第四話 粗忽者之手柄

 實松屋の主人に招かれた理由も今となっては分かる。番頭ばんとう寄越よこしてまで、悩みを聞くために酒を振舞ってまで、園遊の会に招いてまで。それ程までに私の顔は、応仁の治世の民が如くやつれ疲れていたのだろう。


 手中にある無骨な、岩のような、粗野で兀々ごつごつとした大振りな茶碗はまるで自分自身だ。朴訥ぼくとつ凡庸ぼんようで、そのくせ気位きぐらいだけは高い、洒落の一つも言えない路傍ろぼうの、あるいは桂川の水底みなそこ石塊いしくれ


 石塊はおのが半身を棚に戻し、弟子達に蔵の整理を任せると言づけてその場を離れようとした。



 パリン。


 

 意外にも高い音を出すのだな。最期まで野武士であれば良いものを。


 背後で鳴いた声に特段驚きもせずにきびすを返すと、千々ちぢに乱れ飛んだ足元の破片の一つを手に取り、しばめつすがめつ眺めた。

 呪詛じゅそのように散らばった破片は、思えば正しく呪いの類であったのだろう。吐いたのは祖父か、婿としての父か、また外為ほかならぬ自分自身か……。


「す、す、すんまへん!」


 別に意図したわけではない。弟子たちの中でも粗忽そこつな彼にその場を任せた事も、ほんのわずかに棚の端に茶碗を置いた事も。


「え、えらいことしてもうた……」


 哄声こうせいの起きる蔵。へたり込み狼狽うろたえる弟子の肩を叩くと、不意に園遊会で見上げた梅を思い出した。


「……っく」

「……くっくっ」


「あーはっはっは!!」


「お、親方……?」


 ――糸だ。そう直観した。家内が、實松屋の主人が、あの時満開の梅花にいざなわれた虫を捕えようと蜘蛛が。この身に垂らしてくれた一筋の糸だ。


出来でかした!」「出来したでお前はん!!」

「あーーはっはっは!!」


 胡乱うろんな者。そうとでも言いたげな弟子たちの視線の中、蔵には大仰おおぎょうな笑い声がこだました。



         ✿✿✿


「旦那はん」「あれ見ておくんなまし」


 そう声を掛けれた實松屋の主人は手向けられた方を見やる。


「あんれま、まで悄然しょうぜんとしてはったのに」

桎梏しっこくの外れはったええお顔してはるわ」


 主人は満開の桜咲く中、睦まじく歩く麗風窯の夫婦を見止めるとこう漏らした。


「どら、今度ウチのと相談してみまひょ」


 得心、といった体で番頭も続く。


「へぇ、それがよろしおすな」

「今度の催しもんはちょっと盛大になりますやろか」

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