第二話 時告鳥之調

「お前はん、お弟子さん方お揃いですよ」


 昨夜の酒が効いたのだろうか。


 昨晩は贔屓ひいきの實松屋の主人に呼ばれ、大層ご馳走になった。

 自分の拵えた器に供された色鮮やかな料理に、ついつい酒が進んだ。要らぬことまで言ってしまってはいなかっただろうか。一通り巡らせてはみたが、薄曇りの記憶の向こうをいくらのぞいても答えは出なかった。


「お仕度済ませて今日もおきばりやす」


 薄めの粥に、實松屋の主人に持たされた香々で簡単な朝飯をとる。

 呑んだ亭主の翌日の朝飯。これに対する最適解ともいえる気配りには、京女の矜持すら覚えた。



「おはようさんです!」


 方やうちの若い衆ときたら……。頭に五寸釘を入れられたような痛みが走る。


「あほたれ」「支度はどないや?」


 前半部分を意に介さず弟子は答える。


「へぇ!!」「今日もぬかりありまへん!」


「……ほーか」「そらよろしい」


 桂川の支流を望むここ麗風窯。名に反し屈強な弟子衆の、あっけらかんとした物言いに辟易へきえきしながらも、溜息を悟られまいと言葉を押し出した。


 問題点ははっきりしているのだ。


 昨晩も、實松屋の主人の問いかけに一頻ひとしきり考える素振そぶりをしてみせたものの、答えは既に眼前に示されていた。


 これも時代というものか。


 かつては旦那衆相手の商売をしていればそれでよかった。事実として先々代の頃に比べれば倍以上の弟子を抱え、周りから見れば一廉ひとかどの窯元として、京の街はおろか全国から依頼を頂くまでに成長したのだから。


 ところがここ数年。商家をはじめパタリと客足が遠のいた。

 實松屋の主人とも年の暮れに挨拶をして以来であった。


         ❀❀❀


「お聞き苦しい話でえらい申し訳ない」「でもあんさんの為やろしハッキリと言わせてもらいますえ」


 そう切り出した實松屋の主人の言葉は、現実の刃となってまざまざと私の胸元に突きつきられた。


「最近はどこも奥方が強いよって」「あんさんのこさえた焼き物な」

「旦那衆には昔と変わらず評判はええのよ」


「でも……」


         ❀❀❀


「親方はん!」「こないでどうでっしゃろ」


 ーー無骨。そう烙印の入った目の前の器を手に取ると、思わず先程飲み込んだはずの溜息が、鎌首かまくびもたげた蟒蛇うわばみのように腑から湧いてきた。



「流行り、とでも言いますやろか」「奥方のお眼鏡に適わんもんはらも買えしませんよって」


 昨晩の實松屋の主人の言葉が重く圧し掛かる。


 これまでつちかってきた窯の作風もある。無碍むげにする訳にもいかず、言葉を選んでいた。


「親方はん」「けったいやったらそう言うてください」


 野放図のほうずに見えるこの弟子にも意馬心猿いばしんえんが伝わってしまったか。

 ハッとして顔を上げると、他の弟子達も怪訝けげんな顔で一様にこちらの顔色を伺っていた。


「ちょっと早いけど一息いれよか」


 返す言葉を失い、母屋へと足早へ戻るのが精一杯だった。



「お白湯でよろしい?」


 家内の献身さと白湯の甘さがじんわりと染み入る味である。


「嫁いでこの方大分経ちはりますけど」


 二の句を継ぐのにたっぷりとした間を空けて静かに切り出した家内の言葉。


「焼き物屋の妻としてではあらしません」「お前はんの女房として申します」

「あんまり根詰めたらお体に障ります」


「ちょっとお休みされたらどないですの」



 桂川の流れと対照的に、白湯をすする振りをして言い淀むしかなかった。

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