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 魔女。それはソルフェジオ教に記される悪魔の使いなどではなく、自らの力で神に対応しうる為進化した、言うなれば【新たな人類】。始めは遠く離れた地で生まれ、バラバラの場所で成長していた彼らだったが、神の精神支配を受けないという特異な体質は、徐々に周囲との価値観の乖離と孤立へと繋がっていく。やがて各地を放蕩し、人気のない場所へと集まっていった魔女たちは、互いの存在を知り、結託し、密かに神の影響を受けない者同士独自の文化を発展させていくこととなる。

 しかし、外界の者と交わり続ければ、魔女の血は薄れていってしまう。神への叛逆を成し遂げる血の喪失を恐れた魔女たちが取ったのは、近しい間柄で子を成し、少しでも濃い血を後世に残すことだった。従兄弟などの近しい親戚は当然のように、時には親兄弟の間柄でも、血の保全の為ならば子を残した。全ては、いつか訪れる人類の勝利のために。


 しかし、そんな魔女の生まれでありながら、魔女の行いに激しく憎悪した男がいた。男が婚姻を命じられたのは、彼の妹だった。彼は長の決定に激しく抗議したが、神に対抗しうるという強力な結束の元行動する魔女たちにおいて、咎められたのは男の方であった。それが魔女に生まれたものの宿命だと、何度も何度も言い聞かせられた。それでも耐え切れなかった彼は、ある日魔女の集落から脱走した。見た目は普通の人間と変わらない彼は、言動にさえ気をつければ問題なく人々の間に溶け込めた。始めは違和感を覚えていた神への崇拝も、比較的教団の影響力が低い村で生活すれば、適当に周囲に合わせさえしていればどうとでもごまかせた。やがて彼はその村で一人の女性と出会い、間に娘を設けた。やがて彼は自身が魔女であったことを忘れ、平凡な幸せを享受するようになる。


 しかし、その幸せは、脆くも儚く崩れていく。彼の娘に、魔女の形質が受け継がれてしまったからだ。物心ついてから教義と付き合い、ある程度のごまかしができた彼とは違い、まだ善悪の区別のつかない娘は、度々ソルフェジオの信仰に異議を唱えた。生まれながらにして神の信仰を植え付けられている国にあって、神を信じない子どもは異常であり、あの家の娘は何かがおかしいと噂が広がっていくのに時間はかからなかった。しかもその噂は、魔女の耳にまで届いていた。そうして娘を迎えに来た魔女の一団によって、男は集落に強制的に戻されることとなる。魔女の使命を放棄した罪人として。事実を知らされた妻と、魔女の形質を受け継いだ娘もまた集落に連れていかれる。しかし、血の繋がりと同じ信念を持つことこそが絶対の正義である集団の中で、彼女らに対する扱いは想像を絶するものだった。


 その後間もなく、寿命の尽きた男は死に、その妻も最愛の夫を失い、自らの信仰を否定され続ける日々の中心を病み、幼い娘を残して首を吊った。

 一人残された娘は、罪人と異教の信徒との間の子。血こそ同じものが通っているとはいえ、最低限の生活を除き、彼女に手を差し伸べる者はいなかった。娘は気配を消すように物静かに育ったが、満足に口もきけない程言葉数が少ないのをいいことに、閉じた集落の中での憂さ晴らしに謂れのない暴力を振るわれるようになっていった。理由を問えば、彼女の両親を非難し、娘の中では父同様に魔女への不信感が育っていった。やがて娘が年頃になっても、娘を嫁に娶ろうとする男はおらず、娘は一人集落の片隅で孤独な日々を過ごすようになる。


 そうして月日が経ったある日のこと。魔女の血を継ぐ神交の御霊を作ろうと、魔女の集落から女が一人犠牲になることとなった。真っ先に上げられたのは、ゆく当てもない娘の名だった。暴力には耐え忍んできた娘だったが、流石に命までは投げ出せず、必死に許しを願うも、誰も娘の声を聞き入れない。曰く、父の罪を償えと、今まで育ててやった恩を忘れたかと。父のように逃げ出すことも叶わず、娘は自分の死ぬ日のことを思っては絶望に涙をこぼす日々を過ごした。


 やがて彼女の体は神に捧げられ、彼女はその身に神の子を宿す。自らの命を喰らって生まれてくるその存在を、愛せるはず等ありはしなかった。彼女が死の間際に強く思った怨恨は、娘の子の最初の祝福として、彼の脳の奥深くに刻み込まれた。

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