第7話 「ライター」

日本の自分の部屋に帰ってきた俺は、財布を持ってすぐに外へ出た。


急げ急げ急げ急げ…!!


俺は何年ぶりかの全力疾走をする。


家からコンビニまでは徒歩5分程度。

焦らなくても間に合うが、もしもの場合がある。

早く着いておくにこした事はないだろう。


息を切らしながらコンビニに入り、商品棚に置いてあったライターを2つ手に取る。


そのままレジに持って行き


「これ下さい…!」


「は、はい…」


レジの若い女性が俺を見て引きながら言う。


「袋はご利…」


「いりません!」


「は、はい!」


ライターとお釣りを受け取り、コンビニを出てからまた全力疾走をする。

自宅につき、時計を確認すると、まだ約束の時間には20分程あった。


だがこの間もずっとソニアさんには怖い思いをさせているはずだ、早く向こうの世界に行こう。


俺の身体が、光に包まれた。


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目を開けると、そこは見慣れた小屋だった。

小屋の扉を開けると、そこには変わらず村の全員と騎士の人達がいた。


ソニアさんは俺を見ると安心した表情をする。


「随分と早かったな」


アランさんが言ってくる。


「全力疾走しましたからね。 はい、持ってきましたよ。これがライターです」


俺はポケットからライターを出し、アランさんに見せる。

アランさんはライターを見ると、腰の剣に手をかざし、俺を睨んできた。


「こんな小さな物が火を起こす道具だと…?貴様、我々を馬鹿にして…! っ!?」


文句を言ってくるアランさんの目の前で、ライターをつける。

小さな炎が、ゆらゆらと揺れている。


それを見た村の人達は、「おぉ…!!」と声を漏らした。


アランさんも、目の前で揺れる炎を見て目を見開く。


「ここのボタンを押し込む事で、誰でも簡単に火を起こす事が出来ます。

もう一つあるので、よければ差し上げますよ」


そう言って、俺はポケットからもう一つのライターを出し、アランさんに渡す。

アランさんはライターを受け取ると、俺がやったようにボタンを押し、火が出たことに驚いている。


「こ、こんな簡単に…」


「俺が別の世界から来た人間だって、信じていただけましたか?」


俺がそう言うと、アランさんは跪き、頭を深く下げた。


「数々のご無礼、誠に申し訳ございませんでした…!! 見ず知らずの方で、しかも好意でこの村を救っていただいた方に対し、大変失礼な態度を取ってしまいました…!」


そう言って、アランさんは自分の剣を俺に渡してくる。


「今回の件、全て私の独断です。なのでどうか、私の命1つで、お許しをいただけないでしょうか…!」


「…え!?いやいやいや!ちょっと待ってください! そこまで重いのは求めてないですって…!」


「ですが…!私は貴方や他の村人の方達を巻き込んでしまい…」


「俺は別に怒ってませんよ。 むしろ、こんなに必死に村を守ってくれてるんだなって安心したくらいです。

貴方は必要な人間なので、こんな所で命を無駄にしないで下さい」


「……ありがたいお言葉…!感謝致します…!」


そう言ってアランさんは深く頭を下げる。

そして、部下の皆も深々と頭を下げ、アランさん達は村を去っていった。


あのライターを国王の元へ持っていきたいらしい。


アランさん達が見えなくなり、村人達が全員家へと帰り、その場には俺とソニアさんだけが残る。


最初は俺も家に帰ろうとしたが、ソニアさんに無言で服の袖を掴まれ、身動きが取れなかったのだ。


皆が居なくなると、ソニアさんは俺に抱きついてきた。


「えっ…!そ、ソニアさん!?」


「…怖かったです」


ソニアさんの体は、震えていた。

先程アランさんに謝られていた際は、笑顔を見せていたが、やはり強がっていたか…


まぁ、死の恐怖を数分間与えられてたわけだもんな…


「怖い思いさせちゃってごめんなさい。 一分一秒でも早く帰ろうと頑張ったんですが…」


「…ヨウタさんは謝らないでください…」


「で、でも…」


「…いいから、少しだけ、このままでいて下さい」


俺は、言われた通りそのまま動かなかった。

すると、だんだんソニアさんの震えがおさまり、ゆっくりと離れた。


ソニアさんはもう泣いてはいなかったが、目元は赤くなっていた。


「…もう大丈夫です!改めて、おかえりなさい!ヨウタさん!」


ソニアさんが笑顔で言う。

その笑顔は月明かりに照らされ、ソニアさんの綺麗な金髪と相まって、とても綺麗に見えた。


「じゃあ、帰りましょっか!」


ソニアさんが手を引き、自宅へ帰ろうとするが


「…少し、歩きませんか?」


俺は無意識に、そう言葉にしていた。

ソニアさんは首を傾げたが、すぐに頷いてくれた。


村から少し離れ、俺達は水車が置かれた川の近くに座っている。


「何度見ても凄いですね!水車って!」


「ですね。本当無事に完成して良かったです」


水車が完成した理由は、村人の皆の理解力、努力、忍耐力が素晴らしかったからだ。

素人の説明もちゃんと理解し、実行に移せる。

それはなかなか出来るものじゃない。


「ソニアさん。教えてもらってもいいですか?この世界の事」


俺は、この世界の事を、何も知らない。

この世界について知ってるのは、シガナ村、ドラグニル王国という単語くらいだ。

常識も、通貨も、何も知らないのだ。

逆によく今日まで生活できてたなぁと思う。


「良いですよ!まず何から話しましょうか…んー…!」


「ではまず、ドラグニル王国について聞いても良いですか?」


「はい! ドラグニル王国は、3大国の1つで、かなり大きな国です。 他の2つは、マグナ帝国と、セリア王国という国てです。他にも国は存在しますが、ほとんどは3大国のいずれかと協定を結んでいます」


なるほど、そんなに大きな国だったのか。


「そして、ドラグニル王国は…というか、3大国は、現在戦争中です」


「せ、戦争中!?」


突如出てきた物騒なワードに驚愕してしまう。

ここは日本ではない。だからいつも平和というわけではないんだな…



「はい。現在は休戦協定を結び、平和ですが、どこかの国が協定を破れば、また戦争になるでしょう」


「ち、ちなみに、戦争はどのくらい続いてるんですか…?」


「始まったのは3年前です。そして1年前に2年間の休戦協定が結ばれました」


「え、って事は…」


「はい。1年後には、また戦争が始まります」


戦争が始まれば、多くの人が死ぬだろう。

それはもちろん、シガナ村の人達も例外ではない。

俺は最悪な想像をしてしまい、顔が青ざめる。


「ま、まぁ!また休戦協定が延長される可能性もあるので、あんまり重く捉えなくて大丈夫ですよ! 次に聞きたい事はなんですか?」


気を遣ってくれたのだと、すぐに分かった。

ここはお言葉に甘えさせてもらおう。


「じゃあ…あっ!そういえば!ソニアさんの年齢知らなかったな」


女性に年齢を聞くのは失礼だっただろうか?

と思ったが、ソニアさんはすぐに答えてくれた。


「確かに言った事なかったですね! 私は16歳です!なのでヨウタさんの7歳下ですかね?」


「わっか…!」


16歳といえば、日本では高校1年生だ。

年下なのは分かってはいたが、まさかこんなに下だったとは…

しかも、16歳にしては考え方が大人すぎるし、異世界ってすげぇ…


「7歳も下かぁ…だいぶ離れてますね俺達」


「ですね!でもなんだろう…ヨウタさんは年齢を気にせずに話せるから不思議な感じです!」


そう言ってソニアさんは笑う。


「あとは何かありますか〜?」


「ん〜…あ!シガナ村って、ドラグニル王国からどのくらい離れてるんですか?」


俺が聞くと、ソニアさんは地面に丸を書き、その丸の中心にまた丸を描いた。


「この真ん中の丸が王都ドラグニルです。 そして、ここら辺がシガナ村ですね」


シガナ村は、かなりハズレの方に位置していた。


「なので王都までは馬車を使っても2日はかかってしまうんです」


「結構かかるんですねぇ。 もう大体聞き終えたので、次はソニアさんが聞きたい事があれば答えますよ」


「本当ですか!? じゃあ…ヨウタさんは、向こうの世界ではどんな生活をしてたんですか?」


聞かれた瞬間、顔が引き攣りそうになったが、なんとか抑えた。


「んー…俺はダメ人間でしたね…仕事を辞めてからは何もせずにただ自堕落に毎日を過ごしてました」


「…お仕事を辞めた理由を聞いてもよろしいですか…?」


特に隠す理由もないので、俺は全てを話した。

話が終わる頃には、ソニアさんは握り拳をつくり、自分の服をギュッと掴んでいた。


「そんなの…酷すぎます…!ヨウタさんは悪くないのに!」


「ははは…まぁ、もう終わった事なので大丈夫ですよ。 今は楽しい事ばかりですし! 他には何かあります?」


「んー…!あ、ヨウタさんがいた国はなんて名前なんですか?」


「日本って名前です」


「にほん?変わった名前ですね」


「まぁそうですよね。 日本は小さな島国なんです」


「島国なんですね! いいなぁ…いつか行ってみたいです!」


「いつかは行ける日がくるといいですね」


「はい! …じゃあ最後に、日本の女性はどんな服を着ているんでしょう…? ヨウタさんの服装はこの世界の服装とはかなり違うし…」


「あ、じゃあ今度歴史の本と一緒に服の本も持ってきますよ」


「本当ですか!?やったぁ!!」


やはりソニアさんも女の子だからおしゃれに興味があるのだろう。

目をキラキラさせている。


「さて、結構話しちゃったし、もう帰りましょうか。 急に連れてきちゃってごめんなさい」


「いえ!とても楽しかったです! ますますヨウタさんの国が気になりました!」


そう言って、俺達は自宅へと帰った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アラン視点


シガナ村を出て2日後、俺は王都へと帰還し今、国王様の前で跪いていた。

目の前の玉座に座っている銀髪の男性が、カイウス・ドラグニル。

この国の王だ。


「さて、アランよ。 ワシに見せたいものとはなんだ?」


「はっ! こちらでございます」


そう言って俺は、ヨウタ様から頂いたライターを見せる。

その場の皆はザワザワしだす。

まぁ当然の反応だ。


そんな中、俺はスイッチを押し、火を出す。


すると、その場にいた全員が目を見開いた。


「な、なんだそれは…!?」


「…こちらはライターと呼ばれる道具で、誰でも簡単に火を起こせる道具です。 魔法道具のように魔力を使うわけでもありません」


「ほう…実に興味深い。 これをどこで手に入れた?」


「辺境の村。シガナ村に居た、ある男に戴きました」


「…ある男…?」


「はい。 グライス様は、王国に伝わる昔話はご存知ですか? 異世界からの召喚者のお話です」


「あぁ。 もちろん知っている。……まさか…!?」


グライス様が目を見開く。


「はい。そのまさかです。 その男は、異世界からシガナ村に現れたのです。

私は実際にこの目で見ました。 男が目の前で消え、再び現れた時に、このライターを持ってきたのです。


更に、昔話の通り、男は我々では考えられないような知恵を持っていました。

村人はその知恵を借り、壊滅状態だった村を一月で繁栄させたのです」


「ふむ…言いたい事は分かった。 アランよ」


「はい」


「その男の元へ行き、王都へ連れてきてはくれないか。 一度話をしたい」


やはり、こうなるとは思っていた。


「承知致しました。 ですが、男はシガナ村を凄く気に入っており…」


「もちろん、無理にとは言わん。 シガナ村から出たくないというのであれば、ワシが直接行こう」


グライス様は、歴代の王の中でも心優しいお方だ。

誰よりも国を、国民の事を考えている。

だから俺は、もう昔話のような事は起きないと考えている。


「承知致しました。では、準備ができ次第、シガナ村へ向かいます」


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グライス様との話が終わり、俺は廊下を歩いていた。

すると、後ろから走ってくる音が聞こえた。


「アラン!アラン!」


その声に振り返ると、腰まで伸びた綺麗な銀髪に、綺麗な紫色の瞳を持った女性。

グライス様の1人娘である、アイリス・ドラグニル様がいた。

まだ16歳とお若いが、美しく、剣技も魔法も勉強も一流の才女だ。


「アイリス様。何か御用でしょうか?」


「さっきの話!私すっごい興味があるの!」


アイリス様もあの場にいたので、件の男が気になったのだろう。


「ねえねえ!その男の人ってどんな人なの?」


「そうですね、とても心優しいお方でしたよ」


そう言うと、アイリス様は目を輝かせた。


「ねえアラン!私ね、あの昔話大好きなの!だから、私もシガナ村に連れて行って!」


「は、はい!?」


「さっきお父様に許可は取ってきたし、自分の身は自分で守れるし、お願い!」


そう言われ、俺はアイリス様を連れてシガナ村へ行く事になった。



第1章 シガナ村での日々 完


次章 王都ドラグニル編

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