21

 トーン。トーン。トーン。

 天候:快晴。真夏の日差しが降り注いでる。

 ニシはそんな天候の中で、不自然にも屋上へ来ていた。エアコンで冷えた体を温めようと思い/しかしぼんやりと思考が定まらず。ビタミンDが生成されるのを肌で感じながら日光浴にいそしんでいた。

 トーン。トーン。トーン。

 基地の北側/ニシが半壊させた施設を、無人で動く魔導機械が24時間体制で修復をしている。あれからわずか5日だというのに、天井部に空いた穴がふさがっている。

 ガチャ

 屋上のドアが開かれた。ぶかぶかの常盤マークのジャケットが風でばさばさ揺れている/前髪が崩れないように撫でつけている。

「あっつー。それに風が強すぎ。なんでこんなところにいるのよ」

 カナ=ぐちぐちと文句を言いつつもニシの横に並んで工事現場を眺めた。左腕に白環=最高位の魔導士を監視するためのGPSデバイスが揺れた。

「仕事をさぼりに来たのか」

「んなわけないでしょ。午前中はずっと書類処理をしてたんだから。補修申請、稟議書、労災、エトセトラエトセトラ。それにニシを探してたのよ。はい、これ。サインして」

 常盤のマーク入りバインダー&やたら“0”の多い金額が書き連ねられている書類。

「特別報奨金?」

「ええ、そうよ。また世界を救ったわね。とても安い金額だけど、これで我慢してね」

「命がけの作戦は、バイク1台分の値段か」

「バイクって、もっと安いでしょ」

「ガソリンエンジンのほうはこれくらいの値段なんだ」

「ガソリンねー。揮発性爆発物よ。危険な趣味ね」

 じぃっと書類を見つめた/以前貰った時の額より1割増し。しかし素直に喜ぶこともできず。

「あれだけ派手にぶっ壊したのに、金をもらえるんだな」

「あの防爆ドアは、戦後に余った軍用品なの。メーカーの不良在庫品のね。安物よ。とはいえ、核爆発には耐えられても魔導士にとっては飴細工ね。次に発注しているのは自社製の耐魔導性能付きの防護扉。たぶん私でも破壊するのに、そうね、10分くらいかかるやつ。ま、いい機会ね……サインしないの?」

「これ、口止め料、ってことじゃないのか」

「わかんないわよ、そんなこと。私は本社の指示通りに書類を渡しただけなんだから」

 カナをわざわざ咎めようという気にもなれず/とはいえ今回の出来事は口外できるようなものでもなく。

「彼女、泣いていたわ」

「彼女? リンのことか」

「ええ。3階の女子トイレで。気丈にふるまっていても、あー見えて弱いところがあるから。ニシにだけ・・・・・はそういうそぶりは見せないと思うけど」

「俺? 自称・お姉さんキャラを演じているから、だとか?」

 つーん、とカナが横目で見てきた。

「ま、気づい・・・てない・・・のなら、別にいいんだけど」

「リンの義足のこと、知っていたのか?」

「もちろんよ。だって私が整備してるんだから。私、魔導工学のエキスパートなんだから。忘れたわけじゃないでしょ」

 正直なところ、ここ最近は事務処理をしながら、エアコンの設定温度の低さにグチグチ文句を言っている姿しか見ていない。

「もちろん、忘れてない」

「どうかしらね。魔導式義体は私の研究テーマのひとつ。社内の極秘だし個人的な医療履歴にも触れるから、おおっぴらにできないの。ほかに知っている人は、前の職場で同僚だったケンさんくらいかな」

 寂しそうに/誇らしそうに胸を張った。

「そうか。全然気づかなかった。まるでSFだな。アナキン・スカイウォーカーといったところか」

「何その例え? 昔の映画だっけ」

「ああ。知らないのか」

 カナは首を振った。

「この前も言ったけど、魔導工学は科学の発展のボトルネックを取り払う役割があるの。従来の電動式義体だと、車サイズのコンピューターとAIでアクチュエーターや感覚器を操作していたけれど、もちろん実用的ではないし脳に電極を埋め込まなきゃいけなかった。でもリンのは最新式。魔導で神経系と電動回路の橋渡しをしているの。だから人体と同じサイズで試作することができたってわけ」

「試作? 5年前からあるならとっとと実用化したらいいじゃないか。魔導災害やら第3次大戦あの戦争で四肢に障害を負った人は多いんだ」

「リハビリに時間がかかったり、製造にコストがかかりすぎるっていう問題もあるけど、一番の問題は幻肢痛げんしつうね。なくなったはずの手足が痛む、っていう症状。四肢がリアルすぎるせいで症状が悪化してしまうの。心理学は私の専門外だからどうしようもできないけど、ちびっこ隊長の場合、症状はなかったわね」

「半年で戦えるようになった、って言っていたぞ」

「はぁ、そんなことまでカミングアウトしたの? それはイレギュラーよ。私見だけど、施術以前から、あのおちびさんは強化外骨格APSをうまく扱ってた。だから機械の足になっても違和感なく操作している。自分の足だと認識していないからこそ、ね。あるいは、そうね、強烈な意志、かしら」

「戦おうとする、意志?」

「たぶんね。心理学は専門外だからわからないけど」 

 カナ=専門的な高説を終えて、ググーと伸びをした。

「リンもテツさんも、ほかの筋肉野郎たちも、胆力だけはすごいよ。死を前にしても動じない。覚悟っていうやつかな」

「ほんと。普通の人間なのにすごいよ。もし私が魔導が使えない人間だったら、あんなには戦わない──ごめんなさい、ちょっと不適切な言い方ね。撤回するわ」

 左腕の白環がカラカラと揺れた。

「カナはどうして戦ってるんだ?」

「私? 特技が生かせるからよ。以上」

「フラッシュ、みたいに」

 ニシの指の先が短く発光=簡単な魔導で真似まねをして見せた。

「うぅぅ。戦いもそうだけど、魔導工学の知識もね。それと、“蚊帳かやの外”ってのは嫌だからさ。私の家、大分でさ、5年前の潰瘍発生の時も九州にいたの。世界で起きている大惨事もテレビの中の出来事に過ぎなかった。だから、私なりにもっと関わりたいと思ったの」

「安全圏からあえて渦中かちゅうに飛び込もうと」

「また余計なことを言ったかな。気を悪くしたならごめん」

 ニシ=肩をすくめて、

「どうってことないさ。あれもカナがいてくれたからこそうまく行ったんだ」

 2か所/大穴が空いた地下工廠と潰瘍の方向をバインダーで指して見せた。そしてのろのろとした手つきで報奨金受け取りのサインをした。

「はい、これ」

「どうも。奴、また現れるのかな。ジン、って名乗ってたわね」

「知っているのか?」

「ええ。本社の保安部が監視カメラの映像をHDDごと接収する前にね。すごい戦いだった」

「カナだって、かなり活躍したみたいじゃないか」

 ふと気づくと、ニンマリした笑顔がとなりで揺れていた。

「えへへ。でしょ。すごいでしょ。戦闘AIに映像を処理させてみたら、私、300匹のC型怪異を一掃したの。ね、すごいでしょ」

「ああ。第2小隊の黒木さんが、『鬼神のような戦いぶりだった。ぜひ神棚にそのさまを映した写真を奉納したい』って言ってた」

 カナのニンマリ顔=ため息に変わる。

「一応、私、神社の養子なのに。うぅ、不敬すぎる」

「カナなら、あのジンって奴と互角に渡り合えたかもな」

「私は、無理かな。ああもすばしっこいのは苦手。だからもし、奴が襲ってきたときはもう一度お願いね」

「あれだけ燃やし尽くしたんだ。しばらくは戻ってこないさ。かくゆう俺もまだ本調子じゃない」

「傷がまだ痛むの?」

「そっちじゃなくてマナのほう。高度な魔導を使いすぎた上にカグツチの修復にもごっそり持っていかれた。おかげで今朝はを使って機械でトーストを焼いたんだ」

「もし生活に不都合があるなら、その、手伝いに行こうか」

「ありがとう。でも大丈夫だ。子どもたちもそれぞれ家の仕事をしてくれているし夏休みの宿題だって自分でやってる。というか、カナ、いつにもまして積極的だな。部下をおもんばかるいい上司ってことか、佐藤主任・・・・?」

「べ、別にそういう意味じゃないから……ん? 違う、そう、そうなの。いい上司でしょ」

「そうか。いつにもより面白いな」

 サインをし終えたバインダーを返した。

「今日はもう上がったら? とりあえず仕事はないし。あれだけ大変なことがあったんだからうちでゆっくり休むべきよ。明日も休みだし、ゆっくり回復して」

「本当にいいのか」

「いつもはとっとと帰るくせに。私の気が変わらないうちに早く」

「そうか、なら甘えさせてもらうよ。もし何かあったら連絡してくれ」

 妙な優しさに警戒をしつつ/裏表のないところがカナのいい部分だと信じた。

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