第22話  隆に見えているもの

「隆様、朝食の支度ができました。起きてください」


 隆はベッドから身体を起こし目を擦りながら、うっすらと目を開くと目の前に銀月梠の姿があった。

 

「おじさん?ここはおじさんの家でした。父さんと母さんは元気でしょうか」


 寂しそうにうなだれる隆に、


「なにを言っておるのだ。まだ一日も経ってはおらん」


 戸口に立っている銀月梠は呆れた顔している。


「顔を洗って朝食だ」


「はい、おじさん、精把乱、おはようございます」


 ベッド脇に立っている精把乱を見上げる。


「おはようございます。隆様、服を着替えて食卓の方へ行きましょう」


「はい」


 身支度を整えるのに精把乱はまるで母親のように寝巻きのボタンを外すのを手伝ってやったり青い長パオを着せてやったり世話をやいている。銀月梠は精把乱と手を繋いだ隆の背中を見送り、机の上の隆の描いた黒龍の絵を手に取ってみた。


「どれも表情が違うのだな。なぜ黒龍に表情があるのだ」


 笑っている表情、怒っている表情、照れ臭そうな表情、楽しげな表情、困っている表情など、目を閉じて和紙に手を翳し、隆の心情に触れた時、駿太郎の背中が見え、そこに彫られた黒龍が浮かび上がる。


「あやつは、なぜ黒龍など背中に描いておるのだ。あのように描いたものなど見たことがない、あやつは、いつの間に……」


 銀月梠は全ての黒龍の絵を宙に浮かせた。壁に向かって手をかざすと黒龍の絵はばさりと音をたて壁に張り付いた。


「五歳の子供が描いたものとは思えぬな」


 駿太郎もその絵を見て童玄が描いたと勘違いしたくらい巧妙な絵である。戸を閉め、食卓に向かうと隆が銀月梠を待っていた。スープから湯気が上がり良い香りが漂っている。


 食事を始めた二人だが会話もせず、隆は銀月梠の様子を伺いながら食べ続けている。食卓の脇でふたりの様子を見ている精把乱はあまりの静かな食事風景に苦言を呈した。


「せっかくお二人でお食事をなさっておられるのですから、なにか、お話しされながら食べられたらどうでしょうか」


 食卓のそばに立ったままでにこやかに話しかける精把乱を見上げて、


「精把乱も一緒に食べたらいいのではないですか?」


「隆様、私のことは気になさらずに、お二人でどうぞ」


 精把乱はゆっくりとお辞儀をして台所へと入っていった。残された二人は変わらず黙々と食べている。


「隆よ」


「はい」


「お前は、なぜあのような黒龍の絵など描くのだ」


「あれは、駿さんの絵を描きました」


「なぜ、その駿太郎が黒龍の顔をしておる。描くなら駿太郎の顔を描けば良いであろう」


「えっ?駿さんの顔ですよ」


「隆……駿太郎は人間だろう」


「おじさん、なにを言ってるんですか」


「隆……」


 互いに顔を見合っている。


「まあ、良い、それはさておき、なぜ、黒龍に表情があるのだ」


「ひょうじょうとはなんですか?」


「表情とは……。笑顔や泣き顔、怒った顔、あの黒龍も笑顔や泣き顔、目を剥き出しに睨んでいるものもあった。龍にあのような表情はない」


「おじさん、駿さんはいろんな顔をするんです。とても面白いんです」


 駿太郎の話をしている時の隆の顔はとても嬉しそうだ。しかしその言葉に疑問が残こり銀月梠は思わず考え込んでしまった。心がどこかに行った様な顔をする銀月梠を見て隆もまた宙に目線を向けたまま停止した。その手に持たれたスープのがれたスプーンからポタポタと雫が腕に落ちる。


 二人はその状態がしばらく続き、時が刻まれていった。






 




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