23

 家の前/多摩川を見下ろす土手に全員集合。忌々しい潰瘍も地平線の向こう側であいかわらず控えている=日常のありふれた風景。

 子ども=1,2,3,4,5,6、そしてもうふたり、サナの友人のツカサとルイを連れて海へ行く。

 話にだけ聞いていたが、ふたりの友だちと仲がよさそうで安心した。

「うちの子を海にに連れて行ってくれるなんて、ありがたいですね」

 ツカサの母親=おっとりボイス。

「ええ、そうですね。物騒なご時世だけど、魔法使いさんと一緒なら安心安心」

 ルイの母親=はきはきボイス。

「こんなに大きい魔法使いさんが一緒ですからね。それに……あらやだ、私も一緒に行こうかしら」

「だめですよ、ツカサちゃんのお母さん。不倫になってしまいます」

 ふたりの見上げる先=カグツチ。浅黒い肌に金髪をオールバックに撫でつけている。さらにアロハシャツ&短パン&ビーチサンダルと「夏を楽しむイケてるお兄さん」といったふう。

「奥様方、ご安心なされよ。お嬢様方は小生が命に代えてもお守りいたしまする」

 場違いなほど慇懃/身をかがめ、さながら騎士といった感じ=昨日見た映画のワンシーンをそのまま流用。

「じゃあ、よろしくおねがいしますわねー」「娘たちがうらやましいですねー」

 母親×2は、何か勘違いをしたまま、家へ帰っていった。

「うぉーでっけー」

「ちょっと、ルイちゃん、失礼だよ。その言い方。大きくて素晴らしいですね。でしょ」

 サナの友達=ワクワクテンションとウキウキテンションがカグツチの周りではしゃぐ。

「なあなあ、サナのお兄さんってでっけーんだな」

「い、いや、そっちはお兄さんじゃなくて」

 サナ=たじたじ。

「でも、魔法が使えるんでしょ!」

 ボーイッシュな方の友人=ルイが目を輝かせた。

「ほう。魔法、とな。魔導なら・・・・扱えるが。例えば向こう岸まで川の水を割ってみせるとか」

「うぉーすっげー」

「ちょっと、ルイちゃん、失礼だよ。素晴らしいですね、見せてください、でしょ」

 フワフワした方の友人=ツカサがたしなめる。

 カグツチが腕を振り上げたところで、ニシがアロハシャツの袖を引っ張った。

「待て待て。んなことしたら常盤の保安部が上へ下へ大騒ぎになるからやめれ。マナのセンサーが強化されてるんだから」

 対岸=関東平野の更地/潰瘍の周囲は常盤の敷地。

「こっちがお兄さんね」

 サナが紹介してくれた。ふたりの友人も、あっとした表情を見せて会釈した。

「どうも、はじめまして。ニシだ。こっちの大きいのはカグツチ。あとは、小さい順にハナ、カヅキ、ユメ、ヨシコ、モモ」

「はじめまして」「よろしくだぜ」「こんにちは」「泳ぐの得意?」

てんでばらばらな挨拶。

「よろしくおねがいします」

 モモ=母親役たる落ち着きを発揮/こんな顔をできるようになったんだなあ。

「よろしくね、みんな」おっとりした方が手を振る。「で、みんな魔法使いなの?」

「そうだよ」「そだよ」「すごいでしょ」「まどーしなのです」

 小さい子たち×4がすかさず反応した。モモもニコニコしたまま頭の周囲で『A』と『B』と雑に書かれた式神が旋回する。

 一般人に魔導を披露する機会はないからな=とはいえ、ここでマジック・・・・ショーなんてしたら収拾がつかなくなる。

「まあまあ、それは後で。早くしないと電車に遅れるぞ」

 とりあえずこの大集団を前進させる。

「みんなついてきて。駅まで歩くよ」

 モモ=母親役。はきはきと子どもたちを先導する/その後ろを中学生3人が続く。いい感じにまとまったか。

「で、これがSuica。使い方は教えたよな」緑のカードをカグツチの巨大な手の中に押し付ける。「あと荷物だ。飲み物と食べ物、ビーチパラソルとピクニックシートが入っている。忘れ物はないかな」

 カグツチ持たせた荷物=100Lの登山用リュックサック。子どもふたりが入れそうなサイズだが身長2mともなれば、まるで日帰り用のダッフルバッグにみえる。

「ほう、わざわざ実体化したままと思ったが、よもや荷物持ちとは」

「ちょっとは協力しろよ。ジンとかいうクソ野郎にさっさと負けた上に俺のマナを散々吸い取りやがって。やっと回復したんだぞ」

「ガハハ、そうであったな。ならば協力せねばならない。して、ふむ。この感覚は光の魔導士だ」

「光? ていうとカナがどうし──」

 背後/ぜえぜえと肩を大きく揺らす人影。瀟洒しょうしゃ な白のワンピースにつばの広い麦わら帽子/どこかのお嬢様か。

「カナ?」

「ま、間に合った。私も一緒に行っていい?」

 だめとは言えないだろ。



「いきなり押しかけて、ごめんね」

 ガヤガヤ/にぎやかな最後列をカナと並んで歩く。

「驚いたけど、俺ひとりでこの人数だと不安だったから。ちょうどいい」

 というか、私服姿を初めて見た。驚愕=こういう服を持っているのか。

 普段の姿=ダボダボのサイズの合っていない会社支給ジャンパー&機動性重視のスニーカー。カナのせめてものおしゃれはジャンパーの下のミニスカートだけ。

「傷の具合はどう?」

「今日でだいぶ良くなったよ。痛み止めは飲まなくてもいい」

「マナは回復した?」

「問題ないよ。ほぼいつもどおり」

「よかったぁ」

 毎朝の体調報告=社内用SNSスカッシュで連絡済みと思ってたが、かなり気を使ってくれる。普段、カナは中間管理職にグチグチ不満ばかりを漏らしていたが、意外と合っているんじゃないか。

「あー暑い暑い。走ってきたから汗かいちゃった」

 カナが魔導を行使/冷気がただよってくる。冷蔵庫を開けた時のような心地よさだった。

「走ってきたって、ハイヒールで?」

「そう」

 コツコツと地面を鳴らして歩いている。そんな靴じゃ走れるはずがない=魔導を使ってまで走ってきたのか。

「来るなら連絡してくれたらよかったのに。時間も合わせられたし」

「それは、その……」

「ん?」

「緊張して」

「んーっと、子どもが苦手とか」

「そう。えーと、そうじゃない。いいじゃん別に・・。あ、私、子ども大好きだから」

 なぜか・・・オドオド/らしくない。

「出張の時だったり、入院している間だったり、子どもたちを気にかけてくれたありがとな。心強いよ」

「と、当然でしょ。私、上司ですから」

「みんな、カナのこと、気に入っているよ。おでこの魔導士のおねーちゃん、だと」

「もう、おでこは関係ないでしょ」

「いつもその髪型だけど、何か意味があるのか?」

 しかし/つーんとした表情をしている。

別に・・。覚えてないのなら別にいい」

 何か気に障ることでも言っただろうか=思案。

 眼前/列の最後尾で、カグツチの肩に乗っているハナ&ユメが振り向いて手を振っている。

「兄ぃちゃん、おねーちゃん。早く早く」

 ふたりは肩の上で器用にバランスを取っている。

「フフ、まるで遊園地ね」

「カグツチは、いい遊び相手だよ。子守もしてくれる」

「この前、病室で言ってたでしょ。『戦う理由』って、ニシの場合はこの子たちの、こういう幸せな姿なのね」

「ああ。そこははっきりとわかるよ。5年前、この子たちを引き取ったとき、一時的なものかと思っていた。俺ひとりで育てられるわけがないって。養子の引き取り手が決まるまでの間だけ世話をするものだって。それがまさか、こうなるとは」

「なんだか、後悔しているみたいな言い方ね」

「後悔か。あるとすれば、この子達の成長にきちんと貢献できているか、かな。今はうるさいくらい元気だけど、5年前はみんなほとんど話さなかったんだ。何がきっかけだと思う?」

「うーん、父親役の存在?」

「俺のことか? あの子達には両親がいたんだ。代えにはなれないよ」

「じゃあ?」

「家の近くのガレキ撤去をしてたときかな。偶然、あの子達が魔導を見て『自分たちもやってみたい』って言って。以来、訓練をしている」

「でも魔導災害で、そのひとりになっちゃったんでしょ。逆効果じゃない」

「俺もそう思ったさ。ただ、福祉局の人曰く、それがあの子達の自尊心につながるんだそうだ。魔導士としての。そして過去を克服するための」

「なるほどね」カナは多摩川の向こう側の潰瘍をみやった「大人も子どもも、同じなのね。アレのせいですべてが変わっちゃった。でもアレのおかげで将来がはっきりと分かるもの」

「そうだな。俺も、まさか7人家族でワイワイ暮らすことになるとは思ってなかったよ」

「あっ、えっと、ごめんなさい。私、変なこと言ったよね」

「変なこと?」

 横を歩いているカナをちらりと見た。茶色に染めたポニーテールがふさふさと揺れている=合点がてん

「ああ、俺の両親か。それならまだ生きてるぞ」

「あれ、そうなの」

「実家は浜松だ。旧港区じゃなくて静岡県の。戦争も災害も大して影響はなかった。電磁パルスで家電が全部故障したくらいかな」

「そう、それならよかった。でも、ちゃんと帰省してる? 一緒に働き始めてもう……2年ね。ずっと勤務が続いているけど」

「5年前に家に魔導障壁をつけてやって以来、帰ってないなぁ、そういえば。忙しいし」

「どうして?」

「ん、なんとなく」

 家族。そう聞いて真っ先に思い浮かべる姿=目の前をニコニコと歩いている6人の子どもたち。

 うち。そう聞いて思い浮かべる所=多摩川の堤防近くにある木造アパート。

 思い浮かべる苦い思い出=特例とはいえ孤児を預かることに反対され/常磐で対怪異戦闘の最前線に立つことを反対され/魔導士として人助けのために生きていくことに反対され。

 わかった=どうしてこの子たちが元気になったのか。

 魔導士としての個性は凡骨ぼんこつな人間に埋もれたくないという想いなんだろう。自尊心は個を奮い立たせる/故に両親に対しては机上の空論だけではなく成果で見返したい。

「なんとなくわかったよ。子どもたちの気持ちが」

 ニシ=消え入るような言葉でつぶやいた。

「だったら、全力で守ってあげなくちゃね」

「ん?」

「あの子たち、ニシにとって大切なんでしょ。だから私も全力で守ってあげる。久しぶりに新技の開発でもしようかしら」

「新技って、『フラッシュver.2』とか叫ぶのか?」

「何よ、その詠唱。かっこ悪いでしょ」

 しかし/カナはとっさに口を抑えた。

「かっこいい、悪いで魔導の発動キーを決めたのか」

「そ、そんなわけ無いでしょ!」

 マナの奔流を感じた=カナがハイヒールにも関わらず魔導を使ってスタスタと走っていって、最初に駅の自動改札をくぐった。


                      †


 どうせなら、お兄さんの横が良かったのに。

 盗み見るようにそちらを見た=右斜め前の座席に座っている。その隣にはモモがいる。会話はよく聞こえないけど、何やら楽しそう=なんだかヤだな。

 横浜駅での乗り換えでうっかりモモに遅れを取ってしまった。ツカサちゃんとルイちゃんとも離れてしまった。

 隣の座席=家を出てからずっとお兄さんと仲良く話してた女の人/カナ。でも、目的地まで30分程度の我慢だ。

 お兄さんってこういう大人な女の人が好きなのかな。

 あんな白のワンピースは私には似合わないかも/膝の上に麦わら帽子を置いて静かに佇んでいる。

 なんだかヤだな。でもいちばんヤなのは常磐の一員だということ。なんだろうこの感情。なぜだろう、こんなことを思い出すなんて。思い出す?

「ゆっくり話すのは初めてね。サナちゃん、よね?」

「あ、はい。はじめまして」

 あーだめだめ。どうしてためらうの。これじゃまるで私が子どもみたい。

「今、中学生?」

「はい。1年生です」

「そう。学校は楽しい?」

 何この会話=こう話しかけるのが大人の仕草?

「はい。ツカサちゃんとルイちゃん……友だちもいて、毎日が楽しいです」

「ふぅん。よかったわね」

 ニコニコな女性。あれ、意外といい人なのかな。

 印象=おでこが広い。

 でもジロジロ見るのも悪いと思い視線を移す。お兄さんと同じ白い腕輪=確か最高位の魔導士を監視するためのGPSデバイス。

「あ、これ? 私やニシみたいな魔導士はこれをつけなくちゃいけないの」

 視線に気づかれていた。やっぱり他の人からの視線に気を使っているのかな。

「邪魔、だったりしませんか」

「ふふ。久しぶりに聞かれたわ。腕輪っていうより大きな輪っかを魔導で浮かばせてるの。もう無意識にできるし、肌に付かないから気にならないのよ」

 そういえば、お兄さんも同じことを言ってた気がする。

「どんな魔導を使えるんですか? あっこういうことって聞いちゃダメなんですっけ」

「まったく、ニシはそんなことを教えているの。魔導士の秘密主義なんて古いわよ。最高位の魔導士はだいたいどんな術でも使えるのよ。得手不得手えてふえてはあるけれどね。私の場合は、光なの」

 カナは人差し指を立てた/その指先がピカピカと発光した。このくらい私にもできるんですけど。

「エヘヘ。私、実は記憶喪失で魔導の使い方を忘れちゃって。だからお兄さんにいろいろ毎日教えてもらっているんです。一緒に・・・

「さすがね。ニシ、あれだけ働いた上に魔導の訓練まで。あれ? ところであなた──」

 カナの顔がずいっと近づく。お化粧/整った眉/ほのかないい香り=大人の女性。

「──あなたのマナへの感応かんおう力、高い感じがする」

「キョーシン、共振ですよ。魔導士どうしの。私は橙クラスのカンノー力ですが、お兄さんとずっと・・・一緒にいるせいです」

 この言い訳を初めて使った。実際の能力は常磐にバレちゃいけないって地主のおじいさんにもお兄さんにも言われている。

 ふたりの意見は身勝手な要望、とも思えず。常磐に秘密を安々と渡したらダメと思い出した・・・・・

 どうしてそんなことを考えてしまうんだろう。目の前のお姉さんはとてもいい人そうなのに。

「ふーん。そういえば、そういう事もあったわね」

「カナさんは、お兄さんより強いんですか」

「フフフ。私のほうが強いわよ。でもニシの名誉のために言うとしたら、得手不得手があるの。戦いやすい敵と戦いにくい敵。お互いにね。私たちはマナの感応力が同じくらい。だからどちらが強いってことはないのよ」

 じゃあお兄さんくらいすごいお姉さんってこと=すごい。

 すごい大人の女になったら、お兄さんも私を対等に見てくれるのかな。

「ところで、サナちゃんはどんな魔導が使えるの?」

 予想できた質問/答えられることは少ない。

「使えるんですが、でも笑わないでください」

「そんなことするはずがないでしょ。頑張ってるんだったら、それだけで素晴らしいことなのよ」

 肩に下げているポーチに手を入れる/手に馴染んだ杖。学校の技術の時間に作った。今は握りやすいように青いビニルテープを巻いている。

「あの、私、この杖で魔導を発動するんです」

「へーおもしろい。触ってみてもいい?」

 どうぞ、と言って渡してあげた。

 カナは不器用に削られた木の棒をしげしげと眺めている=そんなに注目することでもないと思うんだけど。

「なるほど。こういうのもかっこいいな」=カナの独り言。

「えっ?」

「アハハ、なんでもない。最近、どんな事ができるようになったの?」

「えっと発光、発火、浮遊とかです。ありきたりですよね」

「ううん、そんなことないのよ。それに橙の魔導士なら天賦もいずれ発現するでしょうし、楽しみね」

「はい、ありがとうございます」

「将来は、どんなことがしたいの? もしかして常磐で働いてくれるの?」

いやっ」

 はっと口をつぐんだ。どうしてこんな事を言ってしまったのだろう。お姉さんはこんなにもいい人なのに。何かを思い出したのかな。

「ごめんね。ちょっと強引だったわね」

「すみません、私こそ。最近つい言ってしまうことが多いんです」

「大丈夫、気にしないで。中学生くらいの年頃の子はそんなものなの。私だってサナちゃんくらいの時はつい反抗しちゃうときがあったから」

最高位の魔導士の反抗期、ってなんだか怖いですね」

「一線を越えないよう努力をしたわよ、もちろん。魔導士の誇りってやつ。大いなる力に愛された魔導士たるもの矮小な甘言に惑わされちゃいけないのよ。孤高かつ尊大に構えていなくちゃいけないの」

「なんだか、中二病みたいですね」

 ああ、図星なんだ。わかりやすい。大きなおでこの下で眉がひくひく動いている。

 中二病。クラスの男子たちが話していた──知らなかったこと。

 どうやらおおっぴらに話すこと恥ずかしいことらしい。でも覇気のない男子たちが休み時間だけは大仰なポーズで楽しそうにしている/友だちは多くないみたいだが。

「カナさんにもそういう時期があったんですね」

。何のことかしら。わからないわね」

 凛とした印象だったけれど、意外と話しやすい=お兄さんはこういう人が好きなのかな。

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