第20話 隆の存在意義
「あっ!」
隆の目に入り込んできた一冊の本、なんとなく光って見えるそれを取りたくて書物室の中の構造をしっかりと観察すると本棚に沿って部屋の端から端に一本の棒がつながっていて階段がかけられている。階段を見上げて両手で持ち上げてみた。
「あっ!軽いです。僕にも持てます」
両手で持ち上げるとスムーズに階段は横に動いて隆の取りたい本がしまってある本棚まで移動できた。
一段ずつ階段を上がって本を手に取ってゆっくりと階段を下り床に立って上を見上げた。
「これも、おじさんが作ったのでしょうか、高いところに上がって行く時、この階段は全然怖くなかったです。駿さんの部屋の階段と全然違います」
ひとつひとつ自分で考えて行動する。
その本は銀月梠がまだ幼い
隆は朗らかな面持ちで絵本の表紙を眺めている。その表紙の絵柄は【龍神のお城】いう題名と龍の絵が描いてある。その時、精把乱が赤い飲み物をテーブルに置いた。
「精把乱、姿が見えます。起きたんですね。これはなんですか?」
カップを指差して訊ねた。
「起きてはいたんですけど……。お口に合うかどうか、どうぞ」
隆は上目遣いに精把乱を見上げながらひと口飲んだ。
「わぁー。とても美味しいです」
「そうですか、それはようございました。初めて飲まれましたか」
「はい、初めて飲みました」
「では、お腹が驚かないようにゆっくりと飲んでくださいね」
「お腹が驚くのですか?」
「はい、初めて飲まれるものですから」
隆は自分のお腹を見てびっくりさせないように、赤い飲み物をゆっくり飲み味わいながら、なんの味なのかを考えた。
「これ、もしかして、トマトですか」
精把乱を見上げて言った。
「はい、そうです!よくわかりましたね」
「トマトはいつも食べていますから、でもこのように飲むのは初めてです」
「そうなのです。隆様、トマトを潰して搾るとそのようなジュースというものになるのですよ」
「ジュース?という物なのですか?ジュースって初めて聞きました。どうしてジュースと言うのですか」
「銀月梠様のおっしゃる事をそのままお伝えしますと、果物や野菜を絞った飲み物は大体ジュースと呼ぶらしいのです」
「そうなのですね。今度、母さんにも教えてあげます。精把乱、ありがとうございます。とても勉強になります」
精把乱はいつも銀月梠に教えてもらうことばかりで、人になにかを教えた事などなかったが、隆に事を教えると感謝され、それがとても気持ちの良い事だと初めて知って、ふわふわとした心地良さを感じた。
「その絵本は私も読みました。面白かったです」
とにこやかに隆を覗き込む、
「精把乱……あの、精把乱の足が消えてます」
「あら……、どうした事でしょう。消えようなんて思っていないのに、これは一体!どういうことですか〜」
精把乱は慌てて銀月梠の部屋へと飛んでいった。
「銀月梠様!銀月梠様!足が!足が消えてます。どうしたら良いのでしょうか」
隆も精把乱の後を追って銀月梠の部屋へと駆け込んだ。
「二人ともなにを騒いでおる」
「足が!」
隆は床に座り込んで精把乱の足をじっと見ている。
「足がどうしたというのだ」
「消えてるのです」
精把乱はパニックになり長い手を揺らし、ブロッコリーのような頭も強風を受けた
「お前はそういう精であろう。なにを言っておるのだ」
「勝手に足が〜。勝手に消えるのです!銀月梠様〜」
銀月梠は大きな精把乱が慌てふためいている姿とその足元に落ち着き払って様子を伺う小さな隆を見比べて、
「あはははは」
と声を上げて笑った。
「精把乱、お前が慌てる姿を初めて見たが、なんとも滑稽な姿だ。とても愉快だ。なあ、隆よ」
なんとも愉しげな銀月梠を目の当たりにした隆と精把乱は顔を寄せ合って微笑み一緒に笑った。
闇の中に弾けるような愉しげな声が響きわたる。
「落ち着けば良いだけだ」
「落ち着く?」
「精把乱、深呼吸してください」
隆が一緒に息を吸って吐いてを繰り返す。
「深呼吸ですね。すう、はあ、すう、はあ」
二人で深呼吸をして落ち着いたところで足が元に戻った。
隆は「良かったですね」と呟いて部屋から出ていくその後に精把乱もついて行く、ソファに腰を下ろすとゆっくりトマトジュースを飲みながら、絵本を楽しそうに見つめる横顔をみて精把乱も穏やかな気持ちになり、その昔、銀月梠と出会った頃を思い出していた。
ーー精把乱、部屋へ来てくれーー
銀月梠の声が脳内で聞こえ、精把乱は再び銀月梠の部屋へと入った。
「銀月梠様、御用でございますか」
「あやつが、またわめいておる。黙って眠れば良いものを、いつまであのように叫んでおるのだ。あやつの声がなぜ私に届いてくるのか迷惑な話だ。精把乱」
「はい」
「あやつの気質はどのようなものと思うか」
「あ……。どのようなと訊かれましても、銀月梠様がわからないものを、私にわかるわけがございません」
「フッ!」
銀月梠が微笑んでいる。
「今日はとても愉しそうでございますね。銀月梠様、隆様はどのような神の御魂を受け継いでおられるのですか」
「さあ、私にも分からぬことがある。まだまだ修行が足りぬ、精進しなくてはならぬな」
銀月梠は穏やかに言った。
『銀月梠様、私は貴方様の笑ったお顔は幼き頃以来、久々に拝見致しました』
穏やかさに愉しげな雰囲気は精把乱にもわ伝わる。精把乱自身も穏やかな空気に包まれている感じがしてそんな事を心で思っていると、
「精把乱、私の笑った顔は久々か?」
「えっ!あっ、はい」
笑って照れながらふわりと部屋を出た。銀月梠も銀月梠でいつもとは違う楽しそうな精把乱の心を感じた。ソファから立ち上がり戸のところから見える隆の姿を見つめる。
『あの子は、誰もの心を穏やかにする。困っている人間のことを感知する能力がある事を童玄は知っているのであろうか、隆の力は私たちより遥かに精鋭なのかも知れぬな。またも童玄は深い悲しみに陥いる日が来るというのか、いつまで我々は兄の罰を受け続けななければならぬのか……」
銀月梠は深い闇の中に落ちたあの日を思い出し目を閉じた。
※※※
駿太郎は真っ暗闇の中で眠ろうと目を閉じた。しかしあまりの静けさに逆に眠れず目が冴えて困っている。寝ようにも寝られない。
「クソッ!真っ暗だとかえって寝られねえんだよ!さっきまでの月はどうしたよ!あの月明かりで、こっから抜け出せると思ったのによ。どうしてあの杉の木のヤロー!出口塞ぎやがったんだ!お前ら揃いも揃って根性叩き直してやろるから覚えとけよ!おい!なんとか言えよ。このクソ森ヤロー」
減らず口の駿太郎は相変わらず元気である。森の入り口だと思い込んでいる駿太郎だが知らないうちに闇の奥深い場所だ に陥ったことに気づいていない。
そこから抜け出すには、この上なく困難であり、不屈の精神と全知全能の完全無欠の力が必要となる。頼みの綱となる者が5歳の幼き隆である事を駿太郎は知る由もない。
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