第29話  旅立ち 5

「とうとう行ってしまわれましたね。銀月梠様、隆様は無事に帰って来れますよね」


 二人は立ち上がって隆の消えた場所を見つめている。銀月梠には見えていても通ることのできない祠がそこに祀られている。


 オジギソウたちは立ち上がり葉を広げた。祠は隆の小さな身体のよりも小さく厳かな空間である。


 誰も侵入を許さない龍王バイロンの聖域に隆は自ら侵入して行った。無事に帰還できるかは、隆次第である。


 歓迎されない銀月梠に、なす術はない。


「帰るぞ、精把乱」


 銀月梠は来た道を真っ直ぐ見据えて歩き出した。勇者のような隆の背中を思いながら銀色の光を放つ銀月梠の後について行く。


 黙ったまま歩き続け、森の家に着くと隆の部屋に入って銀月梠は精把乱の似顔絵を手に取り、それを差し出した。自分の似顔絵を手に取って見いる精把乱は息を呑んだ。


「銀月梠様、これは?この顔は誰ですか?私を描いてくださいとお願いしたのに……誰をお描きになられたのやら、隆様〜どうして他人などお描きになられて、私を描いてくださらなかったのですかね」


 銀月梠は精把乱を見やった。


「精把乱」


 拗ねた顔して項垂れる精把乱は恨めしそうな目つきで銀月梠を見上げた。


「その顔は其方であろう」


 と優しく微笑みながら言った。


「これが私の顔ですか?私はこの様な顔ではございません。まるで……人間ですよ」


「隆には、その様に見えておるのであろう」


 精把乱が望む人間の面持ちである。幹の皮膚ではなくつるりとした肌色はだしょくの綺麗な皮膚である。精把乱は隆の絵を抱きしめてぐっと目を閉じた。


「涙を流すとお前のその頭葉が枯れてしまうぞ」


「はい!我慢いたします。銀月梠様の似顔絵見せてください」


 精把乱は銀月梠の肩越しに机の上の似顔絵を見た。


「これは一体どういう事ですか、どうして?

銀月梠様と日の神様をお描きになられたのでしょう。ご兄弟揃って描かれたのは素敵な事ですが、なぜ?」

 

 銀月梠は黙って絵を指先でなぞった。


 隆の心情を読み取れば、幼いながらも童玄の心をいつもそばで感じ、童玄の痛みも全て受け止めていた。童玄の想いを果たすべく学ぶ事を怠らなかった。駿太郎と出逢い、駿太郎の心内までも既に読み取り、駿太郎が生きてきた世界を見た様である。


「隆には、私や童玄の姿はこの様に見えておるのであろうな。私の疑問が解けた。精把乱やはり隆は時代を超える申し子なのかもしれぬ」


「時代を越えるとは……」


 銀月梠は壁に貼られた駿太郎の本当の姿を見つめ微笑んだ。


「お前も戻ってきたのだな」


 隆の部屋から闇空を見上げる銀月梠は未来を見た。


『隆は必ず成し遂げる。きっと未来を変えてくれる。童玄よ。其方は見事に事を成し遂げた。間違いない龍神龍王バイロン様が望まれる者を送り出したのだ。童玄、もうひとり忘れてはならぬ子が戻って来たのだ。お前は既に気づいておるのであろう。百川帰海ひゃくせんきかいである』


「銀月梠様、どうされました」


「精把乱、百事如意ひゃくじにょいである」


 百事如意=万事意のまま。


「よく戻った!駿翁しゅんおう


「駿翁様」


 二人は顔を見合い微笑む。


 黄金龍と銀龍の肖像画


 まさしく童玄と銀月梠の本来の姿である。

 












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