第三話 糟糠之妻
父は婿だった。
私が幼い頃の父の顔は、いつも小さく背を丸め、祖父や母の顔色を伺う卑屈な笑顔だった。私を
ある日の
❀❀❀
窯元を継いだ今だからわかる作風の
「あら、お姿が見えへんと
ドキリとして振り返ると、
「どないでっしゃろ」「ウチには少し派手やろか」
「お義母さん、可愛らしいお顔してはったから」
そう言われて、その着物が亡き母のものだと気づいた。何か言わなければ。
言葉を探す内に気取られたのだろう、妻は小さく息をつくと踵を返しながら
「お前はんも早よお仕度してくださいね」
分かっている。分かっているのだ。この時、この場所で気の利いた
「……あぁ」
コトリ。大振りで
❀❀❀
不釣り合いなほど雅な場だった。
「あら、麗風窯の親方」「ようこそおこしやす」
場違いな所に足を踏み入れてしまったという気後れ感と、見知った顔に声を掛けられたという安心感。続け様の揺さぶりの高低差に、思わず捉えられて間もない鶯のような素っ
「こ、こ、これはこれは實松屋の」「本日は夫婦共々お招き頂きありがとうございます」
「まぁホンマに極楽浄土の賑わいですよって」「野点と毛氈に鶯がよう映えて、それに皆さんのお着物とようお似合いどす」「ウチの着物なんてお義母さんのお古で、なんや恥ずかしいわぁ」
そう続く妻の合いの手が助け舟になった。思い描いた景色は同じなのに
「まぁ、お公家さまとはいきまへんけど、精一杯のおもてなしいうやつですわ」
「何も気兼ねせんと楽しんでいっておくれやす」
威厳のためにも何か言葉を振り絞ろうとした矢先、實松屋の主人に返されてしまい、思案中のおべっかは虚空をひらひらと舞う他なかった。
「さ、お前はん」「ウチらもご
桂川の
所掌窯の見目麗しい茶碗が目に入ったのはその時だった。
顔を見やる自信がなく、俯き加減といった具合で客人の女性の手元が良く見えた。
花のあしらわれた
「綺麗なお茶碗やねぇ」「どこで
「旦那はんにおねだりして買うてもろたんです」「お
「あら羨ましいわぁ」「ウチンとこもお願いしてみよかしら」
ここ数年成長著しい所掌窯の拵えを横目に、気づかれないようにそそくさと通り過ぎる。世の中の需要の変遷に、
「お前はん」「気ぃ落としたらあきまへんえ」
ハッとして妻を見やる。
「ウチはお前さんの拵える作品に惚れ込んで嫁いできたんどす」
留め袖の奥の身体が、小刻みに震えていた。
「お前はんの焼き物は京都はおろか日の本一や」
「もっと胸張らなアカンえ」
そう背中を張られて、招かれた庭の梅の花が満開だと、初めて気がついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます