第五話 終之口上


 人々は永らくの梅雨に耐え、薫風くんぷうの夏。気もそぞろろに嵐山の竹林を往く。


         🌸🌸🌸


「綺麗な風鈴やねぇ」「どこでうたん?」「土で出来はってんねんて?お着物も可愛らしゅうてよぉ似合におってはるわ」


 嬌声きょうせいのような甲高かんだかい声の一団。中心の女性は意気いき軒昂けんこうといった具合を隠そうともせずに微笑む。


「旦那はんにして買うてもろたんです」「着物も揃えよう思たんどすけど寝間着で恥ずかしぃわぁ」


         🌸🌸🌸


「親方はん!」「もう在庫が二十しかあれしまへん!」


「なんやて?」「もう一つあったはずやろ」


「へぇ、えろうすんまへん!」「ワテが一つ割ってまいました……」


「はっはっは!」「それは僥倖ぎょうこう!」

「ほな次は六十焼いたらええねん!」

 

 かつて以上の賑わいを取り戻した麗風窯。白梅鼠しらうめねず鴇色ときいろをあしらった艶やかな肌の土製の風鈴は、たちまち京の奥方の憧憬どうけいの的となった。

 

「お前はん」「おぶうさん入れましたえ」

「みなさんもええもんあるさかい、一息ついたらどないです」


「女将はん! おおきに!」


 手をこまねいていた。そう言わんばかりに人後に落ちぬよう、我先にと菓子へと茶へと手を伸ばす弟子たちを尻目に、自分はやれやれといった顔つきで妻の隣に腰を下ろした。


「おおきにな」


 照れを隠すように茶をすする。茶碗越しにチラリと、家内に悟られぬように目をやる。


 何も言葉は返って来なかったが、家内の口元の相好からおもんぱかるにどうやら美辞麗句の類は無用であったように思い、あれこれと思案していた二の句を茶と一緒に吞み込んだ。



 時は元禄、宵待ちの京であった。


『みじか夜や 伏見の戸ぼそ 淀の窓』与謝蕪村

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土を織る しょしょ(´・ω・`) @syosyo

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