第3話 ふたりの「おりん」

 この子がおりんちゃん……。


 白い着物を着た女の子は、わたしよりずっとおしとやかな雰囲気だ。もしかして髪の長さが同じくらいだから間違われたのだろうか。おりんちゃんの髪は、肩あたりでふっつり切りそろえられていた。

 どことなく、うちのお姉ちゃんに似ているなと思っていたら。


「ほう、おぬしに似ているな。親類の子か?」


 わたしの顔をしげしげと眺める男の人は、やっぱり雫さんだった。

 白いシャツとジーンズではなくて、白い着物姿で、後はまんま雫さんだ。


「おや? もしかしてボクのこと、見えるの?」


 見えるも何も。頷くと、へええ……と感心したように息をついた。


「お前は花宮家の親類? もしくはこの娘と腹違いの姉妹かなにか?」

「……ひぃふぁいあふ」

「ああ、猿ぐつわを外さないとね。ほれ」


 はらり、と臭い手拭いが外れる。やっと臭いものから解放された。


「じゃあ、ほらますば名乗りな」

「……まずは自分から名乗るのが筋じゃない?」


 つい、アニメか何かで聞いたセリフを口にしてしまう。だけど、おりんちゃんの青ざめた顔を見て……不味いことを言ったと気が付いた。


「ほう、なかなか小生意気な娘だな」

「花宮凜です! 『りん』は寒いとか厳しいとか凜々と……とかに使う凜!」


 すぐさま名乗ることにした。不穏な空気を放ち始めていた雫さん(仮)が、目をぱちりと瞬いた。


「やはり花宮のものか。しかし、ふたりとも『はなみや りん』とは、ややこしいなぁ……して、花宮の娘。お前はどんな字で書く?」

 

「……わたしは、鈴と書いて『りん』と」

「では、この活きのいい娘が『おりん』、お前は『おすず』でいいな」

「…………」


 勝手に名前を変えられていいわけがない。でも、おすずちゃんとなった女の子は、文句を飲み込んだように、口を一文字に引き結ぶ。

 一方、雫さん(仮)はご機嫌な様子。


「ああ、嬉しいな。ボクの声が聞こえる人がふたりもいるなんて。でも夜明け前には、君らはいなくなってしまうんだね。残念だよ」

「どう……」


 話が見えない。どういうことか尋ねようと思った矢先、咳き込んでしまう。喉がもうカラカラだった。


「大丈夫? 暑いから喉がかわいたんだね。ほらお水をあげよう」


 雫さん(仮)は竹筒を懐から取り出す。それは水筒らしく、軽く振るとちゃぷんと水音がする。

 竹筒をわたしの目の前に近づける。飲ませてくれるかと思ったら、目の前でわざと水を零し始めた。


「おや、うっかり手がすべった。ごめんよ」


 雫さん(仮)は、意地悪くケラケラと笑う。

 なぎなたがあったら、ボコボコに殴ってやりたい……!

 雫さん(仮)をにらみつけると、床にできた水たまりに口を付けた。床の木材が吸い込む前に水をすする。お腹を壊したらどうしようと思ったけれど、意地悪されっぱなしの方が悔しかった。


「うわぁ……」


 明らかに雫さん(仮)は引いている。

 その顔にぺっとしてやりたいところだけど、ごくりと水を飲み込んだ。

 うう……へんな味がする。


「いやぁ、おりんちゃんは、たくましいね」

「余計なお世話です! それで! ここはどこ? あなたは誰? お嫁さんって何? ここに来た子は花街に行くって? そもそも花街って何?」


 矢継ぎ早に質問をすると、雫さん(仮)は困ったように首をすくめた。


「……質問責めだね。でもさ、まず相手に誰と聞くなら、まずは自分から言わなくちゃ失礼だよね? 君はおすずとは……親類ではあるけど、何か違う気がするな。して、君は何者だい、おりんちゃん?」


 にっこり笑った顔は、まさしくわたしのよく知る雫さんだった。


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