第三話 望み
「僕の……望み……」
少女の不思議な力に慣れてしまったのか、目の前で服が変わっても、僕はもう驚かなくなっていた。
「そう。壮年期の種であるボクにとって、キミ達『人間』は分け隔てなく全員が幼子に過ぎず、まだこの宇宙もボクの力を制御出来るほど堅固なモノに仕上がってはいない。だからボクには森羅万象……この世のありとあらゆる存在や事象を操作できるんだ。例えばキミを大金持ちにさせたり、この世界を消滅……始めからなかったかのようにさせたりね」
「…………」
「実際にやって見せた方が分かりやすいだろう」
少女はそう言って、右手を大きく広げる。するとその手の中に拳大ほどの大きさの石が吸い付くように引き寄せられた。
少女は僕にその石を見せる。
「いいかい? キミが見ているこの石は確かに〝今〟存在しているよね?」
僕は頷く。
「じゃあ、五秒間。ボクはこの石を握り続ける。その時、この石はまだ存在していると思うかい?」
少女の懐疑的な言い方がちょっと気になるけど、僕はまた小さく頷く。
「キミのリズムでいいから五秒、数えてくれるかな」
「うん……」
僕は深呼吸を繰り返して気持ちを整え、「一、二、三」と数え始める。
そして「五」と僕が言った瞬間。
「え」
少女の右手から〝何か〟が消えた。
僕は両手で目をゴシゴシと擦った後、右手を額に当てた。
一体、何が起こったんだろう。
確かに少女の右手には〝何か〟があった。
その物体を思い出せない。
だから代わりに僕は少女の言葉を思い出そうとする。
――五秒間。この○○を握り続ける。
そう。少女は僕が思い出せない〝何か〟を握っていたのだ。でもなぜか、その部分の記憶だけポッカリと穴が開いたようになくなっているのだ。
僕は自身の記憶力の無さを嘆いた。
こんな短期記憶もできないようじゃ、学校の成績なんて悪いに決まっている。
少女は僕の落ち込みなど、気にすることなく話し始める。
「分かったかい? 全ての事象をコントロールできるということは、確率を操作し物体が存在する因果律そのものを捻じ曲げることが可能なんだ」
意味も分からず、呆けた顔で少女の手から顔に目を移す。
「だからこの世界でキミが望むようなことはボクがだいたい叶えられるはずだ」
僕は首を振って、足りない頭で少女の話を理解しよう試みる。
少女は不思議な力を使って、僕の望みを叶えてくれると言ってくれている。
僕にとっては嬉しい話だ。
「でも……な、なんで、その力を自分に使わないの」
『自分の欲求のために』と言いたかったが、上手く言葉が出てこなかった。
「自分に使って何か意味があるのかい?」
少女の言う通り本当に異世界からこの世界へと転生したならば、自分のために力を使って他者を圧倒する優越感に浸るのが楽しいんじゃないか。
少なくとも僕が見ているウェブ小説ではそんな話が多い。
もしかすると少女が言う神様とやらも、少女がこの世界で自分なりの楽園を築いてほしいために、この世界へと転生させたんじゃないのか。
「この世界の『人間』に偉ぶってみても虚しいだけさ。結局のところ、ボクは元の世界じゃ弱者なんだからね。他者から必要ともされず、自分の身を守り、自分の事だけを考えるので、一杯一杯だった。でもこの世界では違う。ボクは自分以外の生命体の手助けができる。こんな嬉しいことはない」
少女は変わっている。せっかく魔法みたいな不思議な力を持っているのだから、上手く使って思い通りの世界を作ればいいのに。
「き、君は、本当になにも望まないの? 君の言う事を僕なりに解釈してみたんだけど、他の人にない力があるのなら、きっと君は世界を征服できるんじゃないかな?」
質問内容があまりに稚拙すぎて、僕は身を焦がすほどの恥ずかしい思いに駆られる。
「だからさっきも言った通り、ボクの方からキミ達のような幼子をどうこうしようとする気は全くないよ。ボクはキミのような『負』の感情を取り除き、この宇宙に生きとし生けるもの全てが安らぎを取り戻し温かな楽園とすること。それがボクの望みさ」
「…………」
僕は顔が熱くなって来るのを感じた。
「それで、キミの望みは一体何なんだい?」
「僕の望みは……」
何だろう? 僕は人よりも劣っている部分があり過ぎて、何を望めばいいのか。
勉強? 運動? 容姿? 会話力? ネガティブ思考?
……ダメだ。僕は全てがダメで自分の望みすら決められない。
「……ともだち」
え?
僕は瞬間的に口を押さえた。
自分でも無意識だった。何を言っているんだろうと、僕は自分の口を疑った。
「友達? それがキミの望みかい?」
少女は僕の口から洩れた言葉に反応し、確認するかのように僕に問う。
……友達。
確かに僕は考えないようにしていた。気づかないようにしていた。
勉強ができれば友達ができる。
運動ができれば友達ができる。
容姿が格好良ければ友達ができる。
会話が上手ければ友達ができる。
プラス思考であれば友達ができる。
つまり僕の真の望みは〝友達〟だったのだ。
僕は涙腺を刺激され、目に涙がこみ上げてくるのを感じる。
「うん……僕は友達が欲しい……」
僕はゆっくりと頷いた。
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