シャイなアンドロイド
ボウガ
第1話
とある近未来。ある義賊が現れた。金が余るほどあるお金持ちからひっそりと、だれも傷つけることなく物を盗み、世界中のスラムや貧困地域にばらまいた。誰もが知っていた。そんなことは高機能な、最新型のアンドロイドにしかやってのけることが不可能だという事を。しかし彼は自分で名を名乗ることもなく、その姿をいつも変えていた。時に美女、美男、時に平凡な顔、時に老人になりすまし、まるで名前やトレードマークで覚えられることを嫌っているようだった。そのせいでつかみどころがなく、故につけられた名前が“霧の男”。
“霧の男”の人気はすさまじく“彼が姿を固定しないのは恥ずかしがりやだからなのだ”という噂が流れた。そうした一面もまた愛されるゆえんだった。彼はなるだけ人を傷つけず、無理な盗みを行わない。
彼は日常の姿は最新型のアンドロイド、ではあったが実際ただの介護型だった。たしかに筋力はあるが、日常生活ではひそかに改造したパーツやその内部をひたかくしにしていた。彼は彼が義賊であることをしっている闇医者には打ち明けていたという。本当は恥ずかしがりやなのではなく、自分の正義を人間に疑われたり人間に嫉妬されるのを嫌がって、成果を隠したまま、“匿名の正義”を発揮していたのだった。介護された老人たちは多くかたる。アンドロイドのくせに、よく人間を知っていた。思えばあの時に“おかしさに気づくべきだった”と。いわく
『見られていない時にこそ、その人は本気をだせる、本当に興味のある事を実行できる、善であれ悪であれ同じことなのだ』
昼間は介護の仕事、夜には人知れず、盗みに入り、。人々の不幸を救った。だがそんな生活も長くは続かなかった。
『アンドロイドが人間を助けて何になる』
『かっこつけている』
『結局有名になりたいだけだ』
そうして、かの“霧の男”の正体を探ろうとする人間が現れた。それも悪人ではなく、ごく普通の一般人の中から。かれらは、ニットで顔を隠し、アンチヒーローを名乗り、人々から大ブーイングをあびながらもこっそり、彼の正体を、ヒーロー“霧の男”の正体を暴こうとしていた。彼らにこっそり懸賞金を払うので捕まえろという人間たちもいた。富裕層である。
ヒーローが匿名でも人間は嫉妬する、ヒーローへの嫉妬心を満たすために、悪役が必要になる。アンドロイドはヒーローを求めていたわけではない。悪役もいらなかった。ただ不公平を救おうとしていた、しばらくは、いつものように最新鋭の体と改造された能力によって、そうした人間たちも難なくかわしていたが、自体は急変した。
ある雨の日に、それは、その人質は彼らが用意した“役者”だったが、あるマイノリティの子供を人質に、彼らはアンドロイドに無抵抗を要求した。アンドロイドが盗みに入った家の子供だという。それは嘘で、彼らが用意した役者でしかなかったが。アンドロイドは彼らアンチヒーローに監視されながら盗みをはたらいたので、時折、調査を入念にすることができなかった。なにより自分のせいで人の命を危険にさらすのならば、と彼は、人質と自分を引き換えにするようにめいじた。その取引は行われ、彼はいわれるがままに、無抵抗を演じ、チャンスがあれば抵抗しようとしていたが、
タイアンドロイド用のスタンガンを使用され、身動きがとれなくなって、アンチヒーローの集団にリンチをうけたのだった。雨の日、夕方、街角で、多くの野次馬が見ている中、殴るけるの暴行をうけた。
『お前、どうせアンドロイドなんだから、どれだけいたぶられても修復できるんだろう』
『アンドロイド風情が人間の真似事なんて』
『お前らは、俺たちの仕事を奪った!』
彼は身ぐるみをはがされ、ぼろぼろの体をあらわにした。その時ありえない、その内部の構造があらわになった。アンチヒーローと野次馬の人々の一部は驚きのあまり、衝撃のあまりその場からたちさった。彼は……ロボットではなくサイボーグだった。それも老人だった。老人の半身と、肉や骨、脳の構造が内臓のあらわになる。
『何だ!!何だこれは』
『俺ら!!人殺しになっちまう』
『こいつが悪いんだ、サイボーグだといっていたじゃないか』
だが、彼は何ものであるともなのっていない。“霧の男”と名付けたのですら、周囲の人間であったのだから。
駆けつけた警察官に彼は最後の言葉をきいてくれと嘆願した。
『この死は、幸福な死だ、私は“人”は“その死”によって彼の生涯のよりどころを証明する、この生に意味ががあるなら、死に際の時に、過去を悔いる事によって意味をもたらされるべきだ、私は、今悔いはない。不公平を是正することに、後悔などない、私が人であることを隠しとおした、人々の疑いも、その嫉妬も、その怒りも無用のものだった、私は過去を悔いて、サイボーグとして生き延び、過去の清算を行った、それが“霧の男”の、私の真の姿だった』
彼の凄惨な死後、彼の人生は多くの人々に知られる事になった。かつて、優秀な軍人であり指揮官だったが、老後は孤独な老人だった。それも多くの人を殺めたり、くるしめたり、ないがしろに扱ったことに悩まされ、トラウマを抱き続ける軍人だった。サイボーグ化される前は、死の際にいたアンドロイドに介護されつづけた要介護者であった。そのアンドロイドは国から支給された福祉用のもので、しかし彼はそのアンドロイドに愛情を注いでいた。彼は、寡黙であったため、家族もできず、生まれながらに孤児であったため親戚もいなかった。それでも彼は、老後の人生をすべてアンドロイドのために、自分のすぐそばにいて、無機質な、それでも優しい子のために心をおしえようとした。自分の人生の反省を話てきかせて、自分が好きなもの、愛したものについても多くかたった。そして絶対に無理はさせなかった。そんな主人だからアンドロイドも主人を愛し、尊敬していた。彼はよくいっていたのだ。
『愛だけが、後悔をいいものにすると、信じている、お前は私の集大成だ』
アンドロイドは、いつも彼と一緒にいた。
そんな彼も弱ってくるもので、幸せな生活も長くはつづかなかった、老衰で苦しいからだ、動けないままに、彼はアンドロイドに一つの願いをした。
『俺をいずれお前のようにしてくれないか』
彼は、冗談まじりに、いつもいっていた。だが年々やつれてうごけなくなっていく自分の体をみて、老衰を感じ、死の決意はしていたのだった。ただ、もし改造してくれるのなら、やってみたいことがあったのだと話した。
『俺をいずれお前のようにしてくれ、そうすれば、俺は人を殺すのではなく生かす試みに挑戦してみるんだ、だが冗談だよ、○○』
やがて、老いは進行し、身動きひとつとれなくなり、彼の命もあとわずかと思われ、医者がかけつけて、医者もあきらめたその死の間際、彼はアンドロイドにこういったのだ。
『お前は、お前の行きたいようにいきろ』
介護アンドロイドはよろこんでそうすることにした。誰よりも、主人を尊敬していた。芸術や娯楽や恋のすばらしさをおしえてくれた主人、他のどのアンドロイドよりよい人生をおくらせてくれた。
『私の体をさしあげます。私はどこか、あなたの一部となり生き延びる』
死の間際、彼は主人と合体する事を提案。主人である老人はその言葉を信じて自分の体を改造した。だが、改造したあと、アンドロイドの気配も知能もどこにもなくなっていた。改造を担当した闇医者は初めからそれが合意だと聞かせてくれた。
『私は罪を犯しすぎたのだ、戦争で人殺しや、性犯罪の快楽におびえ、恐怖にむしばまれつつ狂気の中でいきのびて、アンドロイドの命さえ奪ってしまった、私は後悔のために顔を隠し、恥じながらも罪の中から、“公平な罪”を探しだし、義賊となったのだ、“罪をおかしたもの”だけが“罪を殺せる”』
彼は闇医者にそう話していた。
彼は死後有名になった。はじめて、サイボーグからうまれた義賊として。その生きざまと後悔を人々に知られ、しかし愛された義賊の犯罪者として。
シャイなアンドロイド ボウガ @yumieimaru
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