第4話 気になるお嬢さん

 うちに帰ると、祠の前で雫さんが座り込んでいた。今日は大人の雫さんの姿だ。団扇をぱたぱたしながら、口にはアイスの棒を加えている。

 団扇とアイスの出所に悩んでいると、わたしに気が付いた雫さんは、ひらりと手を振った。


「あ、おかえり~」

「た、ただいま……。雫さん、暑くないの?」


 一応木陰の下にいるものの、今日の最高気温は37度! わたしなんて、日傘とアイスリングをしても、もう汗だくだ。


「いやいや、暑いよ~。昔はこんなに暑くなかったのになぁ」


 と団扇をひたすら扇ぎ続ける。とはいえ雫さんは、汗を一滴もかいた様子もない。

 疑わしく思っていると、目の前に「はい。おすそわけ」と差し出されたのは、くわえていたアイスの棒だった。


「……このアイス、どうしたの?」


 アイスの棒をつまみながら尋ねると、すると雫さんは得意げに笑った。


「ボクがここに座っていたら、とある女の子がくれたんだ」

「女の子?」

「そう。よくこの辺りを散歩しているお嬢さんなんだけど、ボクの祠にお供えしてくれたんだ」

「アイスを?」

「正確にはアイスの当たりくじを」

「当たりくじって」

「ほら、これだよ」


 と言って、わたしの持つアイスの棒を指差した。そこには「当たり」と書かれている。


「近くのコンビニでアイスと交換できると、その子が教えてくれたんだ。また当たりが出たから、りんにあげる」

「……せめて洗ってから渡して」


 はい、と突き返すと「仕方ないなあ」とぼやきながら、雫さんは庭の方へ行った。

 水道を使う音を聞きながら、わたしの心はモヤモヤしていた。


 女の子って、お嬢さんって……誰?

 雫さんも雫さんだ。神様のくせに、ちょっと可愛い女の子にアイスの棒なんかお供えたからってニコニコしちゃってさ。


 モヤモヤが暗雲に変わろうとした時、祠の方から「ニャーン」と可愛い声がした。振り返ると祠の上に白い猫が乗っかっていた。

 大人の猫より、ひと回り身体か小さい。まだ若い猫なんだろうな。琥珀色の目がくりくりしていて可愛い仔猫だ。


「こら、神様のおうちに乗っちゃダメだよ」


 抱き上げても大人しい。返事をするように「ニャーン」と鳴く。

 か、可愛い……!

 抱っこすると毛がふわふわしていて、柔らかくてあったかい。頭を撫でると喉をゴロゴロさせる。


 仔猫の可愛らしさを堪能していると、洗ったアイスの棒を手にした雫さんが戻ってきた。仔猫を抱いているわたしを見ると、ふっと柔らかく目を細める。

 雫さんは近寄ると、仔猫の頭を優しく撫でた。


「さっきはありがとう。また当たりが出たよ」


 猫に何を話しているのだろうと頭を捻る。


「りん。こちらがさっき話したお嬢さんだよ」

「お嬢さんって……」

「だって、この子は女の子だからね」


 仔猫は同意するように「ニャーン」と可愛く鳴いた。

 猫のことだったんだ……なのに、わたしってば……。

 胸のモヤモヤは晴れたものの、今度はとてつもない恥ずかしさが襲ってくる。


「あっ!」


 仔猫はわたしの腕から、ぴょんと飛び降りた。と思ったら、あっという間にどこかへ行ってしまった。


「りん、アイスもらいに行こう?」


 雫さんが手を差し出した。つられて手を伸ばすと、雫さんはぎゅっとわたしの手を握りしめた。

 普段なら振り払うところだけど、今日はなんとなくこのままでいたい気分だった。雫さんは嬉しそうに、つないだ手を大きく振りながら歩き出す。


「明日から夏休みだね! りんといっぱい遊べる!」

「……その前に片づけてほしい面倒ごとがあるの」

「ははあ、遠くんのことだね」


 さすが雫さん。察しがいい。


「夏祭り、しずちゃんと一緒に行きたいんだって」

「えー、ボクはりんと行きたい」


 それはちょっと……。

 知り合いがいっぱいいるから、ちょっとイヤだ。でも、しずちゃんの姿だったらいいかな。


「恋人がいるっていったけど、自分の口から確かめたいんだって」

「ボクも、ずいぶんと好かれたものだねえ」


 雫さんは、やれやれと首をすくめる。


「いいよ、遠と会っても。ちゃんとボクの口から言うよ。その後はりんとお祭り回りたい」

「しずちゃんの姿だったらいいよ」

「えーどうして?」

「だって、友達とかいっぱいいるし、男の子と一緒にいるのを見られたら……ちょっと恥ずかしい」


 途端、雫さんは満面の笑顔になる。


「仕方ないなあ。わかった。いいよ、しずちゃんの姿で」


 よくわからないけれど、なんだか急に嬉しそう。とりあえず、しずちゃんの姿だオッケーがでてよかった。

 ほっと胸を撫で下ろした直後、問題なことを思い出した。


「あ! お祭りの前にもうひとつ!」

「もうひとつも、面倒ごと?」


 わたしは大きく頷いた。

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