第6話 おりんちゃん

第6話 おりんちゃん


「りん! 可愛い! 可愛すぎる!」

「……アリガトウゴザイマス」


 浴衣に着替えたわたしを見て、雫さん……今はしずちゃんの姿をしている……は、飛び上がって感激している。


 昼食の時、お母さんに浴衣を着て友達と出掛けると伝えた。すると「凜がおしゃれに目覚めるなんて……!」と感激した後、お店をお父さんに丸投げして押入から浴衣や小物を出してくれた。

 

 わたしの浴衣はもう小さくて、お姉ちゃんのを借りることにした。

 お姉ちゃんの浴衣は少し大人っぽくて、紺色の生地に色とりどりの花火の模様が入ったものだ。帯は山吹色で、髪には小さなひまわりが三つ並んだ髪飾りを付けてくれた。

 お母さんがお店に戻った後、しずちゃんがやってきて、こうして褒めちぎっているという状態だ。


「……最近の浴衣にしてはちょっと渋いかも」

「ううん、ものすっごく似合う!」


 満面の笑顔でわたしを褒めるしずちゃんは、白地に朝顔の柄が入った浴衣だった。紺色の帯と合わせるとずいぶん大人しめだ。髪はひとつにゆるく三つ編みをして、肩に流している。

 もっと可愛いを前面に押し出してくるかと思ったけれど、元がいいから返って可愛さというか、きれいさが際だつ。


「しずちゃんのほうこそ、似合ってる」

「ありがとう」


 ふわりと目を細めるしずちゃんは、しずちゃんであるけれど少し雰囲気が違う。ちょっと凛々しさがあるというか、乙女度がいつもより低い気がする。


「なんか、いつもと違くない?」

「ふふふ。わかる? 今日は遠くん対策仕様だからね」


 遠仕様ってなんだろう?

 考えていると、しずちゃんの視線がずっとわたしに向けられていることに気が付いた。その目がひどく嬉しげで、懐かしげで、ちょっと居心地が悪くなる。


「……そんなに見ないでよ」

「だって、ずっと見ていたいんだもん」

「また恥ずかしいことを言う!」

「だって、仕方がないじゃない」

「もう……!」


 顔が真っ赤になりそうなのを堪えるように、必死にしかめっ面を浮かべる。全然可愛くない顔になっても、しずちゃんは愛おしそうにわたしを見つめる。


「……やっぱり……だなぁ……」


 小さく呟いたしずちゃんの言葉は、しみじみと懐かしさが滲んでいた。


「やっぱり、なあに?」

「ううん。なんでもなーい」


 しずちゃんは笑ってはぐらかす。

 本当は聞こえていた。「やっぱり、おりんちゃんだなぁ」って言っていたのを。

 最初の頃はわたしのことを「おりんちゃん」って呼んでいた。時代劇みたいな呼び方だからやめてっていってからは、もう呼ばなくなったけれど。

 わたしを通して「おりんちゃん」を見ている気がする。そう、別の誰かを。


 雫さんのいう「おりんちゃん」って、誰のこと?


「ね、雫さ……」


 話し掛けたちょうどのタイミングで、玄関のチャイムがなった。


「ほら、りん。花梨たちが来たんじゃない?」

「あ……ああ。うん」


 わたしはインターフォンの受話器を取る。


『やっほー! りんちゃん!』


 小さな液晶に写ったのは花梨ちゃんだった。わいわい他の声も聞こえるから、真帆ちゃんと遠に部長も来ているみたい。


『支度終わった?』

「うん。しずちゃんも来ているよ」

『?! ほんとかっつ!!』


 今度は遠がアップになる。花梨ちゃんとの会話がばっちり聞こえていたんだろうな……。


『りんちゃん、しずちゃん! 早く早くー!』


 おりんちゃんの件は、また後でいっか。


「わかった! 今行くね」


 これから心霊スポットへ向かうんだよね? みんな、全然そういうノリじゃないんだけど……まあ、いっか。 



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