第五話 少女との問答
少女の服装は紫色の三角帽子に裾の長い紺色のローブ。昨日と同じだ。
もしかするとこの服装こそが少女にとっての正装なのかもしれない。
「どうしたんだい川越アキラ? ボクを呼んだからには何か話したいことがあるのだろう?」
そうだ。僕は少女に聞きたいことがあるから、変えてほしいことがあるから来てもらったんだ。いつまでも少女への恐怖にびくついているわけにはいかない。
僕は大きく首を振って、少女に話し始める。
「今日、僕は学校に行ったんだ。そうしたらクラスの皆おかしくて……あれは君の仕業だろ」
「ボク?」
「そうだよ。君が変なことしたからみんな変わっちゃったんだ!」
「勝手なこと言うね。確かにボクは学校にいる彼らの記憶と思考を改ざんした。でもそれはキミ自身が望んだことだ。『友達が欲しい』とキミは言ったね。その言葉からボクはキミの記憶から探ってみたんだ。キミが望む〝友達〟とやらをね。そしてどうやらキミは同性よりも異性の交流の方を望んでいた。だが生憎、キミが頭で描いていた異性なんて学校にはいなかった。だからボクはキミのために力を使い、彼らの性格を変えさせてキミの『負』を消し去ろうとした。それだけだよ」
少女は相も変わらず言葉に強弱をつけず、淡々と話す。
それが怖い。
この少女は僕のクラスメイトの何人かの記憶や性格、今までの思い出を全て消し去り、僕にとっての理想とする人物像に変えさせた。それがいかに残酷なのか、この少女は分かっていない。
「僕が望んだのは〝友達〟だよ……。一緒にいて笑ったり泣いたり……」
「だからもう、キミの望んだ〝友達〟はいるじゃないか。キミが笑えば彼らだってキミに共感して一緒に笑い、悲しい時は一緒に涙を流してくれるだろう」
そう。少女は清水さん達をそんな行動をするように記憶と思考を改ざんしたんだ。
「…………」
「満足していないのかい?」
どういえばこの少女に分かって貰えるのだろうか。
僕が感じているこの気持ちを。
「……君だったら、どう?」
「ボク? 一体、キミは何を言っているんだ? ボクが〝友達〟を得た所で何も変わらないよ。何せボクはアコロネラ様のお導きで行動してこそ、喜びを感じるんだからね」
少女の言う言葉の節々にアコロネラという謎の人物が登場する。話の流れから察するに、何か少女自身が信奉している神のような存在に違いない。
「じゃあ……キミはそのアコロネラ……さんはキミの望み通りのことはしてくれたの?」
僕の記憶が正しければ、少女が感情を揺さぶられた瞬間は、空を見上げて何かアコロネラという存在に対して叫んでいた時だ。
「どういう意味だい?」
ようやくと言っていいべきか、少女は鉄仮面のような顔から眉をひそめ、不機嫌な表情を僕に見せ始める。
少女の急な顔を変わりように僕は気圧されるが、清水さん達の性格を変えさせた責任を果たすため、僕は真っ直ぐに少女を見据える。
「この世界に転生させたのはアコロネラ……さんなんだよね。キミは本当にそれで満足しているの? 君も自分でどうすることもできないからその神様に頼って、どうにかしてほしいと思った。でも君が転生した世界は君自身が望む世界じゃなかった。だからあんなに叫んでいたんだ!」
少女の目が大きく見開き、サファイアのような蒼き瞳は紅く変色する。大きく風が吹いて周りの草木が大きくさざめき、明るく照らしていた太陽は周りの雲に囲まれ、瞬く間に夜のように暗くなる。
「川越アキラ……キミはボクを怒らせたいのかい? だったらその試みは正しい」
今まで見たことのない少女の怒り用に、僕は身の危険を感じ、呼吸が荒くなり、体中の筋肉が強張り始める。
「そ、そもそも、き、君は楽園なんてどんなものなのか分かっていないでしょ」
暗くなった空から雷が鳴り響き、少女は目を紅くさせたまま、ゆっくりと右手を僕に向ける。
「なぜキミはボクを怒らすような真似をする? ボクがその気になれば、キミ一人をこの世から消滅させ、キミに関わる全ての記憶をこの世界から摘み取って、この世界にいなかった様にすることもできるんだ」
少女は顔を伏せながらも、その紅い目と右手は僕の方に向けている。
この少女は今までにないくらい怒っている。それは分かる。でも僕はこの瞬間を、全く嫌だとは思ってはいなかった。むしろ今まで感じたことのないほど充実感に溢れ、自信を持って少女と向き合っている。僕は喜びすら感じていた。
「君が感じているその気持ちこそ、僕がキミに思っている気持ちと同じなんだよ」
「同じ? どういう意味だい?」
少女の俯いていた顔が少し上がる。
「僕は……君に確かに『友達がほしい』と願ったよ。でも……」
僕は口に溜まった唾を飲み込み、少女の紅い目に真っ直ぐ視線を合わせる。
「僕が間違っていた。〝友達〟なんて願うものじゃなかったんだ」
僕がそう言うと、少女は目を丸くさせ、紅い目が元の蒼い目へと戻る。
「キミは友達を望んでいた。そうじゃないのかい? いや、そうだったはずだ。ボクがキミの記憶を覗いてみた時は、確かに異性との交流を望んでいた。それがどういうわけだい? キミ達『人間』は一朝一夕で望みを変えられる存在であるのかい?」
少女は僕に向けていた右手を下ろし、顔を上げる。そして眉をひそめた表情のまま、僕に問いかける。
「僕の望みは変わっていないよ。友達は欲しいし、キミの言う通り、彼女だってできればほしい」
「だったらなおさら分からない。〝友達〟は望んでいるのに、ボクの力を使うのは拒む。なぜだい? キミの望みは自分の力ではどうにもならないんだろう?」
そう。少女に自分の願いを言ってから、ずっと引っかかっていたその言葉。
――自分の力ではどうにもならない。
確かにボクはもう自力で友達を作るのは、難しいのかもしれない。これから先も友達と言える人と出会えるのか分からない。
「それでも、誰かから与えてくれた友達は、本当に僕が望んでいた友達じゃないと思うんだ」
「同じじゃないのかい? キミ達『人間』は孤独を嫌い、環境や行動思考……そんな〝偶然〟の重なりによって人との交流が生まれる。ボクはその〝偶然〟を〝必然〟に変えたに過ぎない」
少女は無表情の顔に戻り、公園を包んでいた雲は見事に霧散し、太陽の光が差し込んで、公園に青空が戻った。
「全然違うよ! 君だってそうじゃないの? 神様にこんな世界に転生させられて本当にそれは君が望んでいたことなの?」
僕の言葉で少女はまた怒り出すのかと思いきや、「はぁ……」と呆れるようにため息を吐くだけだった。
「キミの言葉でボクの感情をここまで揺さぶられるとは思ってもみなかったよ。いいだろう。認めるよ。ボクは確かにこの世界が楽園じゃなくてガッカリした。何もなくて何もする事のない世界。果たしてアコロネラ様はボクにこれから何をさせるために、この世界に生を与えたのか、正直、分からない。真の楽園に行くための一つの試練であるのか、はたまた……」
珍しく少女の言葉が止まる。いつも流暢に話していたにもかかわらず、言葉に詰まるなんて、少女らしくない。よほど次に続く言葉が言い出しにくいのだろう。
「……この世界こそアコロネラ様が用意した楽園だったのか」
少女は目を閉じて、黙り込む。何か、瞑想している様子だ。
「あ、あの……」
僕はおそるおそる少女に声をかける。
少女はゆっくりと目を開き、ボクを見据える。少女は先ほどと同一人物とは思えないほど、くたびれた顔つきに変わっている。
「川越アキラ。キミの言いたいことは分かった。そしてキミが新たにボクに望みたいこともね」
少女が弱々しく声を絞り出す。
僕はそんな少女の様子を痛ましく感じて、何も言えずに彼女の言葉を待った。
「キミは全てなかったかのようにして、ボクの力を使う前の世界へとキミは帰りたいんだろう?」
少女の言葉に僕は大きく頷く。
「そうか……だがキミに残念な知らせがある」
え?
「一度変えてしまった彼らの性格はもう元には戻せないんだ」
少女は大きくため息を吐いた。
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