第六話 異世界からの抹消者
「も、元には戻せないって」
そんな話、聞いていない。
「そう。一度上書きしてしまった彼らの性格は、前のように元に戻すことはボクの力ではできない。やれることは、もう一度似たような性格にさせるくらいだ。残念なことにね」
少女の淡々とした話を聞いている内に、僕は両手を額に押し付けて、心底絶望的な気持ちになる。
「なんで! なんでそんなことしたんだ!」
僕は少女に近づき、肩を掴んで揺さぶる。
「……ごめん」
少女は僕から目を逸らすように横を向く。僕は少女の肩を掴む力が段々と強くなっていった。
「生憎、アコロネラ様からいただいた言葉はそう多くはない。だからいくらボクの肩に力を入れても、他の言葉が聞けるとは思わないでほしい」
少女の機械的な物言いに、僕は下唇を噛みながら手の力を緩めて、少女から手を離す。そうしたらガクッと足の力が抜けて、僕は膝から崩れ落ちた。
ボクは何て事をしてしまったんだ。
自責の念にかられ、目に涙が溜まる。
「キミはどうしようもなくなると、いつもそうなのかい?」
少女の言葉に腹が立ち、僕は少女を睨み付け、感情が導くまま言葉をぶつけようとした。
「誰のせい……」
でもそこで言葉が止まる。
そうだった。
こうなってしまったのは僕のせいだ。何を少女のせいにしているんだ。少女は僕が願った事を叶えてくれたに過ぎない。全ては善意でやってくれた事なのだ。
少女に怒りをぶつけるのは間違っている。
「ねぇ……他に方法ってないの?」
僕は少女を見上げる。
「何かないの? キミはすごい〝生命体〟なんでしょ? だったら時間を巻き戻したりとかして、全て無かったことにするくらいはできるんでしょ?」
自分でもおかしい事を言っているのは分かっている。でも僕にはもう、少女の不思議な力にすがるしか、清水さん達を救う方法がない気がした。
「さっきも言ったようにボクの力ではどうすることもできない。……ただ」
少女は目を瞑り、何かを思案するように瞼をピクピクと動かし、ゆっくりと目を開いた。
「方法はないわけではない」
え?
「ホントに!」
僕は心から嬉しくなり、顔が綻んでしまう。清水さん達を元に戻す方法さえ分かりさえすれば、後は何とかなるような気がしたのだ。
「それは……ハッ!」
急に少女が大きく目を見開き、驚きの声を上げる。
「な、何? どうしたの?」
少女の唇はわなわなと震え、両手をギュッと握り占める。
僕は彼女のただごとじゃない様子を、ただ口を半開きにさせたまま眺め、呆然と立ち尽くしていた。
「ここまでか……」
少女は俯いて、独り言のようにそう呟く。
「な、何がどうしたの?」
少女の反応を見る限り、何か悪い事が起こりそうな予感がする。
何かとんでもない事が起こりそうな……。
「キミに言ったよね。ボクは異世界で混人間が操る後記型進化生物……つまりはドラゴンに握りつぶされてこの世界へと転生を果たした生命体だって」
少女が俯いたまま、そう呟く。
「う、うん。そうだよ。で、でも、今って一体、何が起こっているの?」
少女が異世界からの転生者という事実は、今までの不思議な出来事からもう確信を持っている。ただそれよりも今、何が起こっているのか知りたい。僕は少女に問いかけ続ける。
少女は軽くため息を吐いて、重々しく口を開く。
「そのボクがいた世界から、この世界に抹消者がやってくる。ボクの存在を消し去るためにね。これがどういうことか分かるかい?」
「え? え?」
抹消者?
少女が消される?
急にいろんな情報が飛び交って、僕の頭では処理しきれなくなってしまう。
僕は呼吸が荒くなり、不安による見開いた目で少女を見据える。
「ボクがいた世界で、純人間と混人間との間で戦争中だったんだ。それが、時空を超えて今、抹消者がこの世界へとやって来るのならば、意味する所は一つ」
少女はそこで一旦、言葉が止まる。口を結び、右手を顔の前まで持ってきて開く。その行動にどんな意味を持つのか、僕は分からないが、僕はただ少女が言葉を続けるのを待ち続けた。
「純人間の敗北だ」
少女がそう言うと、開いた右手にポタポタと顔から滴が流れ、右手でそれをギュッと握りしめる。
「奴らがどこで、ボクがこの世界へと転生したのを知ったのか? なぜボクみたいな弱い純人間を完全消滅させようとするのか? 疑問はあるが、そんな事はもはやどうでもいい」
少女は顔を上げて僕を見る。
「アコロネラ様は初めからボクに楽園をもたらす気はなかったんだ。キミが思っているように、この世界は最悪だったというわけだ」
少女はいつものように抑揚のない声で淡々と話している。その言葉の節々に悔しさが滲み出ているのが、僕には分かった。
「そんなことない」
だから僕は少女に言い返した。強がりでも少女への慰めでも。何に捉えられようが構わない。
ただ僕は少女の口からこの世界が最悪だと聞きたくなかった。
「この世界は、君が望んでいた楽園なんだ!」
僕は叫ぶ。
「嘘をつくな川越アキラ。キミはこの世界を嫌っている。それはキミの複写した記憶で分かっている」
そしていつもよりも早口で喋る少女。
「僕が楽しさを知らないだけだよ。……いや、そもそも楽しくしようとしなかったんだ。僕は……変わってしまった清水さん達を見て気づいたんだ」
僕がそう喋っている間、少女は一定のリズムで頷くように首を上下させる。
「川越アキラ。言いたいことはあるだろうが……」
「楽園は、どんな状況になっても誰かに与えて貰うものじゃない。自分で見つけていくものなんだ!」
僕は少女の言葉を遮り、自分の言いたい事を最後まで言いとおした。少女は黙って僕を見つめ、僕も少女の透き通った目を見つめ返す。
二人の間に一つの風が過ぎ去った頃、彼女が口を開いた。
「言いたいことは終わりかい?」
僕は大きく頷く。
「だったら、キミはもう離れた方が良い。抹消者は一瞬にしてボクを消し去るだろう。キミにはその巻き添えになってほしくない。それに……」
少女は一度間を挟んだ後、また話し出す。
「明日になれば学校の彼らは元に戻るはずさ」
少女の言葉に僕は目を丸くして驚く。
「なん……」
「そしてキミにも普段通りの日常が帰ってくる。すまなかったね」
今度は少女が僕の言葉を遮り、謝罪の言葉を言い放つ。そして、少女は僕に背を向けて、ゆっくりと歩きだす。
「どういう意味なの!」
僕は叫ぶ。それでも少女の足は止まらない。
少女が僕に謝るのはお門違いだし、清水さん達の問題も明日には解決しているという。
なんで? 彼女は自分の力では無理だと言った。おそらくはこの世界で一番何でも出来る存在であるにも関わらず、無理だと言った。少女以上に不思議な力を持つ人なんているのだろうか。
…………。
まさか!
不器用な知能で色々模索していると、僕の頭は最悪な答えを導き出した。
「キミが消えるから……」
かすれる声で僕は少女に言う。
少女の足が一瞬、ピタっと止まるが、また歩きだす。
僕は走って少女に追いつき、少女の紺色ローブの裾を掴む。
「離してほしい。川越アキラ」
少女の言葉で、尚一層強く裾を握りしめる。
僕はやはり馬鹿だ。
自分の事ばかり見ていて、周りの事なんか全然見ていない。少女が消えてしまうという事実も僕は他人事のように聞き流していた。
「あと……三分ほどで抹消者がこの世界へとやって来る。抹消者はこの世界でボクを消滅させた後は、何もしないはずだ。そのまま元いたボクの世界へと帰り、勝利の杯を交わすだろう。このままボクといたら、キミもボクと一緒に抹消者に消滅させられる。もうこの世界でボクは誰も巻き込みたくない」
僕は少女の前に回り込んで、顔を俯かせながら少女の肩を掴む。
「キミも消えたいのかい? 折角キミがこの世界を楽園とする方法を発見したのに、キミはそれも全て消し去るつもりかい?」
「……させない」
「何を言ってるんだい?」
「僕が初めて出会った〝友達〟を消させない!」
僕は少女の肩を掴みながら、涙を流していた。
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