第8話 渾身の一撃!
「やる気か小娘。無駄なことを……」
臭いおじさんが、杖をつかもうと手を伸ばした。反射的に切っ先を落とし、頭の上でくるりと回し、そのまま面と見せかけて脛を打撃!
「ぎゃあぁ!」
防具を着けていないのに、面を打つのはやっぱり怖い! 打った瞬間間合いを開けて、ああもう、今度はどうしよう!
もうっ! なんでこんなことになったの!!
「この……! クソガキが!」
今度はおじさんが反撃してきた。長くなった杖を掴もうとするおじさんの手を必死にかわす。狭い小屋の中を逃げ回り、おじさんをポコポコ叩いては逃げ、逃げては叩いて……のくり返し。
「おりんちゃん、甘いなぁ。一撃必殺の心持ちで打たないと、魚のえさになっちゃうよ」
それは! 絶対にイヤ!
必死に色んな技を繰り出すけれど、臭いおじさんは叩かれながらも距離を詰めてきた。
「ちょこまかと……うっとうしい!」
臭いおじさんが、杖の先を片手で捕える。
杖をねじってわたしの手からもぎ取ろうとするが、離すわけにはいかない! わたしも奪われてまいと、必死に食らい付く。
「は……離してよ!」
「うるさい! いい加減、観念しろ!!」
やっぱり大人の力には敵わない。今度は杖ごとわたしを捕まえようとする。踏ん張る足が引きずられ、もうダメだと諦めそうになった時だった。
「もう、仕方ないなぁ」
ひょっこりとおじさんの背後にまわったブラック雫さん。何をするのかと思ったら、おじさんの脇腹をこちょこちょとくすぐり始めた。
「な?! うひひっ! ひゃっはぁ!」
奇声と共に臭いおじさんは身をよじらせ、杖から手を離した。
今がチャンスだ! これを逃したら、もう跡がない!
素早く杖を引き寄せ、長い杖を胸に構え、半身の身体をひるがえす。
「めぇえんっっ!!」
掛け声と共に、杖を勢いのままに振り抜いた。
***
渾身の一撃で倒れた臭いおじさんは、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「……もしかして、死んじゃった?」
「いいや、気を失っているだけだよ」
「よかった……」
わたしが殺人犯にならなくて。
ホッと胸を撫で下ろすと、ブラック雫さんはわたしの頭をよしよしと撫でる。
「よく頑張ったね、おりんちゃん」
「最初から神様が倒してくれればいいのに」
「いやぁ、ボク、直線的な攻撃は苦手だからさ」
「ソウデスカ……」
疲れて憎まれ口すら見つからない。
「あれ? 血が出てる」
「え? ああ」
おじさんと揉み合いをした時に、手の皮が剥けてしまっていた。
「よくあることだから」
平気、と言おうとしたら、突然ブラック雫さんは着物の裾を裂いた。突然のことに驚いていると、裂いた布で、わたしの手にくるくると巻き付ける。
「あとで手当てしなさいね」
「……ありがとう」
意外。案外優しいところもあるんだ。とブラックさんを見直した直後。
巻いた布の上に、ちゅっと口付け……え、今のなに?!
「い、いまの……なに?!」
「え? おまじないだよ」
「………!」
雫さんと同じ顔で、なんてことをしてくれるんだ!
何も言葉が見つからないまま、へなへなとへたり込んでしまう。この神様は……心臓に悪い。
そんなわたしをよそに、ブラック雫さんは袖をぱたぱたと揺すった。
「ほら、もう出ておいで」
すると袖の中からふわりと、おすずちゃんが現れた。なんか……もう驚く元気もない。でも、おすずちゃんが無事でよかった。
「おりんさん……大丈夫ですか?」
「うん、わたしは大丈夫」
床に降り立ったおすずちゃんは、足元に転がった臭いおじさんの姿にぎょっとする。
「あの……ヌシ様。叔父をどうなさるつもりですか?」
「うん、ちょっと身体を拝借しようと思ってね。おりんちゃんに殺さない程度にやっつけてもらうよう頼んだんだよ」
「あの、身体を拝借とは?」
おすずちゃんの質問に、ブラック雫さんは目を細める。
次の瞬間、ブラック雫さんの姿がかき消えた。
「ヌシ様!」
「雫さん!」
同時に叫んだ直後、臭いおじさんがぱちりと目を覚ました。むっくり起き上がるおじさんから、とっさにおすずちゃんを背にかばう。
「ボクだよ、おりんちゃん」
臭いおじさんは、にこりと笑った。
「まさか……ブラッ……神様?」
「そうだよ。拝借するって言ったじゃないか」
本当に臭いおじさんの身体に……のり移ったの?
おじさんは自分の身体を見渡して、ものすごくイヤそうにため息をついた。
「……うわー、この身体重たいし、見てよ。お腹がたるんたるんだよ」
お腹をさすりながら嘆いている。
どうやら、中身は本当にブラックさんのようだ。
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