7
ちらり。まだ6時半。
いつもなら子どもたちが順番にお風呂に入ってその間に夕飯を準備する/でも今日はお兄さんの帰りが遅い日。料理は準備ができているらしく、子どもたちはだらだらとお風呂に入ったり自室で遊んだりしている。
楽しそうな声が壁を超えて聞こえる/私の部屋はがらんとして誰もいない=大人は1人1室という決まり。
ルイちゃんとツカサちゃんのアドバイス=夏休みの宿題は早く済ませておく。夏休みの宿題───
学校で習う学問は一通り知っていた。自然と手が動く。しかし宿題の量には閉口した。初日で全部終えるなんで無理でしょ。
聞こえた。バイクの音=お兄さんが帰ってきた。
ふと、勉強机の脇においたアウトレットモールの紙袋=今日買ってきた水着が入っている。
「好きな人を想って、か」
ツカサちゃんの言葉がつい、出てきた。好きな人が、いたような気がする。でも思い出そうとしたらチクリと心が軋む。もう一人の自分が記憶を隠してしまっているような。思い出すべきではない、とも直感した。
お兄さんに対しては、好きとかそういう感情じゃない
玄関が開く音。子どもたちがにぎやかに出向かえる声。
そして隣室=モモの部屋がいつもになくドタバタと忙しい。
何事かと部屋の引き戸を開ける/眼前を肌色多めな人物が横切った。
黄色い声=モモ。
「ニシ兄ぃ、おかえり。どう? この新しい水着」
見せびらかしている。心が焦る。
猛烈に着替えないといけない、そう思った。跳ねるように踵を返すと一気に服を脱ぎながら窓のカーテンをきっちり締めた。そしてタグが付いたままの水着を着た。
ドキドキする。それ以上にスースーする。姿見の前で確認=ツカサちゃんの言葉「
同世代の子たちより■■が長いらしい=やっぱり本当の年齢は16歳くらいなんじゃないだろうか。
鏡のチェック、よしっ! 深呼吸=上がった息を整える。
部屋を飛び出すと、モモの横に並んだ。
「どう?」
言葉に詰まる質問×2にニシは息が詰まった。
モモに加えてサナまで水着姿で飛び出してきた。どちらも肌色が多めなビキニスタイルだった。
モモの方フリル&花柄「キュートでポップな可愛さ」の体現/サナの方は真っ白なビキニ&布面積はやや多め「真面目さと清楚さとセクシーさの欲張り」の体現
モモは仁王立ちだったがサナの方は、慌てて着てきたようで息が上がっている/商品のタグが付いたまま。恥ずかしそうの手で体の前面をさり気なく隠そうとしている。
ニシは首を傾げたまま、
「カグツチ?」
「我を呼んだか」
空気が揺れて自称・神が現れた。
「どうしてあの水着を買ったんだ? どう考えても布が小さすぎるだろ」
「ん? だが売り場の店員は、今年の最新デザインでおすすめだと言っていたぞ。そうだ、お主が心配していた金だが、まとめて買ったらワリビキとやらが使えたので余ったぞ。余った分は皆であいすーくりむを食べたから残っていないが」
心配しているのはそこではない。
「まだ小学生と中学生にとってあの水着は合わない」
「だが売り場の店員は『すごい似合っています。さすが美少女』などと褒め言葉を並べておったぞ」
「それは営業文句!」
こまごまとした社会常識を、この自称・神に伝えるのは無理か。こうして話ができている時点で奇跡に近いわけだし。
「ねぇ、ニシ兄ぃ、似合っているでしょ」
「あ、ああ」
とりあえず同意。
「もしかして、私がかわいすぎて照れてる?」
モモ/小悪魔スマイル=いったいどこで覚えたのか。
「ああ、似合ってるよ。ただ、海やプールは悪い大人が多いから――」
「悪い大人を痛めすぎない、ってこと?」
モモの周囲で2枚の紙/式神が旋回する。いくら子供とはいえ魔導士の術を一般人が受けたら怪我じゃ済まない=過剰防衛/咄嗟に「死ね」なんて魔導を発動したら不審者は壮絶なスプラッター死を免れない。
「それもそうだが。まあ、いい。ふたりとも頭がいいからな。だが外じゃ気をつけてくれよ」
子供に発情する男はそう多くないだろうが、標的にされるのは嫌だし、過剰防衛で警察の事情聴取を受けるのも嫌だ。子どもたちはきっと鬼の首を取ったように自慢するだろうけど。
背負っていたリュックを下ろし、常磐のロゴが入ったウィンドブレーカーを椅子に掛ける=小休止。
「あの、お兄さん」
「ん?」
椅子に腰掛けたところで、サナが言った=まだ水着のまま。
「私は、どうですか」
「似合ってるよ」
褒め言葉=にっこり笑いながら。
しかしサナは踵を返すと、自室に戻ってしまった=言い方が気持ち悪かったか。
そういえば、サナは友達と市民プールへ行くと言っていた。これがきっかけで彼氏とかできるのだろうか=心配だ/親心。
しかし記憶喪失というハンデを乗り越えて笑うようになってきたし友達も増えたし、そこはいい部分として捉えておかないと。
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