第5話 人の想いから産まれた神様
「あの、神様って親戚とか兄弟っているんですか?」
雫さんと、雫さん(仮)は、本人と思うくらい本当にそっくりだった。だけど。
「さあ? 少なくともボクにはいないかな」
だったら、どうしてこんなにもそっくりなんだろう。そんなことを考えていると、雫さん(仮)は、ぽつりとつぶやいた。
「ボクは人の想いから産まれた神様だからさ」
「人の想いから生まれた?」
「そう」
雫さん(仮)は、静かに話を続ける。
「花宮の人間なら知っているかと思うけど、この蔵の横を流れている川、よく氾濫するだろう」
「……氾濫、ですか?」
「そう。ボクはこの川の流れを鎮めて欲しいと願う人の想いから産まれた神様でもあるんだ」
「沼の神様じゃなかったの?」
「沼の神様でもあるってこと」
神様って、色々掛け持ちするってことなのかな。よくわからない。
「なんだ。この先にある湧き水が作った沼も、困った荒ぶる川もボクってことだけど……ボクにはもうどうすることもできない」
「どうして? 神様なんでしょ?」
「言ったろ。人の想いから産まれたって。ここには……ボクに願うモノはもういないからさ」
「神様にお願いする人がいないなら、生け贄なんて捧げたりしないんじゃないの?」
すると、おすずちゃんは頭を振った。
「だから、実際には花嫁は捧げられていないのです。ヌシ様がおっしゃるには……花街に
「そ。村の人はどれだけの人が知ってるんだろうね? それにしても、神様を利用するとは、いい度胸だよねぇ」
雫さん(仮)は、冷ややかに、そして少しだけ寂し気に笑った。ふと、その表情がわたしが知っている雫さんと重なって、つい言ってしまった。
「ねえ、雫さん」
「しずくさん?」
雫さん(仮)が怪訝な顔になる。
あ、しまった!
「ええと間違えました! わたしの知り合いに似ていたから、つい!」
「ああ、だから親戚とか兄弟とか言い出したのか。ふうん、しずくさんか。いい響きだね」
「ドウモ……スミマセン」
それにしても、荒ぶる川を鎮めるための花嫁。
花梨ちゃんが言っていた心霊スポットの話、そのものだよね?
その昔、まるで鶴の首のように曲がりうねっているから「つるがくびかわ」という名前が付けられたって郷土史にある。百年くらい前に治水工事が行われてから、川が氾濫することはなくなったというけれど……。
「あの、この縄解いてくれませんか。川を見たいんです」
この目で川の様子を見てみたかった。でも両手を縛られたまま、床に転がったままでは起き上がることすらできない。
「だめだよ。逃げちゃうから」
「逃げません」
「えー、本当かな? まあ、逃げちゃってもいいだけどね」
「どっちですか?!」
「さあね」
ああもう、この人面倒くさい! こうなったら浴衣がぐちゃぐちゃになるのを覚悟で起き上がるしかない。と浴衣の裾を大股開きで広げようとした時だった。
「こらこら
自称鎮守の神様は、わたしを横抱きに、つまりお姫様抱っこした。雫さんそっくりな顔が目の前に近づく。
「ひゃあぁ……!」
「うるさい子だね。放り落とすよ」
慌てて口をつぐむと、お姫様抱っこのまま、小屋から連れ出された。鍵が閉められていないのか、自称鎮守の神様は……もとい雫さん(仮)は、わたしを腕に抱いたまま片足で重たげな戸を簡単に開けてしまった。
小屋の裏手にある背よりも高い草で覆われた斜面を、軽やかにとんとんと昇る。そうして足を止め、長い草をがさりとかき分けた。
「ほら、流れが早いだろう?」
「うそ……」
幅が広い川が流れていた。いつの間にか夕暮れ時で、オレンジ色に染まった水面てらてらと光っている。
まるで鶴の首のように、曲がりくねった川が、長々と横たわっていた。
わたしが知っている川と、形がまったく違っていた。
「この川……なんて名前ですか?」
「鶴の首みたいに曲がっているから『つるがくびかわ』って呼ばれていたかな」
間違いない。ここは百年以上前の世界だ。
ということは、わたし……タイムスリップしちゃったの?!
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