第7話 遠の恋の行方はいかに?!

「わ! りんちゃん可愛い!」

「そんなことないよ。花梨ちゃんの浴衣可愛いし、真帆ちゃんは大人っぽくて素敵だし」

「ありがと! しずちゃんもお久しぶりだね! やーん! めちゃめちゃ可愛ーい!」


 玄関先では、女の子同士で浴衣の褒め合い合戦が始まった。

 花梨ちゃんは黒地に蝶々の模様が散りばめられた浴衣だった。襟や袖や裾は白いフリルがついていて、丈も短くてミニスカートみたい。ピンクの帯も蝶々みたいに前に結んである。

 真帆ちゃんは、すっきりときれいな青の浴衣で、白や赤の梅模様が入っていた。帯も濃紺で、髪には白い小花を散らしたような髪飾りで留めている。


「武藤くん稽古着じゃない! ジャージ! もみやまんの甚平……なんか渋い」

「ああ、祖父のものを借りた。なかなか涼しくていいんだ」


 郷土研究部の部長である籾山こと、もみやまんは紺色の甚平姿。もみやまんは大人っぽいを通り越して、おっさん臭いが正解だ。花梨ちゃんと並ぶと、親子に見えなくもない。

 そして遠は……学校のジャージ姿だった。なぎなたを肩に担き、スカイブルーの上下のジャージは目に痛いくらいだ。


「武藤、稽古着じゃなかったっけ?」と、真帆ちゃんが尋ねる。

「ばーちゃんが、稽古以外で稽古着のままうろつくなって。あーあ……稽古着着てくればよかった……」


 ああ、武藤先生なら言いそうだ。せっかく、愛しのしずちゃんがいるのにジャージとは。遠、気の毒な奴である。


「遠くん、ジャージも似合うよ」


 くすくすと笑いながら、しずちゃんが助け船を出す。

 ダメだよ、優しくしちゃ! これから遠を振るんだから!

 必死に「ダメ!」と目で訴えるものの、しずちゃんってば見事に知らんぷりだ。

 遠は照れ臭そうにうつむくと、なぎなたをぐるぐる回しながら呟いた。


「……タダノさんも、すっげー浴衣似合ってる」

「ありがとう♪」


 あーあ、遠は真っ赤になっているし。期待持たせちゃダメだってば……。

 すると真帆ちゃんが、しずちゃんの浴衣姿をじいっと見つめて首を傾げた。


「あのさ。しずちゃん。帯、ずいぶん低い位置で締めてない?」

「ふふふ。いーんだよ、これで」


 しずちゃんは、にっこりとほほ笑む。

 確かに言われてみれば、しずちゃんの帯の位置はずいぶんと低い。わたしたちはウエスト辺りで結んでいるのに、しずちゃんは腰骨辺りで結んでいる。それに、帯もちょっと細いかも。


 すると、もみやまんが衝撃発言をぶちかました。


「女性は胸と腹の辺りで帯を結び、男性は腰骨の位置で帯を結ぶと祖母が言っていたな。しずさんは男性なのだろう? だから問題ないのではないか?」


 一瞬、しんと静まり返った。そして次の瞬間。


「「「「えええええっ!!!」」」」


 わたしもみんなと一緒に、驚きの声を上げてしまった!

 確かに今日はいつものしずちゃんよりも、きりっとしているなとか、女の子っぽさが低いな、とは思っていたけれど。


 そうか! これが遠対策仕様ってことなんだ! 


 男の子ってことにして、遠の恋を諦めさせるって計画なんだ。でも、今まで散々女の子として振る舞ってきたのに無理がない?


「しずちゃん、男の子なの?! えー! 全然わからなかったよ!」

「ふふふー、でしょー?」


 意外にも花梨ちゃんは、あっさりこの事態を飲み込んでしまった。素直というか……すごすぎる花梨ちゃん。

 遠といえば、驚きを通り越して呆然としている。


「ねえねえ、どうして女の子の恰好していたの?」


 花梨ちゃんの質問に、しずちゃんは物憂げな様子で目をそっと伏せる。


「わたしって、あんまり男の子っぽくないでしょ? それに可愛い服も大好きだし……それにね、りんもわたしのこと、ずっと女の子だと思っていたみたい。だから、ずっと女の子のふりをしていたの」


 今度は真帆ちゃんが尋ねる。


「じゃあ、どうして今日は男の子の恰好なの?」


 今日も男の子の恰好とは言い難いけれど、まあ置いておこう。

 しずちゃん……雫さんが何を言い出すのか予測不可能だ。ヒヤヒヤしながら、次の発言に備えて身構える。


「それは……」


 雫さんは、それはそれはきれいな笑顔を浮かべた。

 

「大好きなりんに、男の子として意識して欲しいなって思ったから」


 突然の告白に、花梨ちゃんが「きゃー♪」と黄色い声を上げる。真帆ちゃんともみやまんは呆気に取られ、遠は表情が抜け落ち、まるで埴輪のようになっていた。

 そしてわたしといえば。


「な、なななな……何言ってるの?!」


 顔から火が噴き出しそう。心臓の鼓動も、ものすごいスピードで息苦しいくらい。色々無理な設定に文句を言ってやりたいくらいだけど、何も言葉が出てこない。


「ちょっと待ってくれよ! タダノさん、冗談だろう?!」


 堪りかねた遠が、しずちゃんの目の前に躍り出た。

 一目ぼれした女の子が、実は男の子でした……なんて、普通は納得できるものではない。遠の反応は至極真っ当なものだと思う。


「ごめんね、遠くん。でも、もう自分の気持ちを誤魔化すことはできないの」

「でもっ! 確かにタダノさんは女の子だった!」

「……じゃあ、手、貸して」

「え?」


 雫さんは遠の手を掴むと、自分の胸元にぐいっと押し付ける。一瞬「わっ!」と手を引こうとしたけれど、雫さんの力の方が強かった。ぺたりと雫さんの胸に触れて、再び埴輪化してしまった。


「…………嘘だ」


 遠は力が抜けたように、ぺったりと地面に座り込んでしまった。

 好きになった女の子が、男の子だったなんて……遠の恋愛にトラウマを残した瞬間だった。




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