第3話 「水車」

異世界生活3日目、俺は今、山に来ていた。


「じゃあ、ここら辺の木を切っちゃいましょう」


俺が指示を出すと、村の男の人達が交互に斧を振る。

この村の人達は、全員が怪力だった。

だから俺が手伝いに入ったら逆に足手纏いになってしまうのだ。


木に少しずつ切り込みが入っていく。

あまり切りすぎてもいけないから、少しずつ木を切り倒し、部品を作り、足りなくなったらまた切りに行く。

という方針になった。


そして食料調達班についてだが、これはソニアさんに任せる事にした。

この世界の食べ物の事はソニアさんの方が詳しいし、村長の娘という事もあって信頼が厚い。


ただ、毎日食料調達というわけにもいかないから、食料問題は早急に解決しなければいけない。


今はその日しのぎの生活だが、いつか絶対に限界がくる。

そして何より、動ける村人全員が動く為、自由な時間を与える事が出来ない。


難しい問題だ。


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「その部品はここに…そうです。えっとその木材はあっちに」


俺は今、切った木材をどうするかの指示出しをしていた。

今ここに水車の完成像を知ってるのは俺しかいない。

つまり、俺自身が説明書なのだ。


だが、1つ嬉しい誤算があった。

シガナ村の人達は、作業は凄く早いのだ。

木を切るスピード、サイズの正確さ、理解力…どれをとってもピカイチだ。

3日はかかると思われていた作業が半日で終わってしまった。


この調子ならスムーズに完成するだろう。


実際、もう水車の回る部分はほぼ完成している。

あとは土台や水受けなどを作るだけなのだ。


「ヨウタ様!この部品はどういった意味を持つのでしょうか」


建築担当の人が聞いてきた部品は、回る部分につける水を入れて上に運ぶパーツだ。

これがないと、ただ回る木になってしまう。


その事を伝えると、村人は納得した様子で頭を下げた。


いやでも、本当にこの人達は凄い。

水車という物を知らず、しかも口での説明だけでここまで作ってしまうとは…


「よし、皆さん今日の作業はここまでにしましょう!正直作業の進みが早すぎてびっくりしてます!家でゆっくり休んで下さい!」


そう言うと、村人達は元気よく返事をしてくれた。


さて、次は調理場へ向かうか。


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調理場へ向かうと、そこでは3人の女性が仲良く調理をしていた。


皆同い年くらいで、1人はソニアさんだ。


「ソニアさん、お疲れ様です」


「ヨウタさん!お疲れ様です!もうすぐ出来るので、ちょっと待ってて下さいね」


「楽しみにしてます。 で、ここにきた理由なんですが、調理器具を見てみたくて」


昨日、この村の文面レベルが限りなく低い事が分かった。

だから、調理場を確認に来たのだが…

思った以上に調理器具は普通だった。


包丁もちゃんと包丁だし、フライパンや鍋もある。

火は流石に焚き火だったが、正直石器レベルを想像していた。


「調理器具ですか?」


「はい、どんな物を使ってるのかなと思って。ただ、心配はいらなかったみたいです」


「そうですか!良かったです。 あ、そういえばヨウタさんって、食べたい物とかありますか?」


「食べたいものですか…そうですね…強いて言うなら米ですかね」


言った瞬間、やってしまったと思った。

この村には畑はないし、米は貴重な物な可能性がある。


案の定、目の前ではソニアさんが申し訳ない顔をしていた。


「お米…ですか…すみません…お米は高額なので村には…」


「あぁごめんなさい…!考えずに発言をしてしまって…!」


場の空気が重くなる。本格的にやらかしてしまったなぁ…

ここは無理矢理にでも明るくしなければ…!


「じゃ、じゃあ!いつかこの村の人達がお腹いっぱいお米を食べられるように頑張りましょう!」


そう言うと、ソニアさんは笑顔で「はい!」と答えてくれた。


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夕飯を食べ終えた俺は、ソニアさんと2人で水車の部品を見に来ていた。

食事中にソニアさんが部品を見たいと言ってきたのだ。


「わぁ…これが水車…」


「はい。1番目に止まるメインの部分ですね。 ちゃんとした円形になるように皆で削りました」


「凄い…こんなの見た事ないです」


ソニアさんはキラキラした目で部品を見る。


俺はそんな横顔に見惚れてしまっていた。


「この水車が完成したら水路が出来て、その水路が出来たら畑が出来るんですよね!」


「そうですね。 かなり楽になるので、畑を大きくしちゃってもいいかもしれませんね」


「なるほど!確かに近くに水があれば遠い川まで何往復もしなくて良くなりますもんね!」


「そういうことです! あとは畑が大きくなれば育てる物の種類も増やせるし、いい事だらけです」


「楽しみですね!」


「ですね!さて、もう夜も遅いですし、家に帰りましょうか」


「はい!」


2人で家に帰り、それぞれ眠りについた。


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あれから2日が経ち、ようやく水車の全ての部品が出来上がった。

俺が全ての部品を触って最終チェックを行ったが、特にムラは無かったので、問題はないだろう。


「よし!これで水車は問題ないですね!あとは水が流れる水路さえ作れば終わりです!

予想だと、あと2日あれば終わるはずなので、皆さん頑張りまし…」


「おっとヨウタ様。その事で報告なんですがね」


建築担当のリーダー、ギランさんがニヤニヤしながら言う。

よく見ると後ろの建築担当達もニヤニヤしている。


な、なんだ…?


「実は俺達、まだ力が有り余ってましてね、水車の部品作りだけじゃあ全然疲れなかったんですわ」


「は、はい」


「だからね、内緒で、作っちゃいました!」


「つ、作ったって…まさか…!?」


「そのまさかですよ!ほら、こちらへ!」


ギランさんが先導し、歩く、向かった先は畑の場所。

畑は家の反対側にある為、初日以来行っていなかった。


「こ、これは…!!」


畑の近くには、水路が出来ていた。

俺の説明通りに、サイズも、深さも完璧だった。

しかもちゃんと水を溜める溜池も造られてるし…


これを作業終わりに作ってたってのか…!?

いくらなんでも作業早すぎだろ…!?


「どうですかヨウタ様。 この水路は問題ないですかい?」


「問題ないどころか、完璧ですよ!本当に素晴らしいです!

これなら、今すぐにでも水車を稼働させられます!」


そう言うと、村人全員が歓声をあげる。


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俺達は、水車の部品を持って全員で川へ歩いていた。

なかなかに部品が重く、歩くのが辛いが、もう少しの辛抱だ。


川へ着くと、まずは土台を設置する。

この土台は本当に大事だから、念入りにチェックをした。


その土台に水車の回る部分を皆で取り付け、後は水が流れるように部品を取り付けていく。


「よし、出来ました! これで手を離し、水の力で水車が周り、水を汲み上げる事が出来たら成功です!

では、行きますよ…!!」


俺は、祈りながら手を離す。

頼む、上手くいってくれ…!!



水車は、ゆっくりと回り始めた。

ゆっくりと水を汲み上げ、汲み上げた水が水受けに落ち、その水が水路に流れ始める。


「せ、成功です!! 水路と水車完成です!」


その瞬間、今までで1番大きな歓声が上がった。

子供達は流れる水を追いかけて走り出し、それを追うように母親が走り出す。

それを建築チームが笑顔で見送る。


そんな俺に、ソニアさんが笑顔で手を差し伸べる。


「ヨウタさんも行きましょう!」


「はい!」


俺はソニアさんの手を取り、走り出した。

水はどんどん溜まり、流れを増し、村の溜池に到着していた。

溜池にはちゃんと水を川に戻す排水用の水路も出来ていたため、水があふれる心配もない。


完璧だ。


「本当に凄い…凄すぎます!」


ソニアさんがはしゃぎながら言う。

俺ですらテンションが上がっているんだ。初めて見た村人達は本当に感動しているだろう。


とにかく、これで第一ステップはクリアだ。

次は食料の安定化。つまり畑作りだ。

場合によっては、家畜も視野に入れたい。


「今夜はパーティーだ!!」


村に帰ってきたガルダさんが言うと、皆が賛成した。

溜池の周りはあっという間にお祭り会場になり、皆魚を手に持って飲み食いを楽しんでいる。


俺はいろんな人とお話をしたあと、1人で少し離れた場所に座って落ち着いていた。


「…やれば出来るもんだなぁ」


日本にいた頃の俺が今の俺を見たら、きっと驚くだろう。

全てを諦めかけて死のうと考えていた事もあったのに、今は生きるために頑張ってるんだからな。


本当に人生は何があるか分からないもんだ。


「ヨウタさん。隣良いですか?」


「ソニアさん、もちろんです」


ソニアさんが隣に座る。


「水車、完成しましたね。私、本当に感動しました」


「俺もですよ。本当に皆さん頑張ってくれてましたもんね」


「あの日ヨウタさんが現れなかったら、今この時間は無かったんですもんね…」


そうだ。あの日もし俺がソニアさんと会っていなかったら、村の皆は衰弱し、最悪の場合村が全滅…という可能性もあっただろう。


「ヨウタさんは本当に私達の恩人です。本当になんとお礼を言ったらいいか…」


「お礼なんて良いですよ。 やりたくてやってる訳だし」


「ヨウタさんは優しいですね…」


ソニアさんがぽつりと呟く。


「…ヨウタさんは、旅人なんですよね」


あぁ…そういえばそんな事言ったなぁ…


「じゃあ…いつかは居なくなっちゃうんですか…?」


ソニアさんがギュッと、自身の服を掴んで聞いてきた。

目を不安そうに震えている。


いつかは…かぁ…


「…分からないです。ただ、俺が必要とされている限り、俺はこの村の為に尽くそうと考えています。

あ、もちろん、ソニアさんが迷惑じゃなければですけど」


「…じゃあ、ずっとこの村に居てください」


「えっ」


見ると、ソニアさんの顔は赤かった。


「ほ、ほら!ヨウタさんといると楽しいですし!日々新しい発見や新しい事を知れるから、毎日が楽しみなんです!

だから、ずっと村にいてほしいなぁって思って!」


ソニアさんが動作を大きくしながら言う。


あぁなるほど、そういう事か、てっきり勘違いする所だった…危ない危ない。


「そうですね、俺も皆さんといるのは楽しいので、じゃあソニアさんのお言葉に甘えちゃいましょうかね」


「はい!ぜひそうしちゃって下さい!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ソニア視点


ヨウタさんが来てから、私の…いや、私達の生活は大きく変わった。

ヨウタさんが現れるまでは、私達はその日を生きるのに精一杯で、楽しい話題や会話もなく、ただ呆然と毎日を過ごしていた。


そんなある日、雨が降らなくなったせいで畑が枯れ、村人の体調が悪くなり始めた。

その看病に時間を取られて食料の調達にも行けず、備蓄していた食料がどんどん無くなっていった。


そしてとうとう、父が倒れてしまった。

重症者の数はどんどん増えていくのに、私に出来る事は何もない。

ただ、毎日川に濡れタオルを作りに行くだけ…

その為の体力も、日々落ちてきた。


次に重症者になるのが私だったらどうしよう。

もしそうなってしまったら、父はどうなるだろう。

この村は、村人はどうなってしまうのだろう。


と、暗い考えしか出来なくなってきていたある日、私はヨウタさんに出会った。


明らかにこの国の物じゃない衣服、綺麗な肌、綺麗な黒髪。

一目でこの辺りの人じゃないと分かった。


恐る恐る声をかけると、ヨウタさんは最初ビクッと身体を震わせた。

この時私は、もしヨウタさんが悪い人だったらどうしようと考え、いつでも逃げれるように準備をしていた。


だが、帰ってきた答えは…


「あ!えっとはじめまして!」


だった。普通すぎてびっくりした。


顔を見ると、優しそうな顔をしていた。

年齢は私よりも上なのは確実だったけど、何処か安心出来る雰囲気を持っていた。


だからだろうか、いきなり助けてほしいと言ってしまったのは。


初めて会った人にこんなお願いをされても困るだけなのに、ヨウタさんは嫌な顔せずに村に来てくれた。

そして、自分の食料を全て私達に分け与えてくれた。


ヨウタさんがくれた食料は、今まで食べた物の中で1番美味しくて、食べたらどんどん力が湧いてきた。


それからヨウタさんと生活をしていき、ヨウタさんが底なしに優しい人だと分かった。

もちろん、その優しさに付け入るつもりはないので、あまり頼りすぎないようにはしてる。


ようやくヨウタさんの提案だった水車が完成した時は、本当に感動した。

そして水車完成パーティーをしていると、少し離れた場所に1人で座っているヨウタさんを見つけた。


ヨウタさんはさっきまでいろんな人と話していたから、話しかけづらかったけど、今ならいける!


と思い、私はヨウタさんの元へ向かった。


ヨウタさんと話していると、落ち着いてつい本音で話してしまう。だから…


「じゃあ…いつかは居なくなっちゃうんですか…?」


なんて事を聞いてしまった。

これは、私がずっと不安だった事。


急にフラッと現れたヨウタさんだから、いつか、フラッと私達の前から姿を消してしまうんじゃないかと思って、私は凄く怖くなった。


自分で質問したけど、答えてほしくない。

もし、


「あと3日くらいで旅に出るつもりですね」


なんて言われたら、その場で泣いてしまう可能性があったから。


でも、帰ってきた答えは


「…分からないです。ただ、俺が必要とされている限り、俺はこの村の為に尽くそうと考えています。

あ、もちろん、ソニアさんが迷惑じゃなければですけど」


ヨウタさんらしい答えだなと思った。

ヨウタさんは常に他人の事を考えてくれている。


自分の事よりも先に。


だから、私は…


「…じゃあ、ずっとこの村に居てください」


なんてワガママを言ってしまった。

言った後、自分にびっくりした。


散々困らせないように、優しさに付け込まないようにしていたのに、気を抜くとすぐこれだ。

こんな事を言っても、ヨウタさんを困らせてしまうだけなのに…


ただ、さっきとは違って、この問いかけには答えがほしい。

ヨウタさんには、ずっと傍にいてほしい。


もう、私がヨウタさんをどう思っているのかは分かる。

きっと、ヨウタさんが他人の為に動いている姿に惹かれたんだろう。


だから、この問いかけで私の気持ちに気づいてほしい。


…と、思っていたのに


「ほ、ほら!ヨウタさんといると楽しいですし!日々新しい発見や新しい事を知れるから、毎日が楽しみなんです!

だから、ずっと村にいてほしいなぁって思って!」


と、それっぽい言葉を付け加えてしまった。

これじゃあ私の気持ちはヨウタさんには伝わらないのに、気づいたら言っていた。


ヨウタさんと2人で家に帰っている途中…


「…私のばか…へたれ…」


と小さく呟いた。


「何か言いました?」


ヨウタさんが聞き返してくる。


「なんでもないです」


私は笑顔で言う。


でも、まだまだ時間はある。

今よりももっとヨウタさんと仲良くなって、いつの日か、自分の気持ちを伝えられる日がくるといいな。

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