第4章 屋敷神様と鎮守の神様

第1話 廃神社

 心霊スポットである廃神社は、住宅街から離れた田んぼの片隅にひっそりとあった。青く実った稲穂の絨毯が広がる先に、その場所だけは暗い影を落としているかのようだ。


「じゃーん! ここでーす!」


 木々に囲まれた朽ちた石造りの鳥居の前で、花梨ちゃんは嬉しそうに廃神社の前に立つ。鳥居の向こうに小さな山が見える。その一番高い場所には、さらに崩れそうな祠がひとつ。

 誰も手入れなんかしていないだろう。なのに雑草がほとんど生えていないのが、かえって奇妙な感じがする。


 やっぱり、ここ不味いんじゃないのかな……。


 廃神社の前に立った途端、ぞわっと鳥肌が立った。ふと隣をみると、真帆ちゃんと遠も寒そうに腕をさすっている。

 雫さんといえば、少し離れたところからわたしたちを見つめている。ふと、視線が合いそうになる寸前、慌てて目を反らす。

 雫さんは、わたしの質問に答えただけだ。わたしが勝手に腹を立てているだけで、雫さんは悪くない……とは思うけど。胸のもやもやが、さっきよりひどくなってしまった。


 雫さんのことを気にしていたら、いつの間にか花梨ちゃんともみやまんが、何やら始めようとしていることに気が付いた。


「もみやまん、動画おっけ?」

「お任せあれ」

「動画撮るの?」

「うん! もちろん!」


 花梨ちゃんは、スマホが向けられているのを確認する。古びた鳥居の前に立つと、花梨ちゃんは普段は聞かないようなアニメっぽい声で話し始めた。


「こんにちは! 郷土研究部でーす! 今日は地元でも有名な心霊スポットにやってきました! なんと我が町を流れる鶴ヶ久美川つるがくびがわは、昔は何度も氾濫を起こして田畑や家屋を押し流し、多くの被害を与えていました。そこの君は知っていたかな?」


 突然話を振られた遠は、一瞬ぎょっとするものの、スマホのカメラを意識して「当たり前だ」と言い放つ。


「小学校の頃習ったし、それくらい知っている」

「はい! 小学校で習いましたね? では、この廃神社と鶴ヶ久美川つるがくびがわはどう関係があるでしょう? はい、そこのあなた!」


 今度は真帆ちゃんに話を振る。真帆ちゃんは遠と違って、まったく動じない。


「川の氾濫を鎮めるために、神様に生贄を捧げた。その場所がこの神社なんでしょ?」

「そのとおり! さすが真帆ちゃん!」


 事前に打ち合わせをしていたかのように、真帆ちゃんのコメントはばっちりだ。


「……そう。文献によると、この神社は治水する前は川だった場所」


 今度は声のトーンを落とし、花梨ちゃんはおどろおどろしく語り始める。


「ちょうどこの場所に人身御供を立てたことから、この場所に神社が建てられたのだと、『鶴ヶ久美町の歴史』に記されています。そして!」


 花梨ちゃんがノリノリで語り出した時だった。もみやまんがストップを掛けた。


「待ってください。急にカメラの調子が……」 

「やーん! 霊障?! すごいすごい!」


 困るどころか花梨ちゃんは嬉しそうだ。


「……ヤバい、鳥肌立ってきた」

 遠がジャージの上から腕をさすると、真帆ちゃんもぶるりと身体を震わせる。

「わたしも……まずいかも」


 わたしも怖くて足がすくんで動けない。

 昼間なのに、どうしてこんなに薄気味悪いんだろう。

 今日だって暑いはずなのに、どうしてこんなに空気が冷たいんだろう。


「ねえ……もう帰らない?」


 反対されるのはわかっているけれど、思い切って言ってみる。


「ええーダメだよ! これからが本番なんだから! りんちゃんも郷研の一員として頑張ろうよ!」


 やっぱりね……でも頑張りたくない……帰りたい!


「そんなわけで、廃神社に突入します! りんちゃん、鳥居の前に立ってみて、写真撮るから」

「イヤだよ!」

「中に入る時は、みんなで行くから大丈夫! 入口の写真撮りたいだけだから」

「でもスマホの調子、悪いんでしょ?」

「大丈夫! わたしのは壊れてないから」


 ううう……仕方がない。確かに部員として何もしていないし、写真に撮られるくらいなら頑張れるかも。


「ホントに入口だけだからね?」

「うん、もちろんだよ!」


 遅る遅る鳥居に近づくと、みんながいる方を振り返る。


「この辺でいい?」

「うーん、もっと下がって。鳥居全体が撮れないから」

「ううう……」


 あんまり鳥居の向こうへな行きたくないんだけどな……。

 仕方がなく、一歩だけ下がる。


「この辺でどうかな?」

「うーん、もう大きく一歩下がって」


 花梨ちゃんはスマホを構えたまま、手で下がるように合図する。

 少し自棄になって、思い切り後ろに下がった……その時だった。


「わ!」


 突然肩を掴まれ、強い力で後ろに引き倒される。


「りん!」


 雫さんが、わたしに手を伸ばす姿が一瞬見えた。その手を掴もうと手を伸ばした瞬間、目の前が塗りつぶされたように真っ暗になった。



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