第14話 闇の神現る
闇の中、足元のランプの炎だけが、ゆらゆらと揺らぎ息をしているようだ。闇の中の沈黙はみなの心を深い哀しみの底に沈めたようで、童玄はどうするべきかを思案している。
夜が明け、日が巡ってくるまで、どうにもならぬことは、誰もが知っている事だ。
それでもこの場所から自宅に戻ろうとしない民たちを、帰れと言えば帰るだろうが、それを言えば心情に水を差すことになる。
『彼の力があれば』と脳裏に不意に思い浮かべた。童玄が思い浮かべる『彼』の存在。
その時、隆が童玄の顔を見上げ、童玄の右手を取り両手で握りしめた。
「隆、どうしました?」
『父さん、誰かが、ぼくに声をかけてきます。誰ですか?』
「ん?」
隆が声を出さず、童玄の脳幹を通して声を届けている。いつのまに、そのような神業を身につけたのか、童玄は闇空を見上げた。
真っ暗な闇の空が少しずつ、夜が明けようとするように、白々と色が変わりはじめた。
「雲だ!」
方々で声が上がった。
闇の空に白光が差し込み、雲が姿を現すその様は、人智では計り知れず言葉では言い尽くせぬほど神々しい蒼い雲だ。吸い込まれてしまいそうなほど美しい。
初めて見る月夜の雲に幼子たちは感嘆のため息を漏らした。
「綺麗〜」
「あら、今夜はお月様も賞翫させていただくなんて」
暢気に微笑むのは翠である。
大人たちは、皆、至福のため息をついた。
「あの日にお見えし月は佳月であった。今夜の月は
童玄師殿、どうしたことですかのう」
佳月とはめでたい時に出る月のことをいい、潭月とは、よどみ写る月のことをいう。
よどみとは、どんより濁っている様のことであるが、しかしこれは童玄と曹にしか区別できぬことであった。
「んっ!」
李静が急に勢いよく立ち上がると硬直し、顔は無の表情、黒い眼球が白く濁る。
そばにいた浩は李静の顔を見上げゆっくりと立ち上がり、
「李静?どうしたんだい」
声をかけても一点を見つめたまま反応しない、隆は李静の手を持った。
李静の身体から隆を通り抜け童玄に伝わっていく冷気と波動、それは童玄が脳裏に思い浮かべた『彼』が近くにいる気配である。
「空には白く輝く月様が姿を現わします。みなさん、空を見上げて、月様が出ましたら、しっかり目に焼き付け、そのまま地面に顔をつけてください。
李静は神を向かい入れるよに
李静はそのまま膝を折って地面に平伏し、怜は一目散に宅の中に逃げ込んでいった。
空には大きな潭月が神々しく輝き姿を魅せた。それは青白く光り全てのものを照らしだす。皆、自分の影が地面に写り、子供たちはその影をなぞった。幼子たちは初めて見る自分の影である。
みなの間をゆっくりと地を踏み締め歩くその音は緊張感を与え、益々頭を地面に押し付けさせ、彼が童玄と隆の前に立ちはだかる姿は威厳に満ちた暗黒の帝王のようだ。
「久しぶりだな。童玄、そして隆、大きくなった。生誕したあの日以来か」
「お久しぶりですね。
「父さんと同じ顔」
隆は小さく囁いた。
童玄と同じ顔をしている銀月梠の顔色は青白く、黒光る髪は腰まで長く、真っ黒な長パオの上に
「怜は相変わらず逃げ足が早いな。お前の母者は私を見るのを恐れておる。既に見ても闇に消えたりしないというのにな」
銀月梠は村人たちを見回し、
「お前たちは、決して私を見るでないぞ!闇に溶けてしまうからな」
隆は慌てて両手で両目を塞ぐ。下を向いている子供たちも同時に両手で目を塞いで地面に一層押しつけた。
「隆、お前は、今更塞いでどうなる」
「ぼく!消えますか」
と悲嘆にも満ちた声を張り上げた。
「隆、お前は童玄の息子故、闇に消えたりはせぬ。また怜も童玄と交わりお前を産んだ女故に消えたりしないのだがな。曹は……」
銀月梠は曹を見た。曹は久しぶりの対面に少々緊張気味で背中が小刻みに震えている。
「どうでも良いわ」
と冷たく遇らう。
「プッ!」
地面にひれ伏す李静は俯いたまま、神の言葉にも関わらず、委細構わず、吹き出した。
「李静」
「はい!」
「あの時はお前のお陰で助かった」
「とんでもございません」
「なにかあったのですか?」
童玄は二人のやりとりを不思議に思いつつ問うた。
「森に侵入した者のお陰で腹の具合が悪くなった。激しい痛みが伴い、のたうち回る羽目になったのだ。李静の脳幹を通し、曹を呼ぶことができた。曹ときたら一向に応じてくれなくてな」
銀月梠は曹を睨みつけた、
「全く気づきませんでな。参りました。童玄師殿、一体これはどういうことなのでしょうな」
「曹よ!お前、最近怠ってるであろう」
「銀月梠様、なにを怠ってると?」
「ふん!全てお見通しだ。今夜もややこしい事をあやつは、しでかしておるようだな」
銀月梠は小屋の中に入りかけ、
「私が中に入ったなら、ずっと空を見上げていなさい」
そう言って小屋の中へと入って行った。
皆は顔を上げて穏やかな表情をし、肩を寄せ合い空の月を見上げる。
大人たちは子供たちに語り継ぐ
銀月梠様は、童玄師殿の弟君である。
童玄師殿は日の神にあり、銀月梠様は闇の神にあり、二人は別の次元におられのである。
互いに共に生きることを禁じられた。それは龍神の龍王様により定められた事であり、
7つの時に別の世界へと送り込まれ、
自ら己の地を探し、己の世界を築き上げた。
銀月梠様が闇を選び翳となったのは、
この長閑村の安泰のためだと言われている。
私たちがこうして長閑に平穏に幸せに暮らしていけるのは、童玄師匠が日を示し、銀月梠様が闇を支えし事に尽きる。
今日みたいなことは滅多にない、
今回、銀月梠様が姿をお見せくださった。
皆は月を見上げたまま、駿太郎の無事を願っている。それが答えである。
全ての民の心がひとつになり想いが同じであるからこそ、銀月梠のいる闇の世界まで想いが届いたのである。
童玄が銀月梠を想う時、それは童玄の器量を遥かに超える想いが溢れ出た時だけである。
その気持ちに応える事できるのは、銀月梠しかいない。ふたりでひとり、二分された魂がひとつになる時、天変地異の脅威なる事の予兆、若しくは、龍王バイロンの赦しを得られた時である。
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