第七話 一分間の告白
昨日、初めて出会った。
僕は少女の存在に恐怖を感じてばかりだった。
それでも少女は僕に話してくれた。
少女自身の事を。少女自身の望みを。
だから僕も段々と少女に自分の心の内にある思いを話せるようになった。
そして少女は僕の願いを叶えてくれた。
『友達が欲しい』という願いを。
でも願いは間違いだった。
願いは自分の力で叶えていくものだと。
少女がいなくなる。
それで初めて気づいた。
本当に欲しかったものは『友達』でもなかった。
僕が本当に欲しかったものは……。
*
「キミ、ふざけているのかい? キミのような未成熟な生命体で抹消者を止められるはずはないだろう。奴にはボクの時間停止でさえたやすく突破してくる。だから早くボクから離れるんだ。もう時間はない」
「絶対に離さない!」
僕は涙を流したまま、少女の肩をギュッと掴んだ。
「川越アキラ。キミを巻き込みたくない。悪いけど、また眠って貰うよ」
少女は右手を広げる。
「永遠のお別れだ。さよなら……川越アキラ」
少女の右手が動き、僕はまた急激な眠気が襲ってくる。体全体が弛緩し、少女の肩を掴んでいた手も力が入らなくなってくる。
このまま少女と別れてしまうのか……。
目を瞑ったらもう少女と二度と会えなくなってしまうのか……。
そう、頭をよぎった瞬間。
僕は力を振り絞り、少女の背に手を回して、力の限り抱きしめる。
「な……」
少女が目を丸くして驚く。目を瞑りながら。精神の半分は眠りながら、僕は少女を抱きしめ続けた。
「キ、キミは、な、何で、そこまでする?」
焦りの声を初めて聞いて、ボクは嬉しく感じた。
やっぱり彼女は〝人間〟なんだ。
今まで少女は自らを人間だと名乗ったことはなかった。あたかも自分は人間じゃなくて違う生命体なんだと。そう自分にも言い聞かす事で、この世界の〝人間〟である僕と距離を置くようにしたのだろう。
少女は弱く優しい〝人間〟だ。例え世界を変える力を持っていても、少女が言う人の『負』を消し去るためだけに力を使い、それ以外には干渉しないのが少女のやり方なのだろう。
「君が……孤独だから……」
僕は頭がボーとしながらも、首がカクンと眠りに落ちそうになりながらも、小さくそう囁いた。
「孤独? そんな風にボクが感じたことは一度もない」
そう。少女はそうなのだろう。孤独を知る者はその逆――人の温もりも知っている。少女は前世からずっと一人だったのだろう。そしてこの世界でも一人で楽園を目指し、誰かの役に立ちたいとずっと願っていた。
哀しき少女。
アコロネラとやらはその少女の淡き願いさえも叶えないつもりなのか。
「君は誰かに愛されず、いなくなっていい〝人間〟じゃないよ。……神様の代わりと言ったら、あまりにもちっぽけな奴だけど、僕は最後まで君の傍にいたい」
僕がそう言うと、少女は大きくため息をつく。
「もう残り一分だ。川越アキラ……キミは本当に馬鹿な奴だ。学校の成績が悪いのも頷ける」
「そうだね。僕は本当に馬鹿で良かったよ。キミと出会った事で僕はたくさんの発見をした。それに……一番、大事なモノが何か分かったんだ」
「友達かい?」
「違うよ。誰かを敬い、愛し、そして……大事な人の幸せを願う『心』こそ、一番大切なモノだと気づいたんだ」
「そうかい」
少女も僕の腰に腕を回し、目を瞑る。腕の温もりを制服の上から肌に感じ、こんな華奢な腕で今まで一人で〝孤独〟と戦ってきたんだ。と僕は尚一層哀しみに涙する。
「確かに心地いいね。今から消えるというのに、こんな落ち着いた気分は初めてだよ」
「最後に一つ聞いていい?」
「何だい?」
「君の名前は?」
「ボクかい? ボクの名前はグレイブ」
少女の名前を聞き、僕と少女は腰から肩に手を置き直し、互いに見つめ合う。
柔らかい笑みを浮かべたその様は、無表情が代名詞だった少女から美しき聖女へと姿を変えていた。
「グレイブ……たとえどこに行っても、この肉体が消滅しようと忘れないよ」
「どこに行ってもか……嬉しいね。本当に忘れないでくれよ」
そう言ってグレイブは僕の唇に自身の唇を重ね合わせる。
僕はグレイブの行為にとまどってしまうが、僕は彼女に身を委ねた。
周囲の景色が歪んでいき、目に見える全ての世界が白く変色していく。
これが消滅か……。
悪くない。
この少女を愛して、ずっと傍にいてあげられる。僕の人生はきっとこの幸せの瞬間を味わうためにあったのだ。
僕は目を瞑り、少女の柔らかい唇の感覚がなくなるまで、少女を抱きしめ続けた。
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