第4話 勉強会のお誘い
「勉強会?」
雫さんはレモネードをごくごくと飲み干してから小首を傾げた。
「うん。来週から期末テストなんだ。武藤先生から遠と一緒に勉強して欲しいって頼まれて」
「武藤先生?」
「なぎなた教室の先生だよ。ほら、この前会ったでしょ?」
「ああ、あの時のご婦人かあ。でもどうしてなぎなたの先生が遠のお世話をりんに頼むわけ?」
「武藤先生は、遠のおばあちゃんなの。言わなかったっけ?」
「うーん……覚えてないなぁ。あ! なにこれ美味しい!」
雫さんにとっては、遠のことなんてどうでもよさそうだ。ま、お父さんお手製のマフィンを気に入ってくれたようで、娘としてはちょっと嬉しいけどね。
でも、もう少し話しを聞いて欲しい!
「でね! 遠が勉強会に『しずちゃんを呼べ』ってうるさくって」
「うん。いいよ。勉強会にボクもいけばいいんだろ?」
「しずちゃんの姿でね」
「わかった。でも条件がひとつある」
「な、なに?」
ヘンなことだったらどうしよう。ハラハラしながら雫さんの言葉を待つ。
身構えるわたしを見て、雫さんはぷっと笑った。
「そんなに警戒しないでよ。勉強会を、りんのうちでやるならいよ」
「わたしのうち?」
「うん。遠の家という敵陣に乗り込むより、花宮家がいい」
なーんだ、そんなことか。
「うん、別にうちで大丈夫だよ」
「やった!」
万歳して喜ぶ雫さん。そこまで喜ぶ理由がよくわからない。もしかして、外に出かけるのが面倒くさいのかな。
* * * *
次の日、学校に向かう途中で遠を見つけた。さっさと面倒なことは済ませておきたかったから、早足で遠に追いつくと、ぽんと背中を叩いた。
「おはよう武藤。例の件だけど、やるのうちでもいい?」
「おはよ。例の件?」
まだ眠たいのか、遠は半開きの目をごしごしと擦る。
髪も前髪がちょっとはねていてちょっと可愛いと思ってしまう。
ううう、もうこいつに未練はないはずなのに、そんなことを思ってしまう自分が悔しい。
「武藤先生に頼まれた勉強会! しずちゃんがうちがいいんだって」
しずちゃん、と聞いた途端、眠気眼だった遠の目がカッと見開かれた。怖っ!
「タダノさん来るのか?!」
「来るよ」
「よっしゃ! 花宮、恩に着る!」
あからさまに喜ぶ遠を見ていたら、うん。なんか冷静になってきた。
「そんなわけでよろしく。時間はお昼食べた後くらいでいい?」
「おう! 全然オッケー!」
遠の奴、満面の笑顔だよ。
その時、背後からよからぬ気配を感じた。
「みーちゃった、見いちゃった」
後ろから肩をがしっと掴まれる。この声は……ゴシップ好きな花梨ちゃんだ。
「か、花梨ちゃん」
「見ちゃったよ。りんちゃんが武藤とデートの約束してるとこ」
首だけで振り返ると、目を爛々とさせた花梨ちゃんの顔が眼前に。
あーあ。面倒な相手に見つかってしまった。
といっても、通学中なんだから、誰かに見つかってもおかしくはないんだよね。やっぱり、昼休みとか放課後に声掛ければよかったかも。
「武藤、りんちゃんのうちで勉強会するんだ。えー! ふたりってそういう関係? へーふーん」
わたしの首に腕を巻きつけながら、花梨ちゃんはニヤニヤと笑う。
「ちげーよ。そんなわけないだろう」
「そうだよ。武藤にはお目当ての女の子がいるんだから」
「ええっ! ほんとー!?」
花梨ちゃんは黄色い声を上げる。
しまった……。さっさと花梨ちゃんの誤解を解こうと、うっかり余計なことを口走ってしまった。
遠が「余計なことをいいやがって」 と目で語っているけど、知らないふりをする。
「なぎなた教室に見学で来た子なんだけどね」
「えー! その女の子ってどんな子」
「ひとことでいうなら美少女」
「美少女! キャー! わたしも行きたい! りんちゃんち! 武藤がお目当ての子も見てみたーい」
「えええ……」
どうしよう。わたしは別にいいんだけど、雫さんはどうかな? 遠は「断れ!」と口パクで訴えてくるけれど気付かないふりをする。
「わたしは別にいいけど、美少女に聞いてみてからでいい?」
「美少女ね。おっけーおっけー聞いてみて」
「う、うん。聞いてみるよ。美少女が良いなら武藤もいいよね?」
「……ああ」
ふふふ。しずちゃんには逆らえまい。
遠はしずちゃんに会えさえすればいいんだろうし。わたしも三人でいるよりは、花梨ちゃんがいてくれた方が気楽かもしれない。
「そうだ!」
突然思いついたかのように、花梨ちゃんが声を上げると、キラキラとした目を向けてきた。
「りんちゃんちってカフェやってるんだよね? 勉強会、お店でやってもいい?」
「えええ……」
さすがに即答できない。
「それはお母さんに聞いてみないとわかんないよ」
「オッケーオッケー聞いてみて! やーん、りんちゃんちでの勉強会楽しみ~」
花梨ちゃんがはしゃいだ声を上げた時、学校の方からチャイムが鳴り出した。
やばい! このチャイムが鳴り終わると門が閉められてしまう。つまり遅刻だ。
「まずいよ、行こ!」
「えー待ってよ、りんちゃん!」
遠はすでにダッシュで遥か先を走っている。わたしも花梨ちゃんの手を引きながら、学校へ急いだ。
なんとかギリギリセーフで遅刻はまぬがれた。これで勉強会の話は終わりになるかと思いきや、大間違いだった。
昼休み、花梨ちゃん、真帆ちゃんと机をくっつけてお弁当を広げた時だった。
「今度の土曜日、りんちゃんちで勉強会やるんだって。真帆ちゃんもおいでよ」
花梨ちゃんが言い出したのを聞いて、思わず牛乳吹き出しそうになった。
「おいでよって、りんちゃんのうちでしょ。花梨ちゃんが言う台詞じゃないと思うけど」
冷静な真帆ちゃんの言葉に、花梨ちゃんはぷうっと頬をふくらます。
「もう! 真帆ちゃん意地悪」
「どっちが」
あわわ。ふたりの間に険悪な空気が。わたしは慌ててことの経緯を話す。
なぎなた教室の先生であり、遠のおばあちゃんである武藤先生から、遠と一緒にテスト勉強をして欲しいと頼まれたこと。そして、遠からは以前なぎなた教室に見学に来た女の子に一目惚れしたらしく、会わせろとうるさいこと。
「なるほど。勉強会でふたりからの頼みごとをいっぺんに済ましてしまおうと思ったわけね」
真帆ちゃんは納得したように頷いた。
「なんと! その子は、もんのすごい美少女なんだって!」
鼻息荒く花梨ちゃんが言うけれど、真帆ちゃんは「ふうん」でやり過ごす。
「うちの学校の子?」
「ううん、他の学校の子。SNSで知り合ったの。なぎなたに興味があるって」
なぎなた教室で美沙さんたちにもSNSで知り合ったと話していたから、ここでも話を合わせておいたほうがいいと思ったんだけど。
「あれ。りんちゃんってSNSやってたっけ?」
「あー……うん、一応。ほら、うちのお姉ちゃん一人暮らししてるから、生存報告代わりにSNSやってるから、それを見るのがほとんどだけど」
「ああ、大学生のお姉さんがいたんだよね」
そう。遠の初恋の相手である、わたしのお姉ちゃん。お姉ちゃんのSNSの存在は、遠には秘密だ。今は「しずちゃん」に夢中だろうから、もう興味もないだろうけど。
「……りんちゃん。大丈夫なの?」
「え……」
真帆ちゃんの言葉に、思わず箸が止まってしまう。
それはどういう意味? もしかして、わたしが遠のことが好きだったって、気づいていたのかな……。
「うん、大丈夫! よかったら真帆ちゃんも来て」
誤魔化すのと勢いで、真帆ちゃんをお誘いしたところ。
「え、でも美少女の許可は?」
「あ! そうだった」
花梨ちゃんにも、美少女の確認の確認を取ってからって言っていたんだった。
「じゃあ、聞いてみる。美少女がいいよって言ったら」
「うん。じゃあ美少女からいい返事が貰えたら、わたしも勉強会に参加させてもらおうかな」
勢いで真帆ちゃんも誘ってしまったけど、遠の意見は……まあいっか。
「やったあ。真帆ちゃんも来るんだ、嬉しい! あとはカフェで勉強できたらもう最高!」
花梨ちゃんがはしゃいだ声を上げる。
「期末テスト、赤点取ったら夏休み中補講だって」
真帆ちゃんの一言で、一気に静まり返った。
まずい……テスト勉強もがんばらなくちゃ!
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