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「おっすー」

 ノックもなく開け放たれるドア/快活さ&あざとさでイラつかせてくるちびっこ・・・・

 眼前のPCモニター/webカメラから目を離さないよう、手でリンに合図した。

 カナの左耳にヘッドセット=通話の相手は本社の技術部/神経質そうな鶴のような女性=直接会ったことはないが苦手なタイプ。

『──なるほど。では自働工廠で共振器の製造はうまくいったわけですね』

「はい、しかし、何度も申し上げていますが、報告書の41ページをご覧ください。現地での機械の操作が必要であり、リスクがともなうと」

『ふむ。ゆえに遠隔操作による完全自動化を、と』

「はい。魔導機関自体が悪意のあるモノの標的になる可能性があります。内包するマナで怪異も引き寄せる可能性があります」

『しかし、ですね。現地要員は危険を覚悟のうえで任務にあたっています。どのみち、これ以上の対策を講じたとしても、また別の危険をはらむ可能性もあるわけで。現場努力でなんとかなりませんかね』

 どんな言葉を投げかけても、返ってくる言葉は同じだった。日和見主義の本社の連中=ムカつく。怪異のクソ野郎たちも、ここじゃなくて本社を襲ってくれたらいいのに=邪悪な願望を何とか抑え込む。

 背後で気配=リンがwebカメラの視覚ギリギリで、デスクに腰かけて足をパタパタさせている。

「では、次の申請書です。自動警戒攻撃サーチアンドアサルトドローンの配備申請書です。配備はいつ頃になるでしょうか」

『ああ、ええっとちょっと待ってくださいね』

 画面の中で乱雑にタブレットを閲覧している。カナの後ろで、リンも興味津々といったようにワクワク待機していた。

『却下されました』

「報告書にあります通り──25ページです──従来の対潰瘍防衛行動は潰瘍の内からくる脅威に対してでした。今後、悪意があるモノが潰瘍外部から現れた時に備え、即応体制のある戦闘機械が必要です」

『だめです』

 つけ入るすきもない=ムカつくんですけど。

「また防衛省の横槍ですか。連中がそんなに口出しするなら、対怪異戦闘を習熟してから──」

『佐藤主任、常盤は巨大な組織ですがゆえに分配できる備品も限られています。旧東京支部は精鋭の強化外骨格APS部隊に加え、最高位の魔導士を、あなたも含め2名配備されています。これは世界各地の潰瘍監視基地と比較して最高峰の戦力なんですよ』

 何度も言っている。それらは替えの効かない命だということを。一度失われてしまったら取り返しがつかなくなる。

「わかりました。報告は以上になります」

 通信終了/挨拶を言い終わらないうちに回線を切断した。

「わっはーイライラしてんね。重い日・・・なら、薬を飲むかゆっくり休めばいいじゃん」

 リン=こちらの気も知らないで。

「そんなの、先週にとっくに終わってるわよ。本社の連中、現場の苦労を知らないだけ」

「それが社会ってものよ」

 おしゃまな少女、という風貌だがまあまあの年上なので認識が時々誤作動してしまう。

「で、私におせっかいをしに来たの?」

「はいこれ。使用した弾薬数、破損した武器の補給の書類と、各隊員に聞き取った戦闘報告書。タコの魔導生物と、あとあのクソ野郎について、行動パターンを分析した私なりの戦術提案が24種類」

 どさり、と漫画雑誌のような厚さの書類を置く。

社内SNSスカッシュで共有してくれたら手間が省けたのに。あとクソ野郎じゃなくてJ1ジェーワン。隊長なんだから正式名称で言ってよね」

「なにそれ、初耳。ニシによると“ジン”と名乗ったらしいけど」

「さっき会議で決まった」

「じゃあ、あたしが知っているわけないじゃん。もーでこちゃん・・・・・、イライラしすぎ」

 イライラ? 常に冷静沈着な私が私情を優先するわけないじゃないの。

「コードF2が発令されたから、頑張って捕まえないと」

「捕まえろって? あれは直感的にかかわっちゃダメな奴だってビシビシ感じるの。女の勘ってやつ。わたしの■■■がそう言ってる」=どや顔。

 カナ=唖然/溜息。

「どうして、わざわざ■■■に例えるのよ」

「例えじゃないもん。下半身全部が義体だけど■■■だけは生身だから」

 カナ=目頭を押さえる/天才とバカは紙一重とはよく言ったものだ。

「ところで足の調子はどう?」

「んー全速力で走った時、ちょっとバランスが崩れるかな」

 リンはすらっとした健康的な足を組んだ=うらやましい造形/男の子はこういう足のほうが好きなのかな。

慣熟操作かんじゅくそうさは早歩きまで、って言ったよね、まったくもう。膝から先を換装したけど、調子が悪いなら全換装もできるわよ。スペアがまだあるから」

「あーやだやだ。時間がかかるじゃんあれ」

「念のためよ。J1ジェーワンの攻撃で切断された先が無かったでしょ。あれ、純粋な魔導攻撃で消されたの。だから付術エンチャントの神経接続部分で障害が起きるかもしれない」

「かもしれない、で40時間もぶら下げられるの嫌だもん」

「じゃあ、無茶な運動はしないこと。あと夕方にもう一度、1号棟のワークベンチに来て。最終調整しましょ」

「あーい、センセー」

 リン=ケラケラと/クラスにひとりはいる悪ガキといったふう。あざとい言動をニシの前でするたびにイライラする=もしかしてライバル?

 リンはぴょんとデスクから飛び降りると、

「じゃあ、あたしはもう行くけど、いい情報を教えてあげようか」

「どうせろくでもないことでしょ」

「ふふーふーん。ニシのこと」

 ドキリ。心臓が跳ねた気がする/深呼吸=冷静さを装う。バレてないよね。

別に何ともな・・・・・・いですけど・・・・・

 しかしリンはニタニタと小悪魔的笑みを浮かべた。

「明日、ニシは海に行くらしいよ」

「そういえば、家族みんなで行くって言ってた気がする。もう夏休みの季節なのね。学生時代が懐かしい」

「で、行けば?」

「は?」

「だーかーらー、一緒に行けばいいじゃん」

 一緒に? 海に行く? 水着を着て? 肌を露出しあう?

「パスパス。家族水入らず、楽しむべきよ」

「でもさ、ニシはまだ本調子じゃないのよ。怪我してて海に入れないし。そんなときに子ども6人の子守をしなきゃいけない。だったら、もうひとり大人がいていくと頼もしいじゃない」

 なにそれ、アピールチャンスじゃん。

「で、でもどうしてわざわざ私に? あなたが行けばいいじゃない」

「あたしはねーいろいろと忙しいの。明日はテツのお母さんが来たり、宿舎の私物を片づけたりしなきゃいけない」

「それだったら、私も」

「いーのいーの。あたしニシに対して特別な感情はないし」

 リン=ニタニタ笑みを浮かべてオフィスから姿を消した。

 何なの、もう=思案。

 魔導でスマホを引き寄せると、顔の前に浮かべた。

「OK、google 水着が買えるお店」

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