渦ができている。くるくると空気が回っている。隆は膝を抱えて見ていると面白くなって指先で渦の中心に指を突っ込んだ。


「あっ!」


 渦がぱんと空気が弾け洞窟の岩に命中し岩が少し砕けた。


「あっ、岩が壊れました。ごめんなさい」


 割れた岩に走り寄って細かな割れ目に謝って優しく撫でてやった。次々にできる渦を見ながら今度は指を突っ込むだけではなく渦に沿って指を回してみたら渦の輪が広がって『また、はじけるかな』と頭の中で思った途端、ヒュルヒュルヒュルヒュル!ピー、パン!と音が鳴って弾いた。と、思ったら草原の真ん中を吹き抜けて行った。


「だっ!あっ!やめてー」


 大きな声で叫んだけれど、草花がなぎ倒されて目の前には背丈よりも高い草の間に道ができた。唖然と立ち尽くす隆。


「ごめんなさい」


 謝りながら一歩ずつ前に進んでいく、


「ひどいことする子供、私たちを殺していく、踏んでいく、潰していく、ひどいことする子供、リュウはとても悪い子、嫌い!」


 隆は申し訳なさそうに立ち止まった。


「ごめんなさい」


「悪い子供じゃないなら、お花を踏まないで、そのまま、洞窟に戻りなさい」


「僕は悪い子供ではありません。だから戻ります」


 隆は洞窟の入り口に戻って草原を見やった。岩にもたれて座って膝の上に顎をのせて、なにも考える事ができない。


「僕どうすればいいの、父さん、父さんだったらどうしますか?ふう〜」


 『このままだといつまで経っても駿さんを見つける事はできない、けれどここに咲く花たちを踏む事は僕にはできません。どうすればいいのか、精把乱みたいにふわりと飛べたなら良かったな』隆は唇をとんがらせて道の出来た草原を恨めしそうに見つめ、それでも迷いながら立ち上がり一歩前に出て草原を眺めた。


「踏まないで、リュウ踏みつぶさないで」


 声が聞こえてくる。


「駿さんどこにいるのかな。僕を呼んでくれないかな」


 ひとりぼっちの寂しさ辛いと感じ始めた時『誰か僕を助けてよ〜』とどこか遠くから小さな声が聞こえてきた。


「今のはなに?」


 耳を澄ましてみたけれどなにも聞こえてこない。


「そういえば、おじさんが言ってた。目で見るのではなく心で感じる」


 目を閉じて声がどこから聞こえてくるのか感じてみた。


「助けて。誰か僕を助けて」


「誰かが、助けてって言ってます。困ってるみたいです。僕!行きます」


 隆は立ち上がり、草原を見据えた。


「僕が行きたいと思ったら行くんだ。おじさんが言いました。自分の信じた道を行くように、だから僕、困ってる人を助けに行きます」


 隆は覚悟を決め「僕、行きます」両手をぎゅっと握りしめて「行きます!」何度も口するけれど足が一歩も前に出ない。


「うん?」


 隆は足元を見下ろした。


「あっ!」


 足元に生えている草が隆の足にまとわりついている。足元の草を踏んでいる事に申し訳なくなりその場に座り込んだ。


「ごめんなさい」


 謝りながら腰を屈めて足に纏っている草をほどいて座り込んだまま真っ直ぐ先を眺める。


「おじさん」


 困った隆は銀月梠を想った。


『隆か』


「おじさん?」


 脳幹から銀月梠の声が聞こえてきた。孤独に怯えている心を必死に抑え込んでいる隆にあの幼かった自分を重ね思わず隆の名を呼んでしまった。


『そこにいるもののけ達はダクラナの森にいる精とは違う。お前に優しくなどないぞ、だから、なにを語りかけても耳を傾ける必要などないのだ。あやつの事だけを思い前に進むと良いぞ』


「はい!おじさん、僕、駿さんの事だけ思って走ります」


『よし!隆よ、行け!」


「はい!」


 隆は立ち上がり足元の草を何度も踏み締めた。


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