28

狭い機内/第1小隊+第2小隊=10名がぎっしりと収まっていた。両脇の壁のベンチに強化外骨格APS+重武装のマッチョが膝が触れ合う距離で向き合い座っている。

 ニシとカナが機内に入るとすぐ、ハッチが自動で閉まった。機内がグラグラと揺れる/どこかへ向かっているらしい。

 その中を、リンが器用に立っていた。強化外骨格APSかあるいは義足の補助機能だろうか。

「おっつー。デートはどうだった」

 リンがふたりに常磐マーク入りの作業着兼戦闘服を渡した。新品のスニーカーも一緒だった。

「デートじゃないぞ。偶然、カナに会って……」

 しかしカナがさえぎ った。

「はいはいはぁぁぁい! そういう話はいいから。私、着替えるからこっち見ないでよ」

 筋肉野郎たちからの囃し/口笛。ヒューヒューと機内が和む。

 たぶん、期待通りにはならないぞ、と心のなかで反論/案の定、マナの流れを感じた。

 カナは視界遮断の魔導を用いて、狭い機体後部に影を落として更衣室を作った。

「こらこら、あんたたち。あんなむちむち・・・・見てもたないでしょ。とゆーか、美女はここにいるだろー」

 リンが騒ぐ/筋肉野郎たちがげらげら笑う。これが彼らなりの流儀か。

「いやぁー隊長の腹筋見てもコーフンしないというか、むしろ見たら犯罪というか」

 ジュンの軽口=リンもすし詰め状態では詰める・・・すべがなく。

「ジュン、あとで回し蹴りだから覚えてなさい。ニシも!」

「俺? 何も言ってない」

「ムチムチと腹筋、どちらがいいの」

「ムチムチとガチガチ? いや別にどっちでも」

「あたしの筋肉はね、しなやかさと流線美とを兼ね備えた奇跡なのよ。今は強化外骨格APS着てて見せらんないけど。というかこの前見たでしょ。あーそっち・・・を見てて気づかなかったか」

 どよめく筋肉野郎たち。電動モーターのエンジン/静かな機内のせいで会話が全員によく聞こえた。

「見たんじゃなくて見せたんだろ」

 筋肉野郎たちがさらにどよめく/病院での出来事はふたりだけの秘密だった。

 カナが魔導で作った更衣室から出てきた/普段と違って常磐の作業着をぴっちり着ている/さながら戦闘モード。プライベートの時間を中断されたせいだろうか、眉間にシワを寄せ、真一門に口を結んで言る=わかりやすい性格。

「もう、何バカな話をしてんのよ」

 揺れる/狭い機内をリンが器用に歩いてカナに近づく。するとおもむろに上着を捲し上げた。へそが露わに/ブラもちらりと見えた。

「ひゃっ! ばかちびっこ隊長! 何すんのよ!」

「ほーらやっぱりぷにぷにしてんじゃない。どうよ、ニシ。このぷにぷにと腹筋とどちらがいい?」

 しかし/リンの体がふわりと浮かび上がる/さながら首根っこを掴まれた猫のよう/機内をふわふわと移動して空いていた座席のスペースに収まった=ニシの魔導。

「おちょくるのはそのくらいにしとけ。かわいそうだろ」

「別に。私はなんとも無いんだから」

 カナはパタパタと上着の裾を伸ばして取り繕う。なんとも無いことはなさそうだったが。

「で、任務の詳細は? ずっと聞いていたんだろ」

 ニシはさっさと常磐の作業服に着替えながら、カナの耳のあたりを指し示した。カナの耳にはまだイヤホンが挿さったままだった。

「ええ。説明するわ。保安隊のみんなも聞き逃してたらいけないから、再確認を。合衆国政府から防衛省を通じて、常磐に魔導多目的船の魔導機関の破壊任務が命じられた」

「そんな気がしてたよ。だけどそういう場合、陸自に怪異専門の部隊があっただろ? そっちが本命じゃないか。装備だって常磐よりいいだろ」

「常磐のほうが戦闘経験が高く、法律上動かしやすいし、それに私達がいるでしょ」

 カナ=誇らしげに。左腕の白環=最高位の魔導士を監視するためのGPSデバイスが揺れた。

「つまり、最高位の魔導士が必要な状況ってことだろ。2人も。一国・・の軍隊に匹敵するんだぞ」

 ニシは思い浮かぶ言葉を素直に口に出したが、機内の筋肉野郎たちからうめき声が聞こえた。

「まーとにかく。あたしたちは信用されてるのよ」背後のリン=あっけらかんと笑ってみせた。

「魔導機関の破壊か。それならカナの魔導で外部から破壊できるだろ。さっきやってみせたみたいに」

「うーん、それがうまくいきそうになくて」カナがスマホの画面に目を落とした。「一般公開されていた情報じゃ合衆国製の魔導機関は単なる発電機関だったんだけど船体の補強も担っている、って本社から届いた情報にはある」

「じゃあ、魔導障壁があるから外部からの破壊は不可能、と」

「そう。幸い、自衛用の魔導兵器は存在していないから接近は容易だけど、船内に入って徒歩で向かわなきゃいけない。破壊工作と並行して船内に取り残された船員も救出しなきゃいけない。セーフルームに50人近くが取り残されてるらしいの」

 人命がかかってるせいか、ぼんやりしていた頭が覚めた。何が何でも救ってあげないと。

「で、緊急招集手当がでるんだろ」

「ええ。今ある資料じゃわからないけど、合衆国の方から出るんじゃないかしら」

 それなら問題ない=ニシが力強くうなずいた/拝金主義の魔導士。

 リンから渡された常磐の作業着/ロゴ入りのマウンテンパーカーに袖を通す/新品らしく首元がチクチクする。

「見えてきたわよー今回のパーティー会場が! 機長、上空で旋回して状況の確認を」

 リンが叫ぶ/静かな機内のせいでいんいんと声が響く。

 機体が傾いているのを感じた/後部ハッチがゆっくりと開き、“パーティー会場”の全景を見下ろすことが出来た。

 船、と言われなければそれを巨大な埋立地か空港と勘違いしてしまいそうな威風だった。上部甲板は大型機が着陸できそうな1000mの滑走路があって、まさに巨大空母だった。船体の横からは船に似つかわしくない構造物が寄木細工よせぎざいくのように張り出して、摩天楼のビルたちをごちゃまぜにしたような奇怪さだった。

 魔導で構造を強化している=うなずける光景だった。

 魔導多目的船の周囲で巨大な水柱が立った。

「リン、あれは?」

「んーと、あそこにいるは海自の『はるな』だから、あれは短魚雷ね。潜水艦を沈めるための爆弾」

 素人向けの説明付きだった。

「じゃあ、海中の魔導生物を退治するために?」

「まるでハエをバズーカで殺すみたいね。魚雷、結構高いのに。海さんは相変わらずお金持ちねー」

 リンは揺れる機内/斜めに傾いているにも関わらずスッと立ち上がった。

「さて、筋肉紳士諸君。たかがタコ退治、さくっと終わらせるわよ。銃もなるべく使わないように。跳弾して危険だから1匹ずつ電磁警棒で潰すこと──」

 その割にはライフルに装備ので、潰瘍でC型怪異を討伐する時と同じレベルの装備だった。

「──こんなチンケな仕事、さっさと終わらせて飲むわよ。酒の肴は各自のガンカメラの映像! いちばんショボかったやつは……ヒェッ」

 突然、機体が揺れた/ふわりと体が浮かぶ。浮かび上がったリンが後部ハッチへ吸い込まれるようにして吹っ飛んだ=すべてがスロー映像のように見えた。

 考えるより先に体が動いていた=リンを右手で掴む/魔導詠唱=身体強化。

 機外に投げ出された瞬間、黄金色に光る魔導の紐で左腕とハッチを結んで固定した。

 機体が急な動作をした原因/ふたりの眼下=多目的魔導船のハッチ/昇降エレベーター/すべての隙間から巨木ほどの太さの触手が幾本も空中に伸びていた。

 そのうちの一本が機体をかすめる/リンに掴みかかろうとする/触手の先はぎっしりと牙が生え、タコの口のような黒いくちばしがあった。

「リン、手を離すなよ」

「ヒッ、離すわけないでしょ!」

 機体はぐんぐん上昇していく/急な角度で後部ハッチからぶら下がったまま、地上が離れていく。

 ふわりと体が浮かぶ/マナの流れを感じた。ふたりは後部ハッチへ吸い込まれるようにして収まった。

「おちびちゃん、大丈夫?」

 カナの魔導で機内に戻ることが出来た。

「俺には心配の言葉はないのか」

「魔導士がそう簡単にケガするわけ無いでしょ」

 きっぱりと。

 一方で筋肉野郎たちから口々に称賛のことばをもらった。

 リンは空いているシートに収まると、ゆっくりと深呼吸をした。

「ありがと。あとでキスしてあげる」

「いや、キスはいらないよ。作戦が無事終わったら飲みに行くんだろ。みんな、隊長の奢りだとさ」

 筋肉野郎たちがどよめく/巨大な触手を見たせいで士気が下がっているのか。

「ええ、ええ、奢ってあげる。奢ってあげるからあの触手どうにかして」

 機体が水平飛行に戻った。開いたままの後部ハッチに立って、カナとふたりで触手の生えた巨大船をみやった。まるで蛸壺からタコが獲物を待ち構えているようだった。

「事前情報は?」

「ない。なかった。船の青写真だけ。あれが私達が呼ばれた理由だと思う?」

「本当にそれだけ・・・・なら、ありがたいんだけどな」

「倒せそう?」

「あれは怪異じゃない。マナに感応力のあるただの生き物だ。刺せば死ぬ。焼けば動かなくなる。以上。全く怖くない」

「ふふ。なんだか保安隊の皆みたいなこと言うのね。もうすっかり馴染んでる」

「そうか?」

 リンをはじめ筋肉野郎たちとは相容れないと思っていた/思っていた以上に影響を受けていた。つい頬がほころぶ。

 カナは天井からぶら下がっていたヘッドフォンを引き寄せた。

「機長、私たちがあの触手を何とかするから、その後で機体を近づけてください。念の為距離をとって滞空を。強化外骨格APSの衝撃吸収の限界は5mです」

 ニシの隣でマナの奔流を感じた。やさしい暖かさだった。

「さて、ニシ」

「さて?」

「落下まで空気抵抗を入れなければ3秒ってところだけど。行ける?」

「この高さは、そうだな。初めてだが多分大丈夫だ」

 カナ=にっこり笑顔。

「じゃ、お先に」

 まるで高飛び込みをするように、カナは体を1回転ひねって遥か眼下へ飛び込んだ。

 躊躇ない姿に機内がどよめく/ニシは後ろを向いて解説した。

「あーその、魔導士ならこれくらい、最高位の魔導士だから。それじゃ」

 ニシも後部ハッチの端を蹴った。

 轟々とした風に包まれた/すぐに魔導を展開=重力制御/身体強化。

 落下速度が緩やかになり、呼吸する余裕さえ生まれた。緩慢に地面が近づいてくる。

 やや下方/すでに艦上へ着地したカナが、光の魔導を放った=巨木のような触手がまとめて焼き払われた。

 それに呼応するように他の触手たちも同時に震えた=すべて同一の生き物なのか?

 ゆるやかに落下中のニシに触手が迫る/それよりずっと先に魔導を発動していた。

 水銀色に輝くオーブを召喚/それぞれが銛に変化し超高速で触手に突き刺さる/マナを帯びた爆発で触手を根本から割く✕4。

 甲板に着地した。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 両腕に魔導陣が幾重にも現れる=そのひとつを消費して無骨なマチェットを召喚した。

 甲板を這うようにして細い触手が/しかし人の太ももほどもあるそれが襲ってきた。

 身体強化=地面を蹴ってあえてこちらから肉薄/なますに切り刻んだ。

 右側の触手=振りかざした左手に水銀色にひかるダガーを召喚/魔導で推進力を足して投げた。

 ダガーは刺さると同時に爆散して触手は細かい肉片が散乱する。

「どう?」

 カナは涼しい顔をしている。

「いくらの魔導士といっても自由落下は危ないだろ」

「そーじゃなくて。魔導生物のほう」

「1匹、というか1本ずつなら大したこと無い。魔導障壁さえないただの生き物だ」

「でも、銃が効くかどうかは微妙でしょ。だって、対怪異用とはいってもMk.IVマークフォーライフルは対人用の5.56ミリNATO弾だから」

「日本語で説明してくれないか」

「太い生き物には効果がないってこと。ショットガンを持ってこなきゃ。備品にはないけど」

「だったら、付術エンチャントを銃口に施して爆発するようにしようか。狭い船内でも聴覚保護の魔導さえすれば鼓膜も守れるし。5年前は警察や陸自の銃に付術エンチャントして難をしのいだんだ」

 周囲にふわりとした風が起きた/触手が船内に引っ込んだのを見計らって巨大なティルトローター機がゆっくりと降下してきた。

「その噂、本当だったんだ。ビデオゲームみたいな威力の銃が出回ってたって。わかっているけどでも、規約違反」

「そうも言っていられないだろ。何ならカナが自分でやればいいじゃないか。規約を侵害しない範囲で」

「わ、私は!」

「できない?」

「でき、できるけど、社員としてのメンツってもんがあるでしょ」

「なるほど」

「いーから、私の見てないところでやってよね」

 甲板から5mの高さでピタリと止まった機体の後部ドアからを装備した隊員が続々と飛び降りる/訓練され尽くした動きで膝立ちになって周囲を警戒する。

 全員が飛び降りてからリンがパイロットへ手を振った/同時に機体は甲板から離脱した。


                †


 横浜を見下ろす小高い丘/人影はない。横浜市内に警報が流れ魔導災害を警戒した人々は自宅にこもって息を潜めている。

 ふわり/空気が揺らいで虚空から人が現れた=会長。

 遠く、巨大な船と自社のマークの入ったティルトローター機が隊員を甲板に下ろす光景がかすかに見えた。

 防衛省の横槍を自ら直談判/押しのけて最精鋭の旧東京の部隊を向かわせて正解だった。陸自の魔導災害特務部隊M66隊だったら今頃死者が出ていただろう。

 さっきからブンブンと飛び回っている偵察用のドローン=防衛省のタカ派たちも縦横無尽に暴れる魔導生物を見て『責は我々にない』と胸をなでおろしているに違いない。

「しかし、問題は単純な縄張り争いを越えている。合衆国統合軍には安保破棄をちらつかせることで介入することが出来た。それは問題じゃない。ただの政治屋たちだ」

 ふう。一息。見た目以上に歳をとっているせいで心労が精神を削っていく。

「まったく連中は。新世界協会は無茶をしでかしてくれた。さてその腹黒い底で他に何を企んでいるのだろうか。まさか、。いやいや、そこまで真理の探求をしているわけないか」

 ふわり。会長の人影が揺れた/消えた。

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