第21話  妖怪 覚《さとり》の棲む森

 長閑村では童玄が目覚めた。自然とガルバナの森は空気がひんやりと沈み。時が止まるように息をひそめる。


 隆はその時、精把乱な促されベッドに入って眠りについた。部屋の机上には墨筆で描かれた迫力ある黒龍の絵が置いてある。駿太郎を思い描いた黒龍だ。



 闇の中では、


「ここは何処、私は誰?なんて冗談言ってる場合じゃねえけど、冗談でも言ってねえと、頭イカれてしまいそうだ。いつまで真っ暗闇なんだよ!隆たーん。助けてくれ〜。って、子供の隆たんに助けを求めるようになったら俺もおしまいだな。けどよ、童玄はなにしてんだ!俺なんか助ける気はねえってか!嗚呼、なっして、俺はこんな災難ばっかに巻き込まれんだ。ところでよ。俺ってなっしてここに来たんだっけ、しかし腹へったな……っていうか、段々暗闇に慣れてきたんじゃねえ、闇の景色が見えるようになってきたじゃあねえか、あっ……小川か?全然気づかなかったわ、この水飲めるのか?なんでもいいから飲んで腹の足しにしとかねえと死んじまう」


 駿太郎はヨイショと立ち上がって真っ直ぐ小川に向かって歩いて腰を下ろし手のひらで水をすくって飲んで、川面を眺めた。


「うめぇな。なんだ!この甘い水、こんな甘い水、飲んだ事ねえなあ。これってよ、富士山の湧き水みてえだな……。富士山の湧水?飲んだことねえけどな。富士山……ってどんな山だったっけ、なんか、ますます記憶が曖昧になってきてる気がするな」


 肩を落とす駿太郎の独り言の声だけが闇の中を連なっている。水の中に手を突っ込み流れてくる先を伺った


「馬鹿な事ばっか言ってねえで、ここから出ること考えなきゃな。ここにいねえ、童玄や隆たんを頼っても仕方ねえ、なんとかしねえとな」


 意を決して立ち上がり、小川の上流を目指す事にした。流れに逆らえばそっちが上流だということは知識の中にあるのだが、ここは住んでいた国とは違う事を駿太郎は忘れている。というよりも自分の信じた道を行くしかない。闇の中でもしっかりとした足取りで前に進んでいくが、感覚だけで歩んでいると、


「なぜに、こっちへ行こうとしたんだ」


 と言って立ち止まり、


「そうだ川の流れは上流から下流に流れるちゅうもんだから、上へと行けば山のてっぺんに登るってことだろ」


 と言って歩き出す。自問自答しながら前進していると不意に頭の中が空っぽの状態に気づいて立ち止まる。


「誰だ……。俺の頭の中、空っぽにしたや奴、そこにいる事わかってんだぞ!おめえ!脳みそ食うんじゃねえよ!」


 記憶を食べる妖怪ってなんだ。駿太郎はどこかで読んだ事のある妖怪図鑑を思い出している。


「たしか、さとりじゃなかったか、あれは心を見透かす妖怪だったか?」


 妖怪の棲む森に侵入したと解釈した駿太郎は上流目指して足早に歩く。


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