27

 マナに感応力のある子どもたち×5もピタリと動きを止めて水平線を見た。ルイとツカサも威圧的な雰囲気に視線を泳がせる。

 沖合の海上=ジェットスキーが2台、走っていた。先頭の方が突然横転した。そして2台目の方は急停止した。

 途端に小さく蠢く生き物が乗っていたふたりに襲いかかった。

 すとん、と胃に重いものが落ちる感覚。

「みんな、水から上がるんだ!」

 方々で悲鳴が上がった。続々と浜辺に走ってく人々/さながらパニック映画。

 海上で白波が立つ/波間からタコのような頭部がちらちらと見える。

「カナ! まさかこれは」

「ええ。イカの魔導生物」

「全部駆除したんじゃないのか」

「一応、送電グリッドに巣くってるのは。でもそれ以上は私もわかんない。政治的に微妙な案件なのかも」

 そんなことで犠牲者が出てたまるか。

「カグツチ! どこだ!」

──ふむ。珍妙な傀儡がおるな。

 傀儡? 彼なりに思い当たるものがあるのだろうか。

「沖合で襲われた人たちを助けてやってくれ」

「あい、了解した」

 ドスの利いた声/頭上から。

 マナを消費した脚力で高く飛翔=そのまま魔導生物の群れへ着水した。

「まるでハルクね」=カナ。

「不敬じゃないのか。神様に対して」

「自称、なんでしょ」

 だいぶカグツチに慣れてきたようだ。

 カナの指先が舞う/印を結ぶ。軽やかに流れ出すマナはまるで魔導の四重奏カルテットだった。

 魔導/音声を何倍にも大きくする。

「緊急事態です。緊急事態です。直ちに避難してください。これは訓練じゃありません! 私は常盤興業 旧東京支部配属の魔導士です。直ちに避難してください」

 海水浴客の悲鳴が何倍にも大きくなった。しかし5年前の魔導災害を経験しているだけあってそれぞれが身を守るように、ひたすら危険から遠くへ行こうとしている。写真を撮るような呑気者はいない。

「ほれ。助けてきたぞ」

 上空から砲弾のようにカグツチが帰ってきた。小脇にふたりずつ抱えている。全身傷だらけで表情が苦しそうだがまだ息がある。カナがさっと様態を確かめた。

「大丈夫。どれも傷が浅い。でも失血生ショックの可能性もある。カグツチさん、そのまま、あの救護室に連れて行ってあげてください。砂をつけないように」

「あいわかった、光の魔導士」

 大男と入れ替わるようにライフセイバーの青年がやってきた。カグツチに負けないくらい日焼けしている。いざというときの訓練は受けているだろうが、タコの形をしたバケモノを前にしてうろたえているようだった。

「何が起こっているんですか?」

「ひとまず海からなるべく遠くへ誘導してください」カナ=早口で「それと警察と消防、常磐にも連絡してください。私は佐藤カナです。私の名前を出せば、常磐はすぐに動いてくれます」

「は、はい、すぐに連絡してきます」

 ライフセーバーは砂を蹴り上げて走り去る=魔導もなしにすごい速さだな。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。ニシの両腕に魔導陣が幾重にも現れた。

「さっ、片付てね」

「え、俺、俺だけ?」

「私の魔導だと効果がないでしょ」

「海の中じゃ当たらないってことか?」

「熱エネルギーが海水に奪われて効果がなくなるの」

「そんなものなのか」

 思いっきり強くすれば撃ち抜けるだろ/しかしカナとの合理的な議論は避けてる。たいていは言い負かされてしまう。

 魔導陣をひとつ消費=無骨なマチェットを召喚した。

 顔に飛びかかっていたタコのような魔導生物を両断/足元に紫の鮮血がべっとりと広がる。しかも潮の臭いも混ざって吐き気を催しそうだ。

「倒すときは工夫がいるな」

 さらに魔導陣を消費=刃が真っ赤になる。刃の熱で切断面を焼灼すれば後片付げが楽だ。

 マチェットを構えた/しかし眼前の波間にタコのような頭が無数に浮かんでいる。

「やっぱりタコじゃないのか」

「またその話? どちらか一方に決めなくていいのよ」

「じゃあ、バケタコってのはどうだ。ゴロがいい」

 そう宣言しながら手頃な一匹を両断した。ジュっと音を立ててバターを切るように倒れた。

「はいはい。倒してくれるなら文句はないわ」

 カナは話しながらも浜に上がってくるバケタコに粒子線を当てて次々と炭に変えていく。

「キリがないな、これじゃ。コイツら、合衆国の魔導船から来ているんだろ。この分だと八景島のほうもひどいんじゃないか」

「ええ、たぶんね」

「常磐の保安隊、こっちに来る余裕あるのか」

「横須賀に陸自の魔導災害特務部隊M66隊がいるっていう噂。ま、法律的に動かしづらいだろうけど」

 1匹を処理してマチェットを振り上げた瞬間、眼前には二匹が現れている。その数はどんどんと増えてきている。

「ねぇ、兄ぃちゃん!」「兄ぃちゃん」

 背後で声/ドキリとして動きが止まった。そのスキにバケダコが飛びついてきた=顔面への直線軌道。水面から垂直に飛んできた。

 閃光/異臭。

「よそ見しちゃダメ」

「今のは、カナか。鼻先が焦げるかと思ったぞ!」

 後ろ=振り返った先にこじんまりした背丈のハナとユメがいた。

「兄ぃちゃん、あたしたちもやる!」「戦うんだから!」

「ふたりとも、これは遊びじゃないんだ。怪我するかもしれない」

「だいじょーぶ」「つよいもん」

 単なる好奇心じゃないのはわかる/5年間 訓練してきた/実力を発揮したいお年頃。

 しかしいきなり実戦?

「いいんじゃない?」カナ=お姉さんな雰囲気で「魔導障壁はできるかな? 逃げている人たちにタコが襲いかからないように守ってあげて」

「うん」「カナおねーさん、わかった!」

 ハナ&ユメはスタスタと駆けていく/子どもたちが各々、魔導を用意した。

 モモの頭上ではAとBと雑に書かれた式神が旋回/魔導陣を編み攻撃魔導を用意した。

 サナもお手製の杖を手に握り、覚えたての魔導障壁を海水浴客を覆うように展開した。

「ふーん、やるじゃん、あの子たち」

 カナは感心したように言った。

「あれが、あの子たちの生きがいだったからな。潰瘍のトラウマを払拭するために」

「それだけかしら。すぐ近くに目標がいたからこそじゃない」

「目標ね。俺のことか? だといいんだけど。俺は戦闘用の魔導しか扱えない」

「意外とできる人が少ないのよ。それ」

「わかっているけど。もっと飯の種になるような魔導を覚えてほしかった」

「相変わらずの拝金主義ね」

 サナが大仰に杖を振る=「ふぁいあっ!」

 浜を這い回っていた魔導生物たちが内側から炎上して炭になった。

「炎だけじゃ、ね。食っていけない」

 常磐興業製の魔導機関は、人の必要とするものは何でも作り出している。水、電気、レアメタル、肥料。現代の魔導エネルギー革命の中、単純な魔導が扱えたとしてもそれは凡人にすぎない。

 ニシが魔導生物の群れを指差す/その指先を空に向けた。

「そろそろ片付けよう。カナ、でっかいビームは打てる?」

「わ、私のは神聖な光の具現化で、そんな安直なビームじゃないんだから」

 安直なカタカナ語の詠唱をするのに/神社の養子らしい真面目さ。

「じゃあ、なんと言えばいい? 波動砲? 反応砲?」

「わぁーかったわよ。できるに決まっているでしょ」

 聞かなくてもわかっている/一応の確認。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。両腕に現れていた魔導陣が一斉に消失=上空に天蓋のような魔導陣が現れる/またたく間に漆黒に変わって夏の太陽を遮った。大きな丸い影が海辺を覆うように落ちた。

「影に入るな。そこが魔導の発動範囲だ」

 一陣の風/影になった波間がざわめく。

 途端に体が揺れる/魔導陣にむかって引き寄せられそうになる。

「何よこれ! 風?」

「重力制御、だ」

 風と波が騒がしく音を立てる/上空の魔導陣が更に早く回転する。

 影が落ちている海上だけが嵐のようにざわめく/無重力下で海水が泡のように丸くなる。

 シャボン玉のように浮かび上がる/魔導生物も上空の魔導陣に向けて吸い寄せられる。

「うわぁすごい」

 カナの感嘆の声。

最高位の魔導士でも、ここまでの術はなかなか出来ないだろう」

「べ、別に。私だってできるもん」

 上空でぶどうの房のように魔導生物が寄り固まった。

「さて、次はカナの出番だ。ビームををよろしく」

「もう、ビームって呼ばないでよ」

 カナのポニーテールがぶんぶん揺れる。

 指が艶やかに舞い印を結ぶ。軽やかに流れ出すマナはまるで魔導の四重奏カルテットだった。

「ふらっしゅ」

 つい茶々を入れてしまう。

「しッ!」目を閉じたままのカナが舌打ちをした。「浄化の光よ。跋扈する悪を常世へ没せしめよ」

「ほぉ、さすが神社の養子……」

 途端に視力を奪わんばかりの光量が勃発した/光が熱に変わり空気を割って魔導生物に直進する。

 ほんの数秒で強烈な光は収まった。重力制御の魔導も消え、海風に魔導生物の灰が雪のように舞っている。

「どうよ!」

 カナは誇らしげに胸を張った/ビキニ&パレオを着ているせいでモデルのよう=意外とプロポーションがいいんだな。

 カナの堂々とした姿に、海水浴客たちから拍手/歓声が上がった。褒められるのに慣れていないらしく、頬が赤く染まっている。

「魔導士のお姉ちゃん、すっごーい」

 モモが走り寄ってきた/追いかけるようにスィーとAとBの式神も追随する。キラキラ笑顔/初めて魔導が使えたときのようなワクワクテンションだった。

「モモちゃんも、頑張っていたわね」

「さっきの魔導って魔法少女リリカちゃんの呪文でしょ! 『じょーかの光よ。バッコする悪をトコヨへ没せしめよ』キラーン、ドバァーって悪のフォーチュナーをやっつけるの」

「あ、いやいやいや、そうじゃなくて!」

「すっごーい、あんな魔導もあるんだね! 私のアニラとバサラでもできるかな」

 モモの顔の横でAとBとマジックで雑に書かれた式神が嬉々として飛び跳ねる。

「あのね、あまりそう大きい声じゃ言っちゃだめなやつで」

「え、そうなの、秘密なの」

 モモ=キョトン。

 ああなるほど。やたら大仰な呪文も派手な魔導も、そういう理由か。

「なあ、モモ。ちなみにフラッシュっていうのは?」

「それはね、リリカちゃんのライバル、ホノカちゃんの呪文なの。シュババッって悪のフォーチュナーを倒すの」

「日曜の朝に見てるやつ?」

「うん、マジカル★ガールズだよ」

 なるほど。

 カナは真っ赤になって/どう訂正していいかわからないようで、あたふたしている。

「モモ、タコのバケモノがまだ歩いているかもしれないから、1匹ずつ焼いてくれないか。サナと一緒に」

「いいけどー、一緒じゃなくてもいいもん」

「そのほうが安心だろ。ほら、行って」

 ちょっと怒らせただろうか/ニシの眼前で式神2枚が不満げに揺れたあと、サナに合流した。

「さて」

「これはねえっとね別に昔見てたアニメがあってさ。参考にしただけなのよ、そう参考に。魔法と魔導は違うし小学生向けのアニメなんて今見ているわけ無いじゃん」

「いや、俺、まだ何も言ってないんだが」

「んんんんんん!」

「参考にしたんだろ? 別にいいじゃないか。俺の重力制御も、キャトルってしってる? UFOが牛を盗むやつ。あれを参考にしたわけだし」

「そう、そうなの。参考にしただけなの。魔導士の凝り固まったアイデアじゃ考えつかない光の魔導がいろいろあるからさ」

「ま、小学生向けアニメを見ててもそれは個人の趣味の範囲だし」

別に・・見てない!」

 真剣さ/ポニーテールがぶんぶん揺れる。きらりと光るおでこに鬼気迫るものを感じる/これ以上いじったら光の魔導で消し炭にされかねない。

 遠くから警察のサイレンも近づいてきた。単純な魔導生物なら警察に任せても大丈夫だろう。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 離れた荷物からスマホを引き寄せる。やはり=画面上部の通知欄がぎっしりと埋まっている/東京の旧東京支部の電話番号&リンの携帯番号。

「常磐のほうでも騒ぎになってたみたいだな」

 とりあえずリンの電話にリコール/しかし電源が入っていない。

 カナも同じく魔導でスマホを取り寄せる/顔面から血の気が去る。

「緊急出動の指令が出てる」

「こっちも緊急事態だったんだからしょうがないさ」

「30分前」

「あー始末書かな」

 しかしカナは脇目も振らず画面を覗き込む/おそらく社内用SNSスカッシュ

「もうこっちに向かってるって」

 その言葉と同時に一陣の風が浜辺を駆けた/砂が舞い上がる/ふたたび海水浴客たちの悲鳴。

 頭上=巨大な機影が太陽を覆っていた。両側に張り出した翼でプロペラが高速回転している。空気を切り裂く音/モーター音がキーキー鳴っている。翼と腹面に常盤興業のマークが派手に描いてあった。

「常磐のヘリ?」

「ヘリじゃないわよ。オスプレイ。ティルトローター機」

「ヘリコプターってこんなに静かだったか?」

「ガスタービンエンジンから魔導セル仕様の電動機に換装した回転翼機よ」

 端的な専門的な解説/10%くらいしか理解できず。

「で、俺たちも召集か?」

「ええ、そうよ。これに乗って行くの。作戦計画をチラミしたけど、まったくふざけんなよまったく」

 カナ=めずらしく言葉遣いが汚くなった。スマホからイヤホンを分離して耳に挿す。大声/早口で怒鳴っている。

 すぐに行くのか/ちらりと横を見る。子どもたちが──ハイテンションで──タコの魔導生物を焼いて回っている。砂浜にポツポツと真っ黒い焦げた死骸が残されている。

この子たちを家に帰さないといけないのに、緊急の召集/しかもカナをあそこまで怒らせるとは。

「お兄さん、お仕事ですか」

 サナが心配そうに駆け寄ってきた/三編みがプロペラの起こす風で揺れている。

「うん。緊急でね」

「私達のことなら心配いらないです。私がちゃんと子どもたちと一緒に家に帰りますから」

「うん、そうか。それなら──カグツチ」

 マナの奔流を感じる/空間がふわりと揺れて、巨大な湘南男が現れた。

「ふむ、久々に体を動かすことが出来たわい」

「子どもたちが安全に家に帰られるよう、頼んだぞ」

 カグツチはニシとサナ、それと頭上の巨大な機械を順々に見比べた。

「あい、わかった。気をつけるんだぞ」

 自称・神のいる安心感=こんな大男がいれば子どもたちに悪さをしようとする輩もいないだろう。

「ニシ、時間よ!」

 カナ/魔導発動/10mほど上空でホバリングしているオスプレイの後部ハッチに飛び上がって着地した。

 振り返る/子どもたちの顔:どれも笑顔。各々が手を振っている。心配してなさそう。

 カナの言葉が蘇る=「身近な目標」

 子どもたちが目指すべき大人/魔導士として振る舞えているかどうか、不安だったけれど、多分大丈夫そうだ。

「じゃあ、行ってきます」

 ニシ=予備動作なしの跳躍/垂直方向へ飛び上がった。

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