20

 またしても入院。

 以前は無意識のまま3日だったが、今回は目が覚めた状態で3日だった。手術&検査入院。皮膚をつなぎとめているステプラーの針がズキズキと痛い。

 後々になって言われたことが、怪我をしたまま自働工廠の作業を行いそのせいで出血が多かったらしい。幸い、傷は内臓まで達しておらず、常磐興業の魔導を応用した造細胞製剤もあるので1週間ほどで回復できるらしい。

 子どもたち=今日にも退院できるのでお見舞いは無し/家で待っている。案外そのほうが心配させなくて済んでよかった。

 ぼんやりと窓の外を見やる=黒いドームの潰瘍が見えた。緩慢な思考の中で疲労を感じた。またしてもマナを使いすぎ/さらにカグツチの回復にマナを吸い取られ/さんざん精神科医に禅問答をされた。

「やっほー」

 病院に似合わない快活な発声=リン。

 すたすたと元通り・・・の足で歩いている。あの時、ストレッチャーに乗せられ病院に運ばれたはずだったが。

「元気? ニシ」

「病院でその挨拶は不謹慎じゃないのか」

「ふふん。それがあたしの取り柄だからね。それに、あたしは軽傷で済んだし」

 ニシはじぃっとリンのほうを見やった。

「うまくやれたじゃん、あたしたち。あの謎の敵は魔導機関を狙ってたんでしょ。確かに、見たこともない強敵だったけど、無事撃退できたじゃん。新手の敵を前にして、兵士ってのは普通、生きては帰れないものなの。例えば、ソンムの戦いのMk.1だったり、ロンドンを空襲したツェッペリンだったり」

 軍人らしいはげまし/ニシには何を言っているのかわからず。

「テツさんの腕。俺がもう少し敵に気を配っていたら、ああはならなかったはずだ」

 例えばもう少し、カグツチと共闘していたら、魔導障壁をより厚く怪異の攻撃に最適化していれば。それ以前にあの敵、ジンと名乗った彫像のような少年を撃退できていたら、結果は変わっていたかもしれない。

 リンと目が合った。上から見下ろしている/普段はこの視点で見ることはない。

「いいものを見せてあげる」

 リン=ホットパンツのベルトに手をかけると、全てを一気に下げた。

 恥部があらわになる=ニシはとっさに目をそむけた。

「なっ!」

「せっかく美少女のハダカが見られるのに、どーしたの? あ、さては女の子のハダカ、見たことがないんでしょ」

「そうじゃなくて! というか少女って歳じゃないだろ」

 見た目は少女/しかし年上ということはわかっている。

「ひどいなー。女の子にそんなことを言うなんて。というか、見ないの? 早く見てくれないとスースーして気持ち悪いんだけど」

 意図=不明。リンの行動の節々は意図不明なことは多々あるわけだが。

 チラリ。視界の隙間でのぞいた。きめの細かい肌/絞られた肉体/しなやかな筋肉がついている健康体──しかしへそからやや下の色が上下で若干違っていた。

 きれいすぎる肌だった。シミもしわも、ひとつもなくのっぺりとしている。

「ふふ、よくみると違和感アリアリでしょ。これ義足なんだ。シリコン製の皮膚だから」

「義足?」

 記憶にある義足と齟齬があった。どう見ても生の肉体だった。

「具体的には骨盤から下全部」リンが指で示した。「骨格はチタン、人工筋。この背中のソケットは、脊椎につながっていて、強化外骨格APSと接続ができるようになってる。でも、内臓はオリジナルの私のまま。だから■■■■もちゃんとできるの……ってあまりじろじろ見られるのは嫌なんだけど。ソコはオリジナルのあたしと同じ形だから」

「あ、すまない」

 ふたたび目をそらした。背後でカチャカチャ=ベルトを締める音がした。

 リンはパイプ椅子に腰かけるとリクライニングして起き上がったベッド=枕元に肘をついた/顔が近い。

「えへへ。びっくりした?」

「目の前でズボンを下ろしたら、びっくりするのは当然だろ」

「何その反応? ドーテーみたい。でも義足のことは言ってなかったからねー」

「あの戦いの時は、何かの聞き間違えかと思ったから。それにすぐ救護班に運ばれていったし」

「5年前の事件の話、したよね」

「相模湾上陸未遂事件、だろ」

 忘れるはずもない/リンの隠された過去のひとつ。

「戦闘終結したあと、強化外骨格APSを脱ぐと急に立てなくなっちゃって。知らない間に砲弾の破片が脊椎せきついに刺さってたの。おかげで下半身不随。そのまま平塚の野戦病院に運ばれて。魔導災害のさなか、一歩も動けなくて悔しくて悔しくて──」

 じぃっとリンをのぞき込む/また泣き出すんじゃないだろうかとひやひや。

「──1か月くらいして傷が治ったとき、常盤興業の技術者が来たの。プロトタイプの義体、要は機械の体ね。無償提供と永続的なメンテナンスと引き換えに常盤の保安部に所属して治験とデータ収集をすることを提案されたの。だからあたしは二つ返事で了承した」

「でも、体の半分を、その、なんだ、切り取るんだろ」

「どのみち動かない体よりはマシよ。で、半年のリハビリを経て完全復活。常盤の強化外骨格APSを着てバッタバッタと怪異を倒す日々の始まり」

「あの頃はまだ怪異が多かったからな。にしても思ったよりも前向きなんだな」

「何言ってんの、もちろんショックよ。私もふさぎ込んでた。最初だけは。でもいーじゃん。この義足、1億円以上するんだってさ。ラッキーだったと思うの。たぶん、テツもそうなる。機械の腕で復活するの」

「どうして……どうしてそこまでして戦うんだ。せっかく生き残ったのにまた危ない橋を渡ろうとしている」

 スッとリンがんだ瞳を向けた。

「ニシだって、危ないことしてるじゃん。潰瘍から生き残ったのに、まだ怪異と戦ってる」

「魔導士は、ふつうの人間より死ににくいからだ。普通の人間はその窓から落ちただけで死ぬだろう。俺たちは違う」

「何が言いたいの?」

 ぞっとする冷たい声だった/しかし言い返すだけの言葉は、暇な病室でさんざん反芻はんすうしていた。

「俺がもっと強ければ。もっとちゃんとしていれば、誰も傷つくことがなかったんだ。テツさんには申し訳が────アッ」

 リンの体が翻った/猫のような素早さでニシに馬乗りになった。

「痛ッ、傷はまだふさがってない……というかなぜ乗る」

「絶対に謝っちゃダメッ!」

 リンはニシの胸倉をつかんだ。

「何を──」

「5年前のあの日から、私は戦ってきた。ううん。私だけじゃない、みんなそう。もちろん、怖かったこともある。死にかけたことだって何度もある。だけどね、それでも、みんなそれぞれ思いがあるの。自分が頑張れば、助けられる人がいる。だから戦うの。たとえ手足を失っても、機械の手足でもっと強くなって、もっとたくさんの人を救う。だから戦うの。だから──」

 胸倉をつかんでニシの頭をぐらぐらと揺らした。

「──だから、絶対に謝っちゃダメなの。これは、私たちが戦ってきた証。人を救ってきた勲章なの」

 すごみ。テツさんの言っていた、リンの胆力の一端を知れた気がする。

「ああ、そうだな。すまない」

「だから、謝んないでって言ったでしょ」

 ぺし。力を抜いて叩かれる。

 リンは軽やかな身のこなしでベッドから降りてくれた。

「行くよ。歩けるでしょ」

「行くって、どこに」

「テツの病室。隣なのよ。さっき集中治療室ICUから一般病棟に移ったところ。だからみんなお見舞いに来てる」

 みんな=筋肉野郎たちのことか。

 顔を合わせないという選択肢/なし。

 3日ぶりに立ち上がったせいかややふらつく=リンに支えてもらった/肩回りに手が触れた=カチカチの腹斜筋だった。

「思った通り筋肉質だな」

「サイテー。ほんとサイテー」

 グチグチ言われながらも、歩行に慣れるまで付き合ってくれた。

 隣の病室は間取りは同じ=しかし筋肉野郎が詰めかけているせいで狭く感じた。それにどことなく暑苦しい。

 筋肉の隙間からテツが見えた。

「──そんで、ぶったまげたわけさ。ハハッ、あのクソ野郎に銃が全然効きやしねぇ。あんなのは初めてだった。殺気が違うんだ。んでよ、そこでニシさんの登場ってわけだ」

 どうやら戦闘の仔細しさいを身振り手振りで雄弁に語っているようだ。時折、筋肉たちの雄たけびに近い歓声が上がる=ここは病室なのだが。

「──やられたときは、まあ正直だめだと思ったよ。かーちゃんの顔が思い浮かんで『ああ、正月に帰省しときゃよかった、アーメン』てなぐあいにな。ところがどっこい、あのニシさんの登場だ。あのクソったれ野郎を燃やしちまったんだ。バーン!」

 雄たけび=歓声。廊下を通りがかった看護師がしかめっ面を浮かべた。もはや注意を諦めたといったふう。

「まったく、野郎たちは」リン=保護者のようないらえ。「こらこら、ここは病室だぞー。ギャーギャー騒ぐんじゃない。死人が起きちゃうでしょ」

 一同=ゲラゲラと笑った。後ろにいた看護師も鼻息を荒くして、どこかに立ち去ってしまった。

「おっ、これはこれは。我らが大英雄、ニシさんじゃぁねーの。怪我の具合はどうだい?」

 筋肉たちが脇によける=もっと近くに来い、という合図。

 テツがベッドに横たわっていた。顔色はよさそうだった。

 右の肩口だけじゃなく体の各所を包帯でぐるぐる巻きになっている。

 とっさに出かかった言葉を飲み込む。

「ちょっと痛みますが、全然平気です」

「ほぉ、そいつはよかった。ニシさんよぉ、結構心配したんだぜ」

 それはこっちの言葉である。テツはリンに負けない豪胆さを持っているようだ。

 テツ=ハニカミながら言葉を選んだ。

「ありがとな」

「えっ!」

 思わず素っ頓狂すっとんきょうな反応をしてしまった。

「ニシさんよぉ、あんたがいなきゃ俺はとっくにくたばっちまってた。もちろん隊長もだ。なまじ人間が戦っていい相手じゃなかったなぁ、あれは。だから感謝してるんだ。俺はまだ生きてるし、かーちゃんにも……いやこの姿だと叱られるなぁ。ほら、うち、かーちゃんしかいねーからさ」

「それが、テツさんの戦う理由ですか」

「ん? ああ、どうした急にクソ真面目な顔になって。そりゃ、かーちゃんを守らなきゃとは思ってるさ。でもかーちゃんだけじゃねえ。できる限りたくさんの人を守りたいと思ってる。ここにいる連中も、大なり小なりそー思ってるんじゃないのか」

 筋肉野郎たち=首肯。巨大な僧帽筋を動かす。

「テツさんのおかげで、あの時戦えました。守らなきゃ、って思ったら奴を殺せる勢いで戦えました」

「殺すっつーか、生き物かどうかも怪しいがな」テツ=歯を見せて笑った。

 テツ=残った左腕を上げてこぶしを突き出した。

「ニシさんよぉ、まあ、次も頑張ろうや」

 互いのこぶしを突き合わす/再び筋肉野郎たちの雄たけびが轟いた。

 ジン=あの敵は強い。だがこちらには仲間がいる。ひとりじゃない。互いがカバーしあい、攻撃し、そして励ます。戦術さえしっかり組めばかなう相手のはずだ。

「あの、すみません、ちょっと」

 筋肉野郎たちの背後/頃合いを見計らって、カナが現れた/控えめに声をかけた。相変わらずぶかぶかの常盤興業のエンブレムマーク付きのジャケットを着ている。手には、こちらも常盤興業のマーク入りのバインダーを持っている。

「こちらにサインを、いただけませんか。社、からの特別報奨金です」

「ハハッ、いいねえ。金はいくらあっても困らない。いち、じゅう、ひゃく……ほぅ、しばらく働かなくて済みそうだな」

 テツは左手でぎこちなく、複数の書類にサインした。

「そして、あの、ちょっと、これはですね」

「べーつに文句言ったりしないからさ。佐藤女史、何でも話してくれていいんだぜ」

「社、からの提案です。魔導式機械化義手を無償提供します。最低でも10年間、常盤に所属し、治験、行動、戦闘データは逐一提供することになりますが、永続的なメンテナンスをします」

 テツは差し出された契約書をしげしげと眺めた。カナの説明以上に事細かな文字で免責事項やら規約がびっしりと書き連ねられている。

「佐藤女史」

「はい」

「俺ぁ、どのくらいで復帰できるんだ」

「リハビリ、でしょうか。それなら──」

「いんや。銃も持って戦えるかって話だ」

「最短で1年程度です。しかし、脚部のリハビリは最低2年かかることを踏まえれば、比較的短期間だと思います」

 チラリ。ニシはリンを見てみた/リンもニコリと目くばせする。

 両足のリハビリを半年で終えたというのは本当だろうか。

「ひとつ、条件がある」

 テツ=鋭い眼光だった。カナも思わず息をのんだ。

「ええ。社、はできる限り対応いたします」

「腕に、仕込み銃をつけられねぇーかな」

「は? 仕込み……」

「おう、銃だよ銃。例えば、こう、腕がバシャッと開いて中からショットガンが出てくるみたいな。昔、カートゥーンで読んだことがある」

「GIS 1期14話ですね、はい」

 ハシの丸メガネが光る=歩くウィキペディアが素早く反応した。

「ええ、技術部には可能な限り、言づけておきます」

「ハハッ、まあ頼むわ。俺の戦いはまだ終わっちゃいないからな」

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