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 たまには、珍しい組み合わせもいいでしょ。リンの言葉が思い出されてた。

 新横浜港=その脇に怪異発生以前から建っているランドマーク・タワー。ここが新合衆国代表と常磐の会長との会談場所だった。

 建物西側のプロムナードから金髪筋肉だるま=テツとふたりで警備に当たっている。

 テツは強化外骨格APSMk.IVマークフォー自動小銃という物々しい装備の一方、ニシは常磐のロゴが入ったマウンテンパーカーのみ。

 まるで侍と下人/しかし、ニシの戦力は原爆1発分=保安隊の筋肉野郎たちの総意。

「どうして軍隊みたいな装備が必要なのか、わかりました」

 眼前のテツの強化外骨格APSが、ピカピカとLED光を放つのを見ながら言った。

 普段、テツとペアを組むことはない/今回はリンの思いつき=「いつもと同じだと面白くないじゃん」

「ハハッ、この世には光と闇があるってもんさ」

 高架のプロムナード/そのすぐ下=ランドマーク・タワーの敷地にそって警備の警察官が立ち、それに対峙するかのように白髪とシワの目立つ中高年ばかりのデモ隊がいた。ざっと見た限り100人ほどか。

 手にプラカードや横断幕をもち何やら叫んでいる。早朝からじわじわと集まり始めたが、昼頃になると疲れからか静かになってきた。

 協調感のないシュプレヒコールが、まとまりなくいんいんと響いている。

「ハハハッ、みんな必死だな。反常磐、反合衆国、反魔導エネルギー、反新日米安保ってか。お暇なもんだねぇ」

「俺たち、悪者なんですかね」

「おや、ニシさん、ここにきて罪悪感かい?」

 テツ=ニカッと笑った。なんとなく、気持ちを読み取られる気がしてつい顔をそらした。

 様々な団体から寄せ集められたデモ隊の周りでは、記者たちが写真を取りながら動き回っている=まるで銀蝿ぎんばえ

 記者のカメラが、ときどきこちらを見ていた。圧制者の手先&被虐者という構図のつもりなのだろうか。

 常磐の隠された部分=構造がブラックボックスの魔導機関、潰瘍の発生後封じ込めを成功させた常磐の会長の秘技/だがそれ以上に確かなのは、生活が豊かになっていこと=電気代はかつての1/10/魔導産業は様々な技術の向上に寄与/魔導セルの生み出す無尽蔵のエネルギーによって公害も温暖化も過去の話となった。ここまで悪口を言われる理由はない。

「気ぃにすることはないと思うがね、ニシさんよぉ」

「テツさんは、慣れているんですか」

「ああ。もっとドギツいのもな。バマコにいたときはデモなんてしょっちゅうさ。だがそこで群れてるジジババのファッションデモとは訳が違う。俺が見たのは命がけのデモさ。凶作で作物が取れなくて、豆やらあわなんかの食料援助を求めるデモだったんだ」

「食べ物が、作れないんですか」

「10年ほど前か。今じゃ魔導機関で水やら肥料は好きなだけ作れるが、当時は宗教的な理由で導入が遅れていた地域だったんだ。そのせいで飢餓と暴力が引き起こされていた。命がけってのは食いもんだけじゃねぇ。即席爆弾IEDもそこら中あって、誰彼構わずふっとばされてた。知ってるかい、ニシさん、人ってこぶし大の石が当たっただけで死ねる・・・んだ。投石で若い兵士が死んで、パニックになった隣の兵士が水平に銃を撃って。まあ、そーゆーのは当時は日常茶飯事だったわけだ。ちょいと、キツイ話だったか」

「いえ、別に。大丈夫です」

「あそこのジジババ達を見てみな。投石どころか、会場に突入して血判状を突きつけようという気はないんだ。だからファッションデモってんだ。腹が減ったらそのうち家に帰って、魔法・・で作った電気で、快適な暮らしをしてんだろぅよ」

魔導・・で、です」

 お行儀の良いデモ隊は気まぐれに広がったり集まったりしながら南側の通路へ移動していた。誰を守っているかわからない警察たちもひっついて歩き、銀蝿たちもシャッター音を立てながらひっついて行った。

「あの、失礼なこと、聞いてもいいですか」

「あん? かーちゃんの悪口以外なら何でもいいぞ」

「人、撃てますか。例えばもし、さっきの集団の誰かが体にダイナマイトを巻き付けていた、とかすると」

「ハハッ、ダイナマイトだけじゃそこまで殺傷能力はないなあ。量にもよるがせいぜいヤレるのは10人が関の山か。やるなら、おすすめはコンポジションC-4だぜ」

「いえ、撃てるかどうかです」

「殺せるか、ってことだろ。ああ、まあそうだな。JuともNonとも言えるなぁ」

「ドイツ語?」

「フランス語。たしかに人を撃ったことがある。生死を確かめたわけじゃないが20人は死んでいる。たぶん。戦場はいちいち誰の弾で死んだか、とか確かめないからなぁ。ハハッ、俺を殺人鬼か何かと一緒にはしないでほしいなぁ」

「そんな事はないです」

「俺だって、無実の人間を撃ち殺せと言われたら、即座に自分の頭を撃ち抜くだろうよ。ただな、俺が見てきた連中ってのは、弱者に銃口を向けるクソ野郎たちだ。だから撃たざるを得なかった。ハハッ、ニシさんよぉ、第三次世界大戦あのせんそうについては聞いたことがあるかい」

「ええ、まあ。政府発表と、あとはリンのことで」

リン隊長さん、ああみえてずいぶん死線をくぐってきたらしいからなぁ。第三次世界大戦あのせんそうは1時間で終わった。それは先進国同士の話だけだ。第三国ではアメリカっていう警察がいなくなったせいで、ちょっと領土を広げようだとか、大統領を倒して下剋上してやろうって野郎だとか、先進国から盗み出した武器をそいつらに売ろうってクソ野郎だとか。5年前、俺はフランスにいた。ヨーロッパはイギリスやらドイツやらが頑張ってたんで、俺達は西アフリカへ2年派兵された」

 金髪筋肉だるま=テツは遠くを見ながら、

「あそこは地獄だった。ニシさんよぉ、今朝何食べた? ニジェールじゃ、朝食のパンのために殺し合いが起きていた。俺がとある村へ駆けつけたとき、少年が老人にAKを向けていたんだ。俺は撃つしかなかった。あの少年だけは俺が殺したと、確実にわかっている」

「それでもまだ、銃を使っているんですか」

 しまった=言い過ぎた。テツの鋭い眼光が見えた。しかし訂正を入れるよりテツのほうが速かった。

「ハハっ、そりゃそうだ」

 金髪筋肉だるまが、肩を揺らして笑っていた。

「すみません」

「なぁに、謝ることじゃないさ。俺ぁこう考えているんだ。人を殺したんじゃない。救ったんだ、って。さっきの話。あの後、老人に感謝されたんだ。村人たちは皆で俺たちを歓迎してくれた。盗賊から村を守った、って。だから、ニシさんよぉ、よぉーく考えてみることだ。殺人イコール悪だとみんなが思っているが、論点はそこじゃない。奪うものから奪われるものを守れるかどうか、なんだ。そして俺たちにはそれを行使するための道具がある。なら、撃つに決まっているだろぅ」

「それは、分かっています。分かっている、つもりでした。先月、怪異に取り憑かれた魔導士と対峙したとき、致命打を与えることができなかったんです。殺してしまっていいのか、と心のどこかでブレーキがかかってしまって」

魔法使い・・・・のよく言う認識ってやつかぁ。佐藤女史もときどき魔法についての御高説でよく言っている」

魔導士・・・の、です。命を奪う認識でなければ、命に至る魔導は発動できません」

「なら、こぅ考えるのはどうだ」

 くるりと、金髪筋肉だるまが眼前に立ちふさがった。高身長+強化外骨格APSでカグツチのような体格がある。

「命を奪うのは一つの側面に過ぎない。他方では命を救ってる。なら悪しきものを撃つのも命を救う手段だと認識すれば、おのずとつぇー魔法をぶつけられるんじゃないか」

「はい、その通りです。できるかどうか、わかりませんが」

「ハハッまぁそう結論を急ぐこたぁないんだ。今から戦争に行くってわけじゃない。もう昼だ。ニシさんよぉ、メシ、食ってきたらどうだ。腹が減ってちゃ考えれるものも考えられないってもんだ。軍人にとっていちばん大切なことは、食えるときに腹いっぱい食っとくってことだ」

 反論/許されず。言い返す言葉も見つからず、テツの言う通り、昼食を摂ることにした。

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