25
そよ風/誰かの声/波の音/海鳥が遠くで鳴いている。
平和な喧騒を聞きながら=すっと体の力を抜いて横になった。
組み立てたレジャー用のイスにもたれかかって目を閉じた。じっと暑い夏の熱気でも、魔導で冷やしたタオルを顔に乗せたら快適に眠れそうだ。
「ふぅ、なんだか穏やかな気持になたのは久しぶりだなぁ」
子どもたち=多分大丈夫。カグツチがついている。あのナリで泳げたんだと初めて知った。
カナは中学生×3とビーチボールで遊んでいる=大人なシックな色合いのビキニ&パレオ/つばの広い帽子は魔導で飛ばないように頭に押さえている/しかし乳白色の腕輪=
カナの普段のインテリ然とした雰囲気からは想像がつかないはしゃぎ方だった。
砂の上/波の中でも平然と歩くのはさすが魔導士=ついつい使ってしまう身体能力の補助。
──お主、動かないが生きているのか。
思念伝達=カグツチから。
「ああ、生きてるよ。話しかけなかったら寝られていたのに」
──せっかくの海に来たのに。モモも遊びたがっているぞ。
「横っ腹を縫ったばかりなんだ。今泳いだら傷が開いちゃうだろ」
──ふむ、生体とは不便だな。
「俺は生身の体でもそうは思わないけどな。俺の代わりに遊んでやってくれ」
──あい、了解だ。
海に来たのに寝ている=父もかつてそうだった。家族3人で海に来ても、少し泳いだだけですぐ寝ていた。
今なら父の気持ちがわかった。子どもが元気に走り回ってくれる=それだけで満足だった。若干の喧騒と平穏が子守唄のように聞こえて睡魔が襲ってくる。
家族か。
ああ、ヤなことを思い出したかもな。
5年前の潰瘍発生して周囲が落ち着いてすぐ、顔だけを見せに行ったことがある。それ以来帰っていない。モモに加えて子どもたちを預かってからはなおのこと帰りにくくなった。家族を失った子どもたちに自分の両親が健在だとあまり口にしないようにしている。
好きじゃないが目標たる父に少しでも近づけているのだろうか。
†
「おにーさん」
はっとなって飛び起きた/視界がぼんやり/思考もぼんやり。
「サナ?」
「あははは。寝起きだ。おもしれー」
「もう、ルイちゃん、からかうのはダメだよ。サナちゃんはもっと甘くささやくような声じゃないと」
いたずらな耳年増中学生×2がワクワクテンションで笑っている。
その後ろ=サナが居心地が悪そうにモジモジしている。
「どうした。休憩?」
「やだなぁお兄さん。もうお昼ですよ」
まだ思考がぼんやりしている=にわかに信じられず。魔導でローテーブルの上のスマホを引き寄せる=11:50。
もうそんな時間か。海の方を見るとカナが両手に子どもたちの手を引いて戻ってきている。
残りの子供×4はカグツチの腕にぶら下がっている。傍目から見たらハルクのような筋力だろうな。
「おかえり、みんな。カナはずいぶんはしゃいでたな」
「いーでしょ、たまには。童心に帰るってやつよ」
カナはパーカーを羽織った=周囲の目が気になるタイプ。
「昼、どうする? もしサナたちは海の家に行くならお金を渡すけど」
「みんなはどうするんですか」ルイ=日焼けたせいか赤く火照っている。
「軽食を作ってきたんだ。サンドイッチと唐揚げ、ウィンナー、あとスイカもある」
そういってタッパーを渡してやった。今朝早起きして作った=昼寝をした原因のひとつ。
「うっわーすげー。めっちゃ冷たい。これ、もしかして魔法?」
「もう、ルイちゃん、そーいう言い方は失礼でしょ。魔法でしょうか、でしょ」
凸凹コンビと思ったが息がピッタリだな。
「
「うっわーすげー。サナもできるのか」
「う、うん。まあね」
サナ=苦笑い/今朝 魔導の
「サナちゃんががんばったのなら、ここで食べます」大人なビキニを着たツカサも同意した。「それに、フッフフフフ、眺めもいいですから」
「眺め? 海ならどこでも見えるよね」
「あそこのイケメンふたり。Tシャツ着て泳ぐなんてエロいですよーぉ。見え隠れする肉体美。筋肉と筋肉の協奏曲ぅ。あの人がウケであの人がタチですよきっと」
「あ、ああ、
なんとなく察する&最近の中学生は成長が早いんだろうな、きっと。
車座になる一同/中央にはサンドイッチ&小学生が好きなオカズTOP5=唐揚げ、ハンバーグ、ソーセージ、エビフライ、卵焼きが並ぶ。その中央にはバケツサイズのアイスクリームも鎮座している。魔導で冷やしてあるので夏の暑さでも溶けることはない。
「ほい、カナ。俺の食べるか?」
そう言ってカップラーメン・しお味を渡してやる/カナはきょとんとしている。
子どもたちの前にカップラーメンがそれぞれ置かれ、富士山の天然水=ペットボトルを
まわして水を注いでいる。
「おいしそうなお弁当があるのに、カップラーメンを食べるの?」
「ほら、使ってみたいお年頃、ってやつだ。カナにもあったろ」
「ううぅ……」
カナ=苦笑いして顔をそむけた。いろいろあったんだろうな。今度聞いてみよう。なるべくリンのいないところで。
真剣な表情×6。サナも杖を構えて友人の分のカップラーメンも、水をお湯に魔導で変えようとしている。
「いっけー」「あつくなれー」「もえろー」「お湯になって」
「アニラ・バサラ、お願い!」
雑なマナの奔流。爆発=なし。無事お湯が出来上がった。各々満足そうに蓋を閉じて3分待っている。
サナ=真剣な表情で杖を構えている。さながらファンタジーに出てくる魔法使いのよう。不釣り合いなビキニの水着のせいでなおさらファンタジーだった。
友人2人がぐいっと水の注がれた容器を覗き見た。
「あー、ふたりとも。危ないからあまり近くで見ないほうがいいよ」
「お兄さん! 私は真剣なんです」
「すまんすまん。でも昨日は出来たじゃないか。練習して」
「もう、お兄さんっ!」
努力を隠しておきたいお年頃なのだろうか。
「たぁーん・なっぷ」
滑舌の悪い魔導の詠唱/真剣な表情で空気を呑んだ。
水がお湯に変わる/マナの奔流で肌が粟立つ=カナも同じことを感じているかもしれない。
まずい。サナの感応力が
「ねえ、ニシ」
ゾッするような冷たい言葉だった。ごまかしきれるか。
「まぁまぁ、いろいろ事情があるんだ」
「ふーん、事情ね。ニシが魔導を訓練したんだよね」
「あ? ああ」
「じゃあ、魔導の発動キーも?」
「あっ」思い出した。サナの発動キーを考えるとき、例に出したのがカナの呪文だった。「偉大な魔導士を参考に」
「もう、まったく。私のは、これはこれでちゃんと考えているんだからね」
魔導の発動キーは人それぞれ異なる。単純な魔導では無意識下でも発動できるが、高度になればなるほど、しっくりくる感覚を得るための呪文なりの作法がある。
「ところで、カグツチは? 姿が見えないが」
不可視化しているわけでもない。
「さっきサーファーたちにスカウトされてたわよ」
「あの姿じゃ、しょうがないか」
「神様って、サーフィンできるの?」
「神だからできるんじゃないのか」
特に理由はなかった。カグツチは現世のことの大小に関係なく興味を持っている。まるで生き物のように振る舞うことが無上の楽しみであるかのように。
「うーん、確かに」
カナ=難しい表情/神社の養女だけあって信仰心がある。
「ねーねーおねーさん」
ハナ=ニコニコ笑顔。歯が1本抜けたままなのが見える。
「ん、なあに?」
「おねーさんもまどーしでしょ。まどーを見せてよー」
小さい魔導士×5が首肯。各々が囃し立てて騒ぐ。
「たかがお湯にするだけでしょ。それだったらすぐに──」
ニシが肘でつついて小声でアドバイスした。
「違う。偉大な魔導士らしくかっこいいところを見せてくれ」
「んなっ、普通じゃダメなの」
「子どもたちの期待を裏切るのはダメだと思うんだけどな」
ニシ=ニタニタ顔/ぜひとも魔導のお手本を見せてほしい。発動キーは柔軟さこそがかなめ。他人に気取られないニシの高速詠唱=もっぱら戦闘向きの魔導は初心者向けではない。
「ええい、もう。わかったわよ。ほら、私のにも水を入れて」
もう水のペットボトルは空だった。一瞬お茶とコーラのペットボトルに目が移った。
高速詠唱。ニシからマナがあふれる。
カップラーメンの容器の底から水が湧いて出てきた=水の召喚。
カナは吹っ切れたように、そして立ち上がった。
「えっ、立つのか」
すると大仰に腕を交差させ体を半身に構えた。
「混沌よりいでし魔の導きを持って、ここに秘技を具現せん」
子ども×8人=無言のまま目をまん丸にした。確かに水はお湯に変わっていたが、見ているこちらが恥ずかしくなる=共感性羞恥心。
「あーカナ、もういいぞ。隣の人達が何事かとこちらを見ている」
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