第5話 しずちゃんのお着替え
勉強会は、午前中にすることになった。
理由は午後はお店が混んでいるから。
花梨ちゃんはやっぱりカフェで勉強会をしたいらしくて、そのことを告げると、あっさりと午後からになった。
雫さんにメンバーが増えたことを伝えると「いいよ」の二つ返事。
なぎなた教室でもすぐに打ち解けていたし、雫さんコミュ力高いしなぁ。女の子たちとは心配はなさそうだけど、問題は遠だよね。
しずちゃんが、がっつり遠を振ってくれることになっているけど、花梨ちゃんと真帆ちゃんがいるからどうなることやら。
そうこうしているうちに、土曜日をを迎えてしまった。
「……雫さん?」
雫さんはまだ寝ているのか、祠はしんと静まりかえっていた。
まさか、まだ寝てるのかな……もう!
ぱんぱんと手を打つと、声を張り上げた。
「おはようございます! そろそろ皆が来るから起きてください!」
「おはよう……」
背後から雫さんの声がしたと同時に、肩がずっしり重たくなる。肩越しに振り返ると、雫さんがわたしの背中にすがりついていた。
「……雫さん、重たい、どいて」
「えー……りん、冷たい」
悪霊でも取り憑いたのかと思って、一瞬焦ったことは内緒です。
しかもまだ男の子の姿だし! こんなところ他の人に見られたら誤解されちゃうよ!
肩に回された雫さんの腕を引きはがし、ほっぺをぺちぺちと叩く。
「お・き・て! あと、今日はしずちゃんでしょ。わたしの服貸してあげるから目を覚ましてよ」
「え! りんの服?!」
途端、雫さんは目をぱちりと見開いた。
「だって、いつも白シャツとデニムパンツじゃない。せっかく美少女なんだから女の子らしい服きなよ。皆、美少女が来るって楽しみにしているし」
「りん、あのワンピースの他に、女の子らしい服持ってるの?」
むか。いつも女の子らしい服を着ていないから仕方がないけど、改めて言われるとなんだか腹が立つ。
「持ってるよ。でも似合わないから着てないだけ」
「えー! 着ようよ! りんも一緒にお着替えしよう!」
「わたしはこれでいいの!」
ゲームのキャラクターがプリントされたTシャツと、黒いハーフパンツ。どうせうちだし、動きやすさを重視した気楽な格好だ。
「りんはこの間のワンピース着てよ。ものすごく似合っていたから、また見たいな」
なんでこの人は、恥ずかしいことをさらっと言うかな!
「わたしは……これでいいんだってば」
「ええー! じゃあ、りんがお着替えしてくれなかったら、遠に会ってあげない! この姿のままで出て、りんの彼氏ですって言う!」
「はああっ!? 冗談はやめてよ」
「冗談なんかじゃないもん」
ぷん、とそっぽを向く。妙に可愛らしい素振りに、今はイラッとするだけ。
どうしよう。もう雫さんと言い合っている場合じゃない。あと1時間もしたら花梨ちゃんと真帆ちゃん、遠がやってくる。
「…………わかった。着替える」
「ホント! やった!」
「でも、あのワンピース以外のにしたい。他にもあるから」
遠に似合わないと言われたワンピース。いくら雫さんが似合うって言ってくれても、遠の前で再び着る勇気はまだ出ない。
「そうだね。あのワンピースじゃなくていいけど……他のっていうことは、たくさんあるんだね。可愛い服」
「う、うん……ある程度は」
「じゃあさ、ボクが選んでいいかな?」
有無を言わさない満面の笑み。もう時間がないから、仕方がない。
「うん、いいよ」
「よし! 善は急げだ!」
「その前にしずちゃん! しずちゃんの姿!」
「あーはいはい」
くるり、とその場で一回転すると、雫さんはしずちゃんの姿になった。
「よーし! ふたりで可愛くなろうね!」
しずちゃんになった雫さんは、可愛らしくウインクした。
* * * *
「ね、似合う?」
リビングでワンピースに着替えた雫さんは、くるりとその場で回ってみせる。白いレースで縁取られた裾が、ふわりと広がった。
「似合う! めちゃめちゃ美少女!」
思わず拍手してしまうほど雫さん、いやしずちゃん可愛い過ぎる!
長い髪はサイドを編み込みにして、後ろでねじってバレッタで留めてみた。
バレッタはお姉ちゃんの。お姉ちゃんがよくしていた髪型だから、やり方を覚えていた。うん、我ながら良い仕上がりだ。
水色のギンガムチェックのワンピース。華奢なしずちゃんによく似合う。
おばあちゃん、ナイスセレクト! わたしには似合わないけどね。
「しずちゃん、モデルさんみたい」
「ありがとう。でも……」
しずちゃんは恥ずかしそうにもじもじすると、上目遣いではにかむように微笑んだ。
「今度は、りんが着たところをみたいなぁ……」
「え、ご冗談を。むしろしずちゃんに貰って欲しいくらいだから」
真顔で拒否すると、しずちゃんは悲しそうな顔になる。うう、中身は雫さんだとわかっているけど、こんな顔をされたら心が痛む。
「…………機会があったらね」
途端、しずちゃんのしょんぼり顔が、ぱあっと花が咲いたような笑顔になった。
「うん! 約束だよ!」
わあ、不味い。神様との約束やぶったらどうなるんだろう?
「さっきからボクのこと褒めてくれるのは嬉しいけど、りんの方がずっとずっと可愛いよ。どう? ボクのセレクトは?」
「うん……結構いいかも」
「でしょ?」
雫さんが選んでくれた服は、ターコイズブルーのキャミソールワンピース。割とシンプルなデザインだけど丈が短い。でもデニムパンツと合わせたら、うんわたしでも大丈夫そう。
髪はサイドを小さく編み込みにして、ヘアピンで留めてみた。
おばあちゃんが買ってくれた可愛い系は、わたしにはかなりハードルが高い。でも普段着と合わせると、わたしが着てもおかしくないみたい。
「こういうのを双子コーデっていうんでしょ?」
「えー……違うと思う」
「ほら! ちょっとずつお揃いでしょ?」
「まあ……言われてみればそうかも?」
「ね!」
同じブルー系のコーデと、髪型もちょっとだけお揃い。仲良しをアピールするためだって、しずちゃんはいう。けれど、わたしと仲良しをアピールする必要ってあるかな?
「りんは元から可愛いけどさ、あんまり可愛くなったら心配だなぁ」
「大丈夫。心配するまでもないし」
「もう、りんは可愛いの! 雫、じゃなくてしずちゃんが太鼓判押しちゃいます」
パチリ、とウインクすると弾ける笑顔を浮かべる。
美少女の満面の笑みは、なかなか破壊力がある。女の子同士でも、ドキッとしてしまう。
遠の気持ち、ちょっとわかるかも。わたしも男の子だったら、しずちゃんに惹かれてしまうだろうな。
「どうしたの、りん? ほら早く行こ!」
「う、うん」
差し出された雫さんの手。つられてその手を取ると、ぎゅっと握り締められる。細くて華奢な手は、思いの外力強い。
「大丈夫。遠が二度とヘンな気を起こさないように、ガツンと振ってやるから」
任せてね! とガッツポーズを取るしずちゃん。その可愛らしさに、遠があきらめてくれるか心配だなあ……。
そしてわたしたちは、勉強会という名の戦場へ向かった。
しずちゃんの健闘を祈る。
わたしはそっと、しずちゃんの後ろ姿に手を合わせた。
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