第3話 屋敷神様にお願い
またお供え用意してお願いしてみたら……出てきてくれるかな?
今日はわたしのおやつであるレモネードとレモンマフィンをお供えに用意する。
わたしのお父さんはパティシエで、今はとなり町のケーキ屋さんで働いている。
だから、たまに試作品として作ったお菓子がおやつに出てくるんだけど……わたし実は辛党だ。
お父さんの作るお菓子は美味しいけど、マフィンやシフォンケーキとかよりお煎餅やポテトチップスの方が好き。
お父さんには内緒にしているけどね。
「屋敷神様、屋敷神様。お願いします。遠を何とかしてください。しつこくされて困っているんです」
お供えをのせたトレイをお社の前に措くと、お社の前に膝を付き、手を合わせて目をぎゅっと閉じた。
どうか姿を見せて、雫さん!
しばらく待っても、何も反応はない。瞼を開いたけれど、やっぱり雫さんの姿はなかった。
「……出てきてよ、雫さん」
もしかして、夢だったのかな。何でだろう。鼻の奥がツンと痛くなる。
その痛みをごまかすようにため息をつくと、のろのろと立ち上がる。
お社に背を向けた途端、目の前に立ちはだかった何かにぶつかった。
「わっ!?」
顔面が痛い。何にぶつかったのか確認しようと顔を上げた途端、ぎゅっと抱きすくめられた。
一瞬恐怖で身がすくんだ時、聞き覚えのある声が耳元でささやいた。
「りん、待たせてごめん」
この声は……。
「……しずく、さん?」
「うん、雫さんだよ」
顔を見て確認したい。なのに雫さんは、ぎゅうぎゅうと抱きしめて離してくれない。
「……雫さん、苦しい」
「ごめん、もう少しだけ」
雫さんの背中や腕を叩きながら何度か訴えるけれど、なかなか離してくれそうにない。
「……常世で過ごすよりも、こうしてりんといる方が元気が出てくる」
しみじみと、嬉しそうに雫さんは呟くと、さらにぎゅっとしてくる。
無駄にいい声しているから、へんにドキドキしちゃうよ!
「雫さんの、顔が見たいの! だから離して」
すると、ぱっと唐突に解放された。
やっと目にした雫さんは、両手で顔を覆っていた。
「どうしたの?」
「……りんのせいだよ。ボクの顔が見たいだなんていうから」
「顔を見られるの、イヤだったの?」
「イヤなわけないじゃないか。もう、りんは男心がわかっていないなぁ」
「……スミマセン」
男心なんてさっぱりわからない。取りあえず待つこと三十秒。雫さんは、ゆっくりと顔から手を離した。
「雫さん、熱でもあるの? 顔が真っ赤」
「りんが可愛いこと言うからだよ!」
「ス、スミマセン……」
わたし、可愛いことなんて言ったかな?
雫さんは少し顔があからんでいるせいか、前に見たときよりも少しだけ幼く感じる。目が合うと、雫さんは照れたように笑った。
「あれ?」
確か前は頑張って見上げないと目が合わなかったのに、今は軽くあごを上げたところで目が合う。
縮んだ? と口に出しそうになって、慌てて飲み込んだ。縮んだというよりは、全体的に
「……雫さん、もしかして若返った?」
「ふふ、当たり。りんの年齢くらいにに合わせてみたんだ。どう?」
「どうって……」
同じ顔の作りなのに、微妙に違う。強いて言うなら線が違うのかな。
大人の雫さんは、身体付きも顔つきもシャープな感じだった。でも、今目の前にいる雫さんは、身体付きも線が細めだし、顔つきも……どちらかというと前より可愛い感じ。しずちゃんの双子の弟っていっても誰も疑問に思わないだろうな。
「どう? 遠よりカッコいいでしょ?」
やたらと遠と対抗してくるなあ……と思いつつ、うんとうなずいた。すると雫さんは嬉しそうに、にっこりと笑う。
やっぱり、可愛いかも。
でも、雫さんは「カッコいい」と言われたいみたいだから、正直な感想は心の中にとめておこうと思った。
「それで? 遠のことで何か困ったことが起きたんだろ? 何をされたのかな?」
そうだった! 忘れてた!
「あれから遠がしつこいの。しずちゃんの連絡先を教えろって! だから雫さん、何とかして!」
「うーん。ボクは遠くんの心を奪ってしまったようだね……」
雫さんてば、なんだか得意気な様子。
もう! わたしは迷惑しているのに。
「遠がボクのこと聞いてくるんでしょ。りんは、どうして嫌なの?」
「だって」
遠はしずちゃんのこと女の子だと思っているわけだし。雫さんは男の人だし。
「……雫さん、遠に女の子として好かれるの、嫌じゃない?」
「うん。嫌」
思いきりイヤそうな顔で即答する。
よかった。雫さんの反応を見て安心する。
「だよね。だから連絡先なんて教えられないし、そもそも雫さんスマホとか持ってないよね?」
「すまほ? あるよ」
「え? あるの?」
「うん。遠くにいる相手とも連絡が取れるやつだろう? あとで連絡先交換しようか」
「う、うん……」
意外だ。神様の本人確認ってどうしているんどろう?
「あと……ええと確認なんだけど」
急にモジモジとし出した雫さん。どうしたんだろうと思っていると、恐る恐る口を開いた。
「遠のことだけどさ。りんはボクが困るだろうから嫌なの?」
「うん。そうだけど」
それ以上もそれ以下もない。
「そっか……そっかあ」
今度は急にニコニコ顔になる。コロコロとよく表情が変わるなあ。
雫さんに解決策を期待するのはあきらめた方がいいかも……と思っていたら、今度は張り切った様子で胸をトンと叩いた。
「よし! ここは人肌脱ぎましょう。遠が二度とりんにちょっかいを出さないようにね!」
うーん、大丈夫かなあ……。
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